「安保法制」の勉強

2015年9月19日、国民規模で議論噴出の中、安全保障法制が国会にて成立。
それからまもなく、新聞、テレビ等のメディアはこの問題について一斉に沈黙してしまった。わずかひと月前のことなのに…随分昔のことのように思われる。
いや、思わされているのかもしれない。
そこで思い立って、記事にしてみることにした。

成立の翌日、ネコパパとアヤママは、ある講演会に出かけていた。
講師の柳沢協二氏は、30年以上防衛庁に務め、役職を歴任した人である。
その彼が、安保法制では批判的立場で論陣を張っている。どういうことだろう…そんな興味から話をお聞きしたのだが、とても勉強になるお話であった。
かいつまんで、お伝えしよう。


安保法制と日本の未来
2015.9.20 豊明市商工会館
講師 柳沢協二
(元内閣官房副長官補 国際地政学研究所理事長)



 
1 安保法制をめぐる国論の分裂

国家の視点による戦争とは、「武力による意志の強制」を意味する。
抑止力とは、「より強い武力による戦争意志の抑圧」のことである。そこには互いに強くなろうとする「安全保障のジレンマ」が存在する。
一方、市民の視点では、戦争とは「理由なき組織的殺戮」。海外で軍隊が「武力行使=殺戮・破壊」することは市民から見れば「戦争」である。
 
武力行使を判断するのは、政府である。国民国家の市民は、その政府への信頼がなければならないが、その信頼の鍵となるのは「法的安定性」である。
武器使用の拡大は、自衛隊員のリスクを高めることは明らかだ。もちろん「戦死」「殺害」のリスクである。
そのリスクを犯してまで実現すべき『大儀』は、はたしてあるのだろうか。
 
2 海外派遣での武力行使における「責任」の在処
 
安保法制がもたらす質的変化は、「専守防衛の転換」である。
・量的拡大…周辺から地球規模へ
・質的拡大…自己保存から任務遂行へ
・時間的拡大…平時からの米艦防護=戦闘参加
 
重大なのは、自衛隊が軍隊になることで「憲法との矛盾」が生まれること。
憲法九条では、国際紛争解決の手段としての武力行使を放棄している。
自衛隊法88条はこれを受けて「防衛出動」の場合は武力行使ができると規定。
ここでの武力行使は『国家意志』として殺傷・破壊にあたる。
しかし、海外派遣の場合は、防衛出動ではなく『任務遂行』にあたる。自衛官は「合理的に必要な範囲で武器を使用できる」ことになっているが、「必要な範囲」を決めるのは、国家意志ではなく、自衛官個人の意志である。
海外派遣で武力行使が行われた場合、それは「自衛官個人」による殺傷・破壊とみなされる。
もしも相手を殺したならば、「殺人」の構成要件に該当し、刑法の適用となる。
憲法により、日本は海外で『戦争』はできない。
軍隊は認めていないので軍法会議もない。
行為の責任は自衛官個人に帰せられることになる。
 
3 安保法制の要点

(1)自衛隊法
・平時から米艦防護…防護対象に米艦を加える改正。米艦防護を定めることは実質的参戦。しかも国ではなく、現場判断で参戦できるということである。
・法人保護措置。法人の救出、護衛、妨害者排除の武器使用…現実性のない、不可能を強いる法制である。

(2)重要影響事態法
・「非戦闘地域」で→「戦闘現場以外」で弾薬提供も可能…「戦闘地域」と「戦闘現場」では法律上大きな違いがある。
現場以外なら、戦闘地域もOKにするということ。
・重要影響事態とは…存立危機事態よりも包括範囲が広い。後方支援はいつでも可能ということを定めたと解釈できる。

(3)国際平和支援法
・安保理決議が武力行使を容認しなくても国が「国際平和への脅威」と認定すれば後方支援可能。

(4)PKO
・国連PKOに加え国際連携平和安全活動(多国籍軍)への参加
・業務の拡大…「活動関係者の保護」条項により「駆けつけ警護」が可能になる。
・紛争当事者の同意または不存在…解釈が困難だが、紛争当事者が停戦同意後、または、紛争当時者の殲滅後も、武装勢力は存在している場合の、保安部隊への参加を指すと思われる。
・イラク派遣の際、自衛隊は一発も撃たなかった。
しかし、派遣自衛官の自殺率は高い。また、ひと目で自衛隊とわかる、迷彩服での活動も「われわれはアメリカ軍ではない、撃たない自衛隊であること」をアピールできたが、これが日本としての限界。
今後、イラク以上のことをやれば犠牲者は必至だ。

(5)存立危機事態における集団的自衛権
・存立危機、従来は日本が攻撃されたとき。今後は「他国への攻撃」が「国の存立を脅かすとき」に変更される。
国民も理解可能な概念から、政府の価値判断次第でどうとでも変わりうるものになった。
・その根拠となる「存立危機事態」という立法事実が、存在しない。
ホルムズ海峡の機雷封鎖、米艦への攻撃→いずれも存立危機の根拠立てが困難な事例である。
・自国防衛のための集団的自衛権に概念矛盾。集団的自衛権は他国の防衛を意味する概念である。
 
