なにしにきた。ここにはなにもないぞ。

コンテンツの秘密 ぼくがジブリで考えたこと



 

川上量生
NHK出版新書
発売日: 2015/04/11

 
本書はKADOKAWADWANGOの代表取締役会長でもある川上量生が、スタジオジブリのプロデューサー見習としての日々を過ごすうちに考えた「コンテンツとはなにか」を論述したもの。
この人、以前当プログの記事で取り上げた『メディアミックス化する日本』で大塚英志が「コンテンツ産業の蟻地獄」化と警鐘を鳴らしていた
あの合併企業の会長である。

そんな興味もあって読んでみたのだが…なかなかに説得力のある論を展開しているのである。
ビジネス書の読者層には、かなり反響を呼んでいる様子だ。(700円は安すぎる。7万円でも買う…云々)
ちょっと長くなるかもしれないけれど、内容をかいつまんで紹介したい。


 
「なにしにきた。ここにはなにもないぞ」
ジブリ初出社の川上をじろりと睨み付け、宮崎駿が浴びせた第一声である。
以降2年、鈴木敏夫、宮崎駿、高畑勲、庵野秀明らの強者たちに密着し、彼は「コンテンツ」をめぐる旅に出る。
本書はいわばその旅の「報告書」だ。
果たして本当に「ここにはなにもなかった」のか…
 
1章では、「情報量」をキーワードに「コンテンツ」を定義づける。
 
話の出発は、
コンテンツは現実の模倣=シミュレーションである、
と規定すること。
そのコンテンツの情報量には、主観的情報量客観的情報量があり、この二つは受け手が何を好み、何を中心に鑑賞するかによって変化する、と説く。

アニメ作品にとって情報量は「線の数」。アニメを子どもが楽しむのは、線が少ないことによって内容把握がしやすいからだ。
「宮さんはね、好きなものを大きく描くんだよ」(鈴木)
「宮崎駿は脳にとっての最高の写実主義者である」(庵野)
 
客観的情報から余分なものをそぎ落とし、好きなものを強調した主観的情報量の多い作品は、受け手の脳に気持ちの良い作品となる。そのことから川上は、
コンテンツ=小さな客観的情報量によって大きな主観的情報量を表現したもの
と結論づける。

 
2章は、コンテンツの作り手である「クリエーター」の定義である。 

「アニメーションとは『世界のひみつ』をのぞき見ること。風や人の動きやいろんな表情、体の筋肉の動きなどに、世界のひみつが隠されている」(宮崎)
アニメで必要な動きの描写は、本物よりも本物らしく見える「らしい動き」である。それは現実そのままの描写とは違う「脳の中のイメージの模倣」である。
つまりクリエーターとは、脳の中にある「世界の特徴」を見つけ出して再現する人なのである。
 
「世界のひみつ」は外の世界ではなく、脳の中にある。
脳の中で情報は抽象化・記号化され、蓄積される。いわゆる物事の「本質」とは、複雑な事象を少ない情報に記号化(圧縮)したものだ。
「世界のひみつ」は時代や文化によっても変化する。
しかし、万人に通用するものもある程度は存在するだろう。
それは「美男美女の顔」のようなものだ。これが共通記号となるのは「特徴のない平均的なもの」だからである。
だから、クリエイターの仕事が人間にしかできないと考えるのは甘い見通しだ。人工知能がディープランニング機能を向上させれば、人間を超える創作も可能にするかもしれないからである。

 
3章は、優れたコンテンツとは何かを追う。
本書の中核をなす章である。
 
脳は有限。とすれば、「世界のひみつ」は、既にほとんど発見されている。コンテンツは、発見され、反復されるうちに陳腐化し、ワンパターンになっていく。

多くの人は「わかりやすい」ものが「いいコンテンツ」と思う。
対象物が真ん中にみえる写真。
歌詞がはっきり聞き取りやすい声質で、音量が大きいボーカル曲。
これらが価値基準となるのは、複雑なものを簡単なものに還元・分解できたときに快感を感じる回路が、脳に存在しているからだ。
筆者は、自分の仕掛けた経営戦略を通して、そのことを実感していた。
 
筆者の業界での成功をもたらしたのは「いい着メロ」であった。
優秀な演奏者に新録音させるなど差別化を図ったが、売れない。リサーチしたところ、売れているのは演奏の出来ではなく、音が大きく、メロディーがはっきり聞き取れるもの、ということがわかった。
単純に音が大きいほうが有利となのは、他の着メロサイトもわかっていて、既に音量競争は最大値に達している。
そこで川上は、さらにその上を狙うために、違う楽器の音を同じ音程で同時に鳴らし、音を重ねることで音に厚みを持たせた。音色も問わず、あらゆる楽器を、音圧を上げるための道具として使ったのである。
川上の仕掛けは当たる。
どこのサイトよりも大きなメロディを鳴らせる合成音を、高校生や大学生は「飛び抜けて音のいい」着メロと認識し、莫大な収益をもたらしたのである。
支持したのはライトユーザーより上の「よい音質を求める」感度の高い消費者だった…と筆者はいう。
 
