ネコパパ宅、連休の聴き会

話はちょっとさかのぼって、5月連休の晴れたある日。
ネコパパ宅に、
bassclef
emo
sige
3人の仲間が集まって楽しい聴き会になった。
例年この時期sige君と一緒にbassclef君宅にお邪魔するのが通例になっているのだけれど、emo君ともしばらく交流できていない。
そういえば、彼はbassclef君の大学の後輩。お互いの家の中間地点でもある我が家で旧交を温める機会かも…と勝手なことを考えてご足労願った…というわけである。
 
熱血ベーシストで熱血ジャズ音盤愛好家のbassclef君、
灼熱テナー奏者で、ジャズ、クラシックいずれの演奏分析に長けたsige君、
かつては熱心なジャズ・ファン、現在はクラシック音盤にも傾倒しているemo君。
そしてクラシック依存症、ジャズ雑食のネコパパが集まって、
何を聴くのか?
結果は…実に楽しい聴き会になりました。
 
面白かったのは、久々の再開となったbassclef君とemo君の会話。
ジャズのアドリブの進行など、ネコパパにはなかなか難解な、プロ的なやりとりも聴いていて楽しいのだけれど、話がクラシックとなると、喧々諤々。

「交響曲って、結局どんな形式なの。どうして楽器が少なくなるとソナタと呼ぶのか。呼び方が意味不明」
「管弦楽団と交響楽団の違いは?
「自分の感覚では一曲、と感じる曲の切れ目がクラシックでは一楽章、それが四つ(4楽章)集まって一曲というのが、どうもおかしい。じゃあ組曲はどうなる」

疑問を発するのは主にemo君。
それに刺激されて、ますます雄弁になるのはbassclef君だ。
彼は、疑問に思ったことは徹底して調べる性分。英語にも強い。
日頃苦手と言っているクラシックの分野だって、気になることは放置できず、実はかなり追求しているのである。
当日彼が持参したレコードの中にも、カザルスが入っていたりする…



さて聴き会は、emo君の「聴きたい曲メモ」に沿って、曲中心のセレクションになった。

マイルス・デイヴィス「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート」…いろいろな形で出ているが、オリジナルは『ジャズ・トラック』(米コロムビア)1958年録音の演奏。
ビル・エヴァンスの入ったセクステットの最初の録音で、ネコパパにとっても学生時代からの愛聴盤だ。今回聞いたのは英Real Gone Jazz盤CD。
マイルス、コルトレーン、エヴァンス、もうこの時点で圧倒的な完成度。このときのセッションがアルバム半面分で終わり、まとまった一枚にならなかったのが、惜しすぎる。



同じくマイルスの『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』から、タイトル曲。ソニー国内盤CD。
1964年、リンカーン・センターでのライヴ。
研ぎ澄まされた音の乱舞。彼は1956年の名盤『クッキン』でも演奏しているが、この日のライヴはあきらかに曲ではなく「演奏」を聞く盤。
演奏は15分を超え、マイルスの長大なソロも楽しめるが、ハービー・ハンコックのガラスのように研ぎ澄まされたピアノにも改めて心惹かれる。



ビル・エヴァンス『エクスプロレーション』からは「ビューティフル・ラブ」1961年録音。米ファンタジー盤CD。
有名なスコット・ラファロとのトリオ三部作の中では比較的地味だが、聞き直してみると、これが最も明晰でキレのよいアルバムかも。
ラファロのベースがちょっと腰高でギターのように聞こえるのが珍しい。録音のせい?



J.R.モントローズトミー・フラナガンのデュオ盤『アンド・ア・リトル・プレジャー』はbassclef君持参のLP。曲は「アーニーのテーマ」。
例のジャロ盤『ザ・メッセージ』とは違って、音そのものは彼らしいカリッとした芯を感じさせるものの、ずっとリラックスして演奏しているところが魅力。
1961年録音、レーベルはカナダ・UPTOWN。きっとこれはレアもの。




同じ曲がジョン・コルトレーンの名盤『ソウルトレーン』にも収録されている。
流石にトレーン、一音目から気迫が違う。チェンバースらリズム・セクションの音の重さも強靭。
ネコパパの所蔵のものは残念ながらLPではなく、ビクター初期国内盤CD(1985年発売で、定価3200円)
これはなんだか高音がきつめだ。さっき聞いたエヴァンスの米OJC盤も、1987年発売の初期CDだったが、あれに比べると「音を操作している」感が強い。

後で記載を確かめたら、OJC盤はバークレイにあるファンタジー・スタジオ、国内盤は、ロスアンジェルスのJVCカッティング・センターでのマスタリングだった。
ロスのエンジニアもアメリカ人らしいけれど機材はビクターで、国内盤を意識した音作りをしたのかもしれない。
当時開発されたばかりの「CD」という新メディアのスペックを生かそうと頑張っていたのはわかるが、工夫すればするほどオリジナルからは遠くなっていったみたい…
あの頃は、まさか自分がLPに回帰する日が来るとは、想像もできなかった。


マーラー好きのemo君のリクエストでマーラーの交響曲第5番。
指揮はクラウス・テンシュテット。一般的なEMIのセッション録音ではなく、1982年に来日した時のロンドン・フィル大阪公演を東京FMが収録・発売したCD。
これを、DENON盤のインバル指揮フランクフルト放送交響楽団のものと比較したのだが、端正でクールなインバルとは正反対の、冒頭から濃厚な表情が溢れ出る熱演だ。