4 安保法制と中国脅威論

東シナ海防衛は個別的自衛権+政治外交課題+ルール化の課題。
抑止なら、限定的行使では役立たない。自衛隊戦力で中東派遣すれば日本の防衛は(個別的自衛権)は成立しない。
現在の中国の軍事力で世界最高の軍事力を持つ米国との戦争は困難。
例えば、艦船8隻の行動には32隻の支援が必要だが、中国軍の稼働可能艦船は47隻である。
 
5 日本を守るとは、どういうことか
 
首相の論理は、米艦を守る⇒強固な同盟示す⇒抑止力高まる⇒戦争にならない
裏を返せば、 米艦を守る⇒日本が敵国になる⇒攻撃を誘発する⇒戦争になる
「危機管理はあらゆる事態を想定して対策を」というのであれば、後者の論理を無視し前者の論理だけで進めるのは賢明ではない。
抑止力政策の今日における有効性自体に疑問がある。
安倍政権はいまだにかつての冷戦時の抑止力政策の発想から抜けきれていない。
 
「国際テロ」、「テロとの戦い」に関しては、中東から信頼がある日本だからこそできる対応があるはず。安易に政府が国民感情を煽っている現状は問題が大きい。
 
「怒り」という感情は持続しない。今の「怒り」を知識に、知恵に。そして、「火種」は参院選までしっかり取ってきましょう。


お話を聴いて、最も印象に残ったのは「海外派遣」の際の武力行使は、全て現場担当者、自衛官の自己責任となるということであった。

講演のあと、柳沢さんにお聞きした。

「柳沢さん、自衛官の皆さんは、この国家責任と自己責任の違いについて、自覚を持っているのでしょうか」
「いえ、おそらくないでしょう」
「長く防衛庁に務められて、今日話されたような疑問や問題意識はなかったのですか」
「現職のときは…考えませんでしたね。とにかく多忙で、目の前の仕事に対処するだけで精一杯だったのです。職を離れ、立場が変わって、ようやく見るべきものが見えてきたのです」
「自衛官のみなさんも同じだと」
「そういうことです」

安倍首相は「自衛官のリスクは増えるのでしょう」という国会質疑に対して「ありえません」と答弁した。理解に窮する答弁と思った。
しかし柳沢さんのお話を聴いて、腑に落ちるものがあった。
そうか。これは、かつて自衛隊イラク派遣を決議した際、当事の小泉首相が「非戦闘地域とはどこなんですか」という質問に、「自衛隊が行くところが、非戦闘地域です」と答弁したことと、同じ論理なのだ。

国家は戦闘現場「以外」に派遣するのだから(=戦闘はないから)、リスクはない。自衛隊は軍隊ではないので戦争はしない。もし戦闘があったとしても、国は責任は持てない。
海外派遣中の自衛官の自衛のための武力行使は認めるが、国は国外での武力行使は放棄しているので、国家責任は負えない。あくまで自衛官個人の自己責任(国家・組織としてのリスクはない)。

安保法制で「戦争のできる国」に接近しようと奮闘はする。
米国にも擦り寄る。
しかし、戦争に対して「責任を取らない」体制と、何かあれば「個人」に責任転嫁する体制だけは、しっかりと固めている…
これが日本という国家の姿であるらしい。
何と狡猾なことだろう。
日本という国において、個人の生命などは
ひとえに、かぜのまえのちりにおなじ」とでも言うのだろうか。




関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメント(2)
No title
中東では石油関係を中心に多くの日本人が働いており、長らく平和憲法を持つ国民ということで危害を受けることは少なかったと聞いていますが、これも既に民間人の死者を出すところにまで至りました。
敗戦後は西側の一員として経済的発展をしてきたことは間違いありませんが、憲法で戦争を放棄した国として一定の尊敬を受けてきたことも間違いありません。
憲法を無視して露骨な米国の肩代わりを受諾し、しかしそのリスクは末端の兵士が負うというというのが、この法制の本質だと私も考えます。
私は、シンプルに中東から一時帰国した米軍兵士の姿に狂喜乱舞する飼犬の動画を見たときに、これと同じ思いを日本人が味わってはならないと感じます。
日本は外交的努力により平和的に国際紛争を解決する道を積極的に模索すべきで、そのことによる費用負担は国民は甘受すると思います。

gustav_xxx_2003

2015/10/29 URL 編集返信

No title
グスタフさん、まったく同感ですね。昨今の中国人工島周辺への米艦の行動にしても、あきらかに米国民に向けての政府のパフォーマンス。こんなことを続ける労力と予算があるなら、アメリカの外交官や高官が、中国政府への直談判を「毎日」続けたっていいはずです。そのほうがよっぽどお金もかからない。
このような刺激的な行動で、それこそ万一「現場の判断」で突発的な武力衝突にでもなったら…とひやひやしています。
また、それを支持する安倍政権…アメリカに「支援してくれ」と言われれば、唯々諾々と従うんでしょうか。もちろん、後の責任も取らずに。

yositaka

2015/10/29 URL 編集返信

コメント投稿
非公開コメント

プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

ご訪問ありがとうございます

月別アーカイブ

検索フォーム

QRコード

QR