これぞ、コレクター魂!!

ネコパパの友人、sige君から興味深い資料をコピーでいただいた。
昭和40年代初頭の、「ステレオ」誌(音楽の友社)の記事である。

レコードの発達史2 平円盤レコードの出現」と題されたもの。
筆者は鹿児島一郎
内容から想像すると、日本有数の蓄音機・SP盤コレクターと見受けられる。
だが、残念なことにネット検索では該当の人を見つけることはできなかった。

内容はエミール・ベルリナーの平円盤レコードの開発の経緯から筆を起こし、エジソン型蝋管レコードに対抗して商品としての販路を拡大していく歴史を記述。、初期の録音に参加したオペラ歌手などの膨大なデータが並んでいる。
この野心的な連載がどれだけ続いたのか、完結し、本にまとめられたことがあったのか…まったくわからない。
本記事の読者の方で何かご存知の方がいらっしゃったら、ぜひご教示いただきたいと思う。
 
記事の後半になると、ほとんど平円盤レコードに録音したオペラ歌手の人名の羅列となる。レオ・スレザーク、リリー・レーマン、エンリコ・カルーゾー、器楽演奏者ではヤン・クーベリックなど、ネコパパが名前だけでも聞き知っている人も、いることはいるが、大半はまったく未知の名前ばかりである。
「音盤の世界はまだまだ奥深い…」
と思いつつも、ちょっと読み疲れていたところ、最後に思わず笑っちゃうような、すてきな記述があらわれた。
 
鹿児島氏は海外勤務の多い人だったようだ。高給のエリート・サラリーマンではなかったか。コレクターの病にどっぷりつかり、どこへ滞在しようと蓄音機を手放せず、ときには聴きの破損や故障に悩まされることもあったらしい。
そんなときは、現地で修理のできる職人を訪ねまわるのだが、そのあたりのエピソードが、なかなか味のある「物語」になっているのだ。

ちょっと長くなるが、引用したい。
 
 
いわゆる「珍品レコード」が、最近日本のデパートで外国の価格の百倍以上の値段で平然と取引されているのだからびっくりする。…しかし、本当の意味での「珍品レコード」は、欧州でも滅多になく、行き当たりばったりの観光旅行者が探し出すのは容易ではない。またまして著名な歌手などによる蝋管レコードに至っては、市場に出る機会が極めて少なく、また購入しても完全な運送の方法が全然ない。その脆さは想像以上で、落としでもしたらいっぺんで粉微塵になる。ただ手で持っていただけでもポロッと割れた蝋管はいくらもある。パリで数年前手に入れたパリ・オペラ座のバリトン歌手ピッカルガ1897年に吹き込んだパテの蝋管を丁寧に拭いていたら(蝋管にとってカビは大敵で、一度ついたら使えない)何か勘違いして持っていた右の手を離し、いっぺんでおしゃかにしてしまい、一晩中くやしくて眠れなかった思い出がある。先般イギリスの友人から送ってもらった60本の蝋管レコードの半数は、手元に置いたとき割れてどうにも手の施しようがなかった。これは蝋管蓄音機にしても同様で、後生大事に高額な運賃を払って航空貨物で運んだものは、皮革のベルトが切れたり、機械が破損し、コンテナで運んだ大型の手巻蓄音機は、完全な梱包であったにもかかわらず、脚が折れるという有様で運送については、危険がつきまとい、どんなに気を配っても悩みは尽きない。ただ私の場合はたとえ破損しても、修理してくれたり、またたとえ70年前の蝋管蓄音機の部品でも、ストックを随時提供してくれる知人が英米などにいるので心強い。ただ私が長期滞在していたアテネやボンペイでは、こういう古物を扱う機械修理工は人のあまり寄り付かない汚い下町に住んでおり、英語は全然役に立たず、ギリシャ語やヒンズー語が分からないと、自分の意志を伝えることもできないので苦労した。ギリシャでは三台ばかりのゼンマイを切ったので、そのたびに機械を担いでせまい曲がりくねった道路を歩いていくと、あたりはワインの樽が一杯のかびくさい地下の酒蔵や石の階段、ブーゲンベリアやマグノリアの花の咲く中庭や、ビザンチン風の小さな教会があり、昼下がりの午後ののどかな陽光を浴びて、白髪の老人が二、三人のんびりとたむろしているだけだが私の顔を見ると、お馴染みなのでしゃべらないでもわかったと言わんばかりに、例の機械工を探しに呼びに行ってくれる。機械工といっても日本のそれとはまったく概念が違い背は高く、大きな目と高い鼻を持ったリュウとした紳士で、口ひげがあり、日本の映画俳優など足元にも及ばぬ美男子である。修理には普通一日かかったが、エジソンのダイヤモンド・ディスク、グラモフォンのゼンマイの修理を頼んだときには、さすがに経験がないのでできないの一点張りで、おおきなジェスチュアで困った困ったと言っていたが、二、三日後訪ねていくとめでたく修理が完了していた。その時、満面笑みを湛えて喜んでくれた彼の姿は、今でも忘れない。ポンペイの修理屋は、通称泥棒広場の真中にあり、その界隈全体が汚れと男臭で溢れており、行きかう人々の中にはアバタの顔や腕のないライ病患者もあって、このスラム街に出かけるのは辟易したものだが、時にはメルバパッティのレコードが一枚50円で買えることもあるので、危険をおかして出かけていった。ここでラッパのついたスイスのトーレンス製の1900年の初め頃の蓄音機を2500円で買ったが、まけようと思えば半値ぐらいにはなったろう。インドで驚いたのは、大通りの一流店で、ステレオと手巻きのポータブル蓄音機が仲良く肩を並べながら、堂々と販売されていることで、78回転の新品のSP盤が一枚邦貨250円で店頭に飾られていた。皆カルカッタのダム・ダム・プレスで、インドの流行歌や舞踊の音楽は今でもSPが新譜で堂々と発売されている。従って懐かしいHMFの鋼鉄製の針もたくさん出まわっている。最初町のセンターの一流レコード店に入ったとき突然30年前に時計が逆回りした様な錯覚に陥った。従って泥棒市のラッパ付きの蓄音機も骨董としてでなく、実用品として、下層階級の人々を対象に売られているのだ。蝋管や特殊な蓄音機を除いたら、ただラッパの着いた蓄音機は欧州の蚤の市でも五千円程度で売られていたがついぞ買った人を見たこともない。そしてこんなものは骨董扱いにはされていなかった。
 


