永遠のおまけである 一日のための本、長田弘「最後の詩集」

最後の詩集
長田弘



2015.7 みすず書房

今年の53日に亡くなった詩人、長田弘は、
没する直前に『長田弘全詩集』を、そして没後2ヵ月後に『最後の詩集』を世に出した。
迫りくる自分の死を、彼は当然のものとして受け止めていたのかもしれない。

後記を見ると、『最後の詩集』というタイトルも、すでに彼自身によって付けられていたことがわかる。
「発表後、詩のおおくに推敲を徹底し、本書を以て決定稿とした」
力強い言葉である。
この人らしい、みごとな仕事、そして、人生の締めくくり方だった。
 
シチリアを旅した際の詩から始まる15編。
美しい青の表紙に包まれているのは、この詩集の基調をなす色が「青」だからだ。


『シシリアン・ブルー』
 
どこまでも、どこまでも
空。どこまでも、どこまでも海。
どこまでも、どこまでも
海から走ってくる光。
遠く、空の青、海の青のかさなり。
散乱する透明な水の、
微粒子の色。晴れあがった
朝の波の色。空色。水色。
どこまで空なのか。どこから海なのか。
見えるすべて青。すべてちがう青。
藍、縹(はなだ)、紺、瑠璃、すべてが、
永遠と混ざりあっている。

 
空の青は、さまざまな波長の光の散らばりであるという。すべての光と色の混在が、空の青である。

 
文明とは何だ。
この世で
もっともよい眺望を発見するという、
それだけに尽きることだったのでないか。
人に必要となるものはふたつ、
歩くこと、そして詩だ。

 
シチリアで、アメリカで、スペインで、そして日本の小さな公園の片隅で見つけた「すべての光と色の混在」
人生で出会う諸々を「本」と呼び、人々の発する切り詰められた真実の言葉を「詩」と呼ぶ。
長田弘にとって詩とは、「眺望」できる言葉の意だったのだろう。
この詩集におさめられているのは、彼の見た最後の「眺望」だった。
 
 
『冬の金木犀』
 
金木犀は、実を結ばぬ木なのだ。
実を結ばぬ木にとって、
未来は達成ではない。
冬から春、そして夏へ、
光をあつめ、影を畳んで、
ひたすら緑の充実を生きる、
歯の繁り、重なり。つややかな
大きな金木犀を見るたびに考える。
行為じゃない。生の自由は存在なんだと。
 
 
何かを成すこと、達成することが、生きる意味ではない、と詩人は言う。
もしそうなら、実を結ばない「今」や、実を結ぶ属性すら持たない「金木犀」はいつも途上の、欠落した時間であり、空虚なものになってしまう…
「存在」こそが意味なのだ、と彼は言う。
生の自由は、存在。存在に最高の意味がないというのなら、存在を脅かすものへの憤りも生まれてこない。
長田弘の詩に絶えず感じる「鋼の強さ」の内には、そんな秘めた怒り、憤りがいつもあった気がする。
 
 
最後の詩集の、最後に置かれた詩は
One day
 
昔ずっと昔ずっとずっと昔
朝早く一人静かに起きて
本をひらく人がいた頃
その一人のために
太陽はのぼってきて
世界を明るくしたのだ
茜さす昼までじっと
紙の上の文字を辿って
変わらぬ千年の悲しみを知る
昔とは今のことである
一日のおまけ付きの永遠
永遠のおまけである
一日のための本
人生がよい一日でありますように
 
 
人生の「三万日」を「永遠のおまけである一日」とする行為、
それが「読書」だ。
それが「本をひらく人」としての詩人の仕事だった。
本をひらく人とは、長田弘のことである。
そして、彼の詩を読む読者もまた、そういう「本をひらく人」であってほしいと、彼は願い続けていたに違いない。
「本をひらく人」の仲間に、私も入れてもらえるだろうか。彼の望むような読み手には、ネコパパは到底及ばない。

それでも、やっぱり…ひらき続けなくては、ね。

 
本書には、おそらく編集者の判断で、新聞に発表された『日々を楽しむ』と題されたエッセイ6篇も収められている。
決定稿として完成されていた詩集に、この散文を収録することは、長田の意に反するだろう。勇気のいる行為だったのではないか。
しかし、敢えて収めた。
編集者はきっと、詩人が死に直面して、どれだけ静かに、慎ましく、ただ「眺望を伝える人」として「存在」したのかを、
本人の散文によっても、伝えたいと思ったに違いない。
これは、決して「蛇足」にならなかった。
詩と響きあう散文の言葉は、読み手に協和音としての感銘を届ける。
 
この、青く美しい一冊を、ひとりでも多くの人が手にとってほしい。
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コメント

コメント(2)
No title
本屋さんで詩集の棚を見ることもなくなってしまい、この本のことは気づいておりませんでした。
ご紹介の最後の詩「One day」、じっくりと何度も読ませていただきました。

私自身が子供の頃から本に埋もれて暮し、しかも人生の残り時間をカウントする年齢に達したいまは結構胸にこたえるものがあります。
本棚に残っている未読の本、もう一度読み返したい本、気になって買いたい本、そんな思いが入り混じりつつも私も「本をひらく人」の末席にでも居られればと願ってしまいます。
ご紹介ありがとうございました。

gustav_xxx_2003

2015/07/17 URL 編集返信

No title
グスタフさん、すっかり怠惰な本読みになってしまった昨今、身の引き締まる思いでこの詩集を読みました。
人生の残り時間、私も量より質の読書を大切にしていかなければならないと思っています。

yositaka

2015/07/17 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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