お馴染み定番、イシュトヴァン・ケルテス指揮ウィーン・フィルの「新世界から」も。
これは、ちとコンディションの悪いキング国内盤LPを掛けてしまった…



bassclef君持参のパブロ・カザルスは、1930年録音のベートーヴェン、チェロ・ソナタ第3番。国内盤LP、懐かしのGRシリーズである。



ジャケット画像が見つからない。これはCDのデザイン。
東芝GR盤は、ノイズ低減の操作のやりすぎで音質が良くないとされているが、次第に改善された。この盤はGR最後期の復刻で、1930年とはとても思えない鮮度と力感が再現されている。
こういうものを聴くと、音楽にジャンルは関係ないんだな、とつくづく思う。

というわけで、デューク・エリントンの『ザ・ポピュラー』も聞き、ブルーノ・ワルターの「運命」も聞き…4人の聴き会はいつ終わるとも知れず、続いていくのでありました。



関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメント(6)
No title
ジャズとクラシックの聴き会・・・いいですね~
私も少しはジャズも聴きますが、どうしてもクラシックが中心です。
LPも2500枚位は、まだあるので、今でも聴きますよ。CDに買い直ししていない音源は多いです。

HIROちゃん

2015/05/24 URL 編集返信

No title
音楽は基本中身で、フォーマットにはこだわらない方ですが、最近は真剣に聞こうとするとアナログレコードに向かう…そんな傾向が強くなってきました。
音の違い、ジャケット、音の出るまでの「儀式」…いろんな点で「人の手が関わっている」実感を楽しめるからかもしれません。
ただ、音についてはいろいろな意見があります。私個人は、フォーマットよりも、個々の盤や音源のもっている音の違いの方が、やはり大きいのではないかと考えています。
この日のようにLP、CD、データ音源まぜこぜでもあまり気にはなりません。どれも大切にしていこうと思っています。

yositaka

2015/05/24 URL 編集返信

No title
4日でしたか。楽しかったねえ。特に、ドボルザーク、チャイコフスキーのサウンド的特徴については、bassclefくんもだまっちゃいないぜというふうで、俄然、思いを熱く語っていました。3年ぶりに2人が会うというのに、つい昨日にも会っていたような雰囲気。いいですねえ。ここに紹介されている音源では、カザルス、ベートーベンチェロソナタ。僕は大学1年時、エフエム愛知エアチェックカセット録音ものを、モノの段ボールスピーカーでよーく聞いた音。今回ネコパパ氏宅sp、高額な板の台を入手され、盤の音をよく肉迫するとこまで再現。ビルの『エクスプロレーション』、こんな気品ある音だったか。学生時代の印象は、ラファロのキリキリした音楽性は浮き彫りにされた盤だけれども、全体にベールをかぶったぼさぼさの音という印象だったから、ややびっくりでした。ネコパパ氏、お世話になります。また、ぜひよろしくお願いします。

toy**ero

2015/05/24 URL 編集返信

No title
やあsige君、
>3年ぶりに2人が会うというのに、つい昨日にも会っていたような雰囲気
まさにそうでしたね。今回聞いたものはどれも私たちの青春を作ってきた音楽だと思います。そういえば、シューリヒト指揮パリ・オペラ座管弦楽団のモーツァルト「プラハ」も聞きました。あれなど、当時ワクワクの思いで入手したコロムビア盤LPそのものを掛けたわけで…あれから現在まで経過した時間を、これからは多分生きないだろう…と思うと、ある感慨も湧いてきます。

yositaka

2015/05/24 URL 編集返信

No title
いやあ・・・yositakaくん。あの日の様子をまとめてくれたんですね。君とsige君と違って、emo君と僕は「うんと遅れてきたクラシック興味派」ということで、感じるがまま・思うがままのたいへん乱暴なクラシック談義をしてしまいました(笑)音楽を幅広く聴き・楽しむ姿勢のyositaka君とsige君だから、笑って許してくれたかと思いますが(笑)スクエアな(四角四面な・・・とでもいうニュアンスか)クラシック愛好主義者の方なら、バカヤロ~!てなもんでしょうね(笑)
それにしても・・・ドヴォルザークの「新世界から」の、例の、一瞬(というより割りと長いかも)≪音楽が停まる≫場面は、ある意味、あんなことも許されるか・・・という驚きもあり、僕の中ではものすごく印象的です。
また集まりましょう!

bassclef

2015/05/25 URL 編集返信

No title
bassclef君、どうもです。私にとってはJazzが後攻でしたから、雑誌書籍などにあふれる独自の用語には苦労しました。スイング、ビバップ、ハードバップ、フリージャズといったおおよその時代様式はわかるにしても、スウィングするしないとか、アーシーとかグループフィーリングがないとか、黒い白いとか、クールとかホットとか…感覚的な部分がわからない。
でも、bassclef君のブログは決してそのようなことはありません。となるとこの業界は書き手の「逃げ」が結構あるのかもしれないと思ったりします。
「新世界から」第2楽章再現部の主題ブツギレは、作曲者がテーマを「動機」のひとつではなく、感情表現であることを告白していると思います。ロマンティックとはまさにそういうことで、ドヴォルザークの音楽が「ロマン派」に属している明白な証拠ですね。彼は基本的にメロディーを崩すのを嫌がった人で、クラシックの基本的な展開法である「変奏」も、楽器や趣向を変えての「反復」になりやすく、そのため下手な作曲家とも呼ばれたのでした。ですが私は自分のメロディーを自分で愛してしまうナイーヴなドヴォルザークが大好きなのです。

yositaka

2015/05/26 URL 編集返信

コメント投稿
非公開コメント

プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

ご訪問ありがとうございます

月別アーカイブ

検索フォーム

QRコード

QR