あなたは文明に麻痺していませんか―倉本聰、語る②

倉本聰氏の講演を続けてご紹介します。
お話の後半は、東京から北海道に移住した彼の暮らしぶりと、26年間精力を注いだ「富良野塾」の活動に話題が移ります。
北の国の生活のエピソードやそれを通して伝わってくる氏の人生観は現代社会への異議申し立てと言えるでしょう。
ただ、時間不足のせいもあって駆け足となり、それが「作品」や「表現」にどう昇華されたのか、読み手や視聴者にどう受け止められたか…の言及が聞かれなかったのはちょっと残念でした。
やはりネコパパは倉本聰の「生き方」のファンではなく「練り上げられた表現」のファンなのだな、と改めて感じた次第です。
では、お楽しみください。



 
この状態がいつまでも続くわけがないと思い、北海道に移住しました。
富良野に小屋を立てて住みはじめ、やっと精神的な安定を得ました。
街までは車で4キロ。
林道を通って下に下りると、畑が一面ニンジンだらけ。
後で知ったことだが、収穫したニンジンの4割は規格外品として捨てられているとのことでした。
ジープをとめて降り、ニンジンを拾って帰るべきか迷ったのですが、結局、町のスーパーで買って帰りました。

林道に大きな岩があって、通行に邪魔なので取り除こうとした。
しかし、びくとも動かない。地元の若者に相談してみたところ、岩の下に木片を挟んで、必死になって動かそうとする。
「そんなことで動かせるのか」
と聞いたら「毎日こうしてやれば、一日3センチくらい動きますよ」と言う。
都会人なら金であっさり解決するところだ。これが土地の人の発想なのかと思いました。
夜は完全な闇。
本物の闇と言うのは、船酔いするくらいの闇です。熊やお化けの恐怖。夜が明けると、光と熱のすばらしさが身にしみて感じられました。
 
キツネも住んでいる。
すぐそばまでやってくるので、簡単に餌付けができた。
そうすると、テンもやってくる。かわいい。
でもそうなると、ウサギも来る。ネズミも来る。
テンが家の天井裏に住み着くと、それはもう大変です。おしっこするとその臭さはネズミの比じゃない。
でも、人間は勝手なものです。ネズミは退治できても、テンは退治しない。なぜならかわいいから、という以外の理由が見当たらない。こりゃ、動物に対する差別です。
結局、基準は美人かブスか、なんですからね…

 
北の国から」は、ほとんど自分の体験をもとにして書きました。
創作の「創」は「知恵」、「作」は「知識」から生まれるとすれば、「創」を目指した作品です。
知識では、ものはつくれない。
学校で教えるのは知識だから、それで、ものはつくれない。人間を育てることはできません。義務教育は中学までなんだから、親はそれ以上金を出してやることはない。それをみんな出すというのは、面子なのか。
富良野で暮らすと、「暮らし」とは何なのかが見えてくる。
1960年代には、子どもは8時に寝ていた。いまは11時が普通です。行動時間が増えるとエネルギーが余計に必要になる。

「北の国から」で、家に電気がないことを息子の純に
「夜になったらどうするんですか!」
と詰問されると、父親の五郎は答えます。
「夜になったら、寝るんです!!」

会社だって7時から4時まで働けばいい。
考えるべきなのは、供給側の理屈ではなく、需要側のことです。要は需要を減らせばよいのです。
 
富良野塾のことを少し話しましょう。

「北の国から」が好評で、たくさんの視聴者から富良野を見たい、できればそこで暮らしたい、という要望が多く寄せられました。
僕ができるのは、脚本やドラマを教えることくらいです。でもそれを通じて、生きることを教えたいと思った。ならばお金は使わず、すべて自活するという条件で塾を開こう。
応募があったのは180人。その中で15人を選んでスタートしました。

基本の生活は、農家の仕事で半年稼ぎ、稼いだ金を最小限使って、半年学ぶ。
谷の土地を確保し、そこにあった廃屋を修理して生活の場にした。廃屋の修理だって、廃材の入手から何から、どう手をつけていいのかわからない中で、一つずつ解決していきました。
生活費は一日280円。これで26年間やりきった。
野菜は自前で作るか農家の残り物。米は、家畜の飼料に使うような「レッド米」。
ごみ処理は大変でしたが…稲作文化と言うより縄文時代の生活です。




5月、カッコウが鳴くと種をまく。
しかし土地はまだ氷結していて発芽しない。どうすればいいのか、地元の人に聞いたら「種を腹に巻いて寝ろ」という。凹凸があると駄目だから男の腹でないと駄目。やっみたら見事発芽しました。
 