 
これだけの文章が、一段落でずっと続く。
おかしな修飾語や文法的な破綻も多いが、趣味におぼれ切って、話し出したら止まらない…そんなコレクター魂の奔流に、読んでいてわくわくしてしまう。

そして着地点は、やはり
「日本は高い」
「日本人は本国では安いものもうんと高く買っている。価値を知らない」
「だが、俺様は上手くやっている」
というところに落ち着くのである。
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コメント

コメント(8)
No title
収入のみならず家屋環境もあって、私は珍品と呼ばれるものを蒐集する習慣は持ちあわせておりません。
自分のブログでジャケット写真をネットで探しておりますと、LP1枚がウン万円で販売されているのを見かけて、かなり驚いています。
そうかと思えば、近所のリサイクル家具店では、結構貴重なオペラのLPセットが100円で売られていたりと、価値の見極めは難しいものですね。

gustav_xxx_2003

2015/05/20 URL 編集返信

No title
私も高価な品には縁がなく、いつも経費節減で、少しでも幅広く…を心がけていますが、
初期盤に対する熱情も、また独自の魅力ある世界を築いていると思います。こういう文章に出会うと、つくづく人は変わらないものだと改めて感じます。
とはいえ、100円の掘り出し物を喜ぶ気持ちは変わりませんが…

yositaka

2015/05/20 URL 編集返信

No title
やはりこの部分に目を付けましたか。落とした管、雑多で危険な臭いのする裏小路、…。すごい方(蒐集家)がいたものだと面白く読みました。ネコパパ氏なら僕より遥かに深く広く理解されるだろうとの思いで、記事をお見せしました。これは、1970年10月号『ステレオ』に掲載された記事で、巻頭にはボリショイオペラ来日(万博特別講演)の記事がいっぱい載っています。この記事が一冊の本になっていたら、ぜひ私も読んでみたいと思っております。

toy**ero

2015/05/21 URL 編集返信

No title
大黒屋音楽サロンの蓄音機、名古屋蓄音機クラブの世話役?の人にお願いしたら聴かせて頂けるみたいです。
機械屋の私、アコースティクの蓄音機の構造を見たらこれは楽器ですね!
博物館のエジソン蓄音機を聴きに行ったらの蝋管を繰り返し使用していました。ネットでエジソンは、最初口述記録器(テープレコーダ)として発明したとありなるほどと思いました。
さて、趣味・道楽・マニア・オタク・コレクターの共通項は・・・・
自分の価値観に拘る人? 私も定年後、暇で煩悩が大きくなり失った時間を取り戻すのに散財しています。(笑)

チャラン

2015/05/21 URL 編集返信

No title
いや~~、これはすごい文章ですね。。(でもなんとなく他人とは思えない感じ…)
ぼくもここ2~3年、レコードを聴くようになって、万単位の初期盤などをカタログで見るようになって、そんな高価なものは一度も買ったことないですが、だんだん金銭感覚が麻痺してきて、最近は5千円くらいのレコードを「おっ、お買い得♪」とか、一瞬、思うようになってきたことに危機感を覚えています
しかし100円とか300円均一コーナーの(自称)常連として「このレコードがこのコーナーに!?」みたいなエキサイティングな出会いが何と言っても最高です。

Loree

2015/05/21 URL 編集返信

No title
sige君、当時の「ステレオ」誌も実にマニアックな記事を載せていたものですね。なんだか音盤創世記、戦前の頃の話のようですが、よく読むとこれが60年代の体験とわかります。