目や耳が肥えていない一般のユーザーが認識できるコンテンツのパターンは少ない。だから、「対象」のワンパターン化はコンテンツの「本質」なのだ。
しかし「手法」=「表現」には、まだ多様な可能性が残されている。
 
宮崎駿は、映像に合わせてストーリーを変えたり、わざと上手でない線、他人が描かない線を描く。
また、自分自身がストーリーの展開をわからないまま「連載マンガ」のように絵コンテを書く。
謎とは、クイズではなく、答えを知りたいと思う感情を呼び起こすものだ。
トリックを考えないで完全犯罪を書き始めるミステリー作家もいる。
作者がわからないものは、当然読者もわからない。
性的衝動、食欲。
コンテンツはあらゆる人の情動に働きかけていく。揺さぶったものが勝ちである。

クリエーターの生活も反映される。
宮崎駿は70歳を超えても、生活は質素、食事は愛妻弁当で、週末は近所を散歩してボランティアでゴミ拾い。贅沢なことはなにひとつしない。だから大衆を相手に作品作りができる…
そう語る鈴木敏夫自身も、同じく質素な生活ぶりである。
表現は「クリエーターがどういう暮らしをしているか」の影響を、無意識的に受けてしまうのだ。
 
 
4章は、以上の論を土台に、コンテンツのオリジナリティの定義を試みる。
共同作業のコンテンツ作りの場にあって
「天才」とは、何ができるのかをシミュレーションできる能力を持つ人
だ、と川上は言う。

ハリウッド映画では、作品作りの際に一通り出来上がった作品モデルである「プロトタイプ」をかなりの予算をかけて作り、これを元にスタッフたちが寄ってたかって、より面白いものに修正していく。この方法なら、天才がいなくても作品のクオリティは上昇する。
しかし費やす予算は膨大だ。
予算の期待できない日本では不可能である。
ならば…天才で対抗するしかない。貧しい国には天才が必要なのだ。
天才は安物のシュミレーター」と大胆に表現する筆者。
ここから導き出した川上流、オリジナリティの定義は、これだ。
 
オリジナリティとは、本質的にはすべて偶然、または既存物の変形である。
コンテンツとは、「双方向性のない遊び」をメディアに焼き付けたものである。
ゲームを考慮に入れるならば
コンテンツとは「遊び」をメディアに焼き付けたものである


この要約でどれだけほんの内容が伝わるのか、心もとないが…
みなさんは、どう受け止められるだろうか。
コンテンツをあくまで「商品」と割り切り、
そのものさしでもって、バシバシ定義づけしていく筆者の手腕は確かなものだ。

しかし彼の意識の中に、コンテンツの「社会性」についての言及はない。メディアの果たすべき倫理的役割や「メッセージ性」についての考えも読み取れない。
そもそも本書にはそういう内容を盛り込む意図はないのだが…
振り返って思う。
クリエーターたちの表現は、はたして誰かの利益のためにのみ、存在するのだろうか。
もちろん川上はそんなことは言っていないだろう。
しかし「世界のひみつ」や「本質」を
脳に記録された不加逆圧縮のMP3ファイル(ロッシー)みたいに言ってしまう彼の口調に、どこか人間を突き放したような冷たさを感じるのは気のせいだろうか。

 なにしにきた。ここにはなにもないぞ
という宮崎駿の冒頭の一喝は、
そんな川上の冷めた眼差し向けた「威嚇の言葉」だったのでは。

「音質のよさ」を「メロディー音圧」に乱暴に変換し、
人心を操って一儲けしてしまう手際は、
どう見ても、宮崎らジブリの仕事と相性が良いとは思えない…
というのは、趣味に傾斜しすぎたネコパパの僻目だろうか。
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コメント

コメント(1)
No title
2016年11月20日「NHKスペシャル」枠で「宮崎駿 終わらない人」という番組が放送されました。
この中で、川上氏がスタジオジブリに一本のCGサンプルを持参してプレゼンする場面がありました。それは頭部の欠落した裸体の人体が体をひねりながら動くというグロテスクなもので、それを見た宮崎氏は、身体が不自由で、挨拶のハイタッチも大変な知人の話を出しながら、身を震わせて激怒しました。これに対して川上氏は「単なるサンプルですよ」と、当惑顔で応じます。
本書で感じた二人の違いが象徴的にあらわれている場面でした。
私は宮崎氏に同感です。

yositaka

2016/11/23 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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