塾生に生きる必需品は何か、とアンケートしてみたら、
①水 ②ナイフ ③火 ④食料でした。
原宿の若者だったら①お金 ②ケータイ…
 
ドラマでは、牛の出産シーンが三回出てきて、これがとても好評でした。
そこで
「じゃ、屠殺シーンも入れよう」と提案したが、却下されてしまった。
こういう世間の傾向は、想像力を鈍らせる。
20年以上続けているうちに、若者の気力が低下してきて、想像力、創造力が乏しくなってきたことを感じていました。そこへ、「谷の水枯れ」が起こります。
おそらく上の土地のゴルフ場開発が原因ではないかと思われますが、
富良野塾周辺の井戸がすべて干上がってしまった。
そこで富良野塾は閉鎖ということになったのです。

 
現在、僕は「自然塾」の活動に力を注いでいます。
まだまだやるべきことはあるのです。
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コメント

コメント(6)
No title
北の国から都会にやって来た私です。
北の国で老いても元気に暮らすには、健康でないとネ。
屋根の雪おろしが出来なくなるとムリです。
クルマ椅子や杖の生活になると、雪どけまで家の中です。
私の母は厳しい現実に降参して、
札幌のマンションで快適に暮らしています。

ユキ

2015/07/29 URL 編集返信

No title
ユキさん、まったく同感です。
自然と対峙して生き延びるパワーは、とても私にはありません。
倉本作品には共感しますが、彼の人生の美学を範とするには、やはり体力、胆力が必要で、これまで読んだエッセイなどからも、それは感じ取れました。
「優しい時間」や「風のガーデン」には、それとはまた別の「傷ついたもの、弱者に寄り添う」価値観が明確で、救いのある作品ですが、今回の倉本氏の講演からは、そのあたりがいまひとつ伝わりにくい印象がありました。話し足りないことがいっぱいあったのかもしれません。

yositaka

2015/07/29 URL 編集返信

No title
> yositakaさん
嫌味なコメントと思われるかもと、
実はビクビクしていたのですが、
賛同いただきホッとしています。
私も倉本氏の作品はスキです。
「北の国から」を見ると泣けます。
でも、それはノスタルジーであって、
現実はとてもキビシーのです。
北国に限らず、これからの地方に大事なのは
「衣食住」ではなく「医職住」だと思います。

ユキ

2015/07/29 URL 編集返信

No title
ビクビクなんてそんな…
私も「北の国から」は泣けます。でもそれは「悲しみ入りのサバイバルストーリー」と呼んだように、社会から冷たく阻害された人々が、生活苦や事故によって次々に屍れていく痛ましさによる感動である場合が多いのです。
つまり、現実の厳しさは、描かれている。
ではなぜノスタルジーに感じてしまうのか。そこに問題があると思っています。
>衣食住」ではなく「医職住」
まさにそのとおりですね。それは北海道に限らず「地方」全体の課題です。

yositaka

2015/07/29 URL 編集返信

No title
私も「北の国から」放映時には、毎日終電にも乗れずタクシーで帰宅という生活を続けておりましたから、ドラマそのものをちゃんと見たことはありませんし、活字でも読んだことはありません。
倉本聰氏の講演内容を拝読しますと、スロー生活の勧めのようにも感じます。
その昔、縁日で買った二十日鼠のようにクルクルと走り続ける生活には疑問を感じつつも、では子供の頃のように氷を買いに走って氷冷蔵庫生活に戻れるかというと、ネット環境が数日前不具合になっただけで家族から大ブーイングという現実の生活の現状を考えますと、なかなかに難しいところもあるように思います。
女性の社会進出ひとつを考えてみても、各種家電製品がないと成り立たないかも知れません。
本当に難しいところです。

gustav_xxx_2003

2015/07/30 URL 編集返信

No title
グスタフさん、倉本氏には東京で売れっ子脚本家として超多忙な生活を送っていた時期がありました。ところが仕事での妥協のなさや人情味の深さが災いして、マスコミやテレビ業界からバッシングを受け、疲れ果てて北海道に移住された。
彼にはそこから生き方を転換し、巻き返す胆力がありました。そのことは素直に凄いと思います。
けれどそれは誰にでもできることかといえば、難しい。
彼のシナリオや脚本は、優柔不断な弱い人間への共感に満ちているのに、エッセイや講演にはなぜか抵抗感を感じるのです。不思議です。また「情報」「知識」への軽視も、なんとなく気になるところではあります。

yositaka

2015/07/30 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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