僕らの国、僕らの民主主義~高橋源一郎語る①

7月20日、猛暑。
名古屋近隣の私立大学で運営する第27回サマーセミナーを聞くために、アヤママと名古屋市千種区の愛知淑徳大学に出かけました。
お目当ては、朝日新聞論壇時評で、現代日本を鋭くとらえた発言を続けている作家、高橋源一郎氏の講演。
中高生・大学生の参加を想定したセミナーだけに、彼の発言を若い世代がどう受け止めるか、関心を持って参加したのでしたが…主催者もびっくり、集まったのはネコパパと同世代の人々ばかりだったのでした。
しかし、講演内容は刺激的。ネコパパメモがどれだけ信憑性のあるものか疑問ですが、がんばって紹介したいと思います。お付き合いください。



若い中高生が中心と聞いていましたが…いませんね。
僕は歩きながらしゃべるのが癖。多動児です。朝日新聞の『論壇時評』ではシリアスな顔を見せていますが、本来はシャイで注意力散漫。すぐ話がそれちゃう。初めての講演は熊本大学で「漱石と比較文学」という演題でしたが、その前の日に阪神優勝、90分、阪神の話をしてしまった。受けはよかったけれど、僕を呼んだ担当教授は訓戒処分になってしまいました。
特技は、聞きに来ている人の平均年齢がわかります。今日は50台前半?
中学、高校生中心と聞いていたんですがねえ。

7月末、東京近代文学館で毎年行っている文学のイベントがあり、毎年参加しているんですが、参観者の平均年齢が上がっています。みなさんの中で、野間宏を知っている方は
うーん、8割ですか。こりゃ、終わってますよ(笑
野間は今年生誕百年。野間宏の会は今年で解散です。昨今、文学の会ほど平均年齢の高いものはない。次に高いのは「九条の会」。重大問題です。
僕はラジオのパーソナリティや競馬の予想の仕事もやっています。競馬関係はもう27年です。性格は明るいといわれる。近頃の安保法制反対運動は、珍しく若い人が目立ちます。何十年ぶりだろう。僕のゼミの奥田君も活動のリーダーです。
彼らは「楽観的にいこう」と言っていて、それは僕も同意見です。
 
4年書いた論壇時評をまとめて新書にし、『僕らの民主主義なんだぜ』(朝日新書)というタイトルにした。売れてます。僕はそれなりに、世界十二カ国に翻訳された、名の知れた小説家なのですが、その小説の10倍以上も売れるんです。こういう本が売れる時代になっちゃったんだな。



僕はどこにも所属しない。左翼でもリベラルでもなく、何派でもない。護憲派というよりむしろ改憲派です。天皇条項はなくしたい。今のままじゃ人権のない天皇はかわいそうです。
原発についても、特に脱原発派ではない。
原発は原則間違っています。とはいえ、「ある」ものなのは事実です。
フランスでは政治学者ジャック・アタリが原発問題の責任者でした。彼は「民主主義は情報公開と透明性が重要。だから、原発は民主主義の国しか使っちゃいけない」と言っています。日本は駄目ですね。

フィンランド政府公認の反原発映画『100,000年後の安全』で、マイケル・マドセン監督は関係者を徹底的に追い詰めます。地下廃棄物処分場までも取材し、責任者にインタビューする。答えられず、謝罪する担当者。しかし政府は取材を許可し、この映画を公開しています。これが日本なら、きっと肝心なところは隠匿するでしょう。
つまり、フィンランド政府には民主主義がある。日本にはない。
かといって、フィンランドが原発推進をやめるわけではない。民主主義は複雑なものなのです。
4年間、自分の頭で考えた。各内容は自分で考え、自分で調べることを原則にした。民主主義について、ここまで突き詰めたことはなく、自分も知らなかったことに気づきました。民主主義のイメージも変化しました。
 
僕は今64歳。時間はない。焦りもあります。僕は子育て中でもありますしね。長男は3人、長女は今の家内より年上です。三人目の長男は11歳で、彼女もいる。
保育園の送り迎えをすると『おじいさん』といわれ、息子には「お父さんはおじいさんなの」と言われる。ま、年齢的にはそうですがね。毎晩添い寝もしてますよ。仲良くね。
 
言葉の定義を考えていった。独学独習です。
人の言ったことは信じないので、間違っているかもしれない。
民主主義が壊れる、死んだという声がこのごろの日本で広がっています。特定秘密法案が通ったときもそうでした。でもね。60年安保のときにもそう言われた。いちいち死んでいたら戦後50回は死んでいる。僕は死んでないと思っています。
 
古代アテナイの民主主義は直接民主制でした。
ところがこれについて調べようとしたら日本語の詳しい研究書は一冊もない。そこで英語の本をアマゾンで取り寄せて読んでみたら、非常に面白い。
ギリシアは歴史上初めて、民主統治を行った国です。
政治の効率でいえば、独裁、王政のほうがはるかに効率的です。
民主主義の効率は最悪と言ってもいい。しかしアテナイ市民にとって参政は名誉の義務でした。論議の時間は無制限で、決まるまで議論する。裁判は陪審制で番心因は籤で決められるが、その数は6000人。三万人の中で、ですよ。
民主主義とは制度ではなく、考え方です。公への参加は市民の義務であり、名誉である。そういう考え方のことを民主主義と呼ぶのです。古代ギリシアの民主主義はハードルが高い。
アリストテレスもこれについて厳しい所感を書き残しています。
「籤引きばかりやっている」と。
選ばれた人の人気は1年。議論に一日の1/3の時間を費やしながら、「その上でさらに人を信用しない」姿勢から、短い任期が設定されている。
よほど平和な時代だからできたのでしょうか。いや、当事ギリシアは戦争の時代でした。「ギリシアの強さは、いやになるほどの議論があるからだ」と述べた『ペリクレスの演説』も、ペロポネソス戦争の犠牲者への追悼演説でした。
2500年前のことです。
ギリシアは、最後にはローマに占領されます。が、民主主義はその占領時代に全盛を迎えたといわれます。これは戦後の日本に似ている。いや、ギリシアのほうがずっと立派ですよ。
アベちゃんはペリクレスに怒られますね。
(次回に続く) 
 
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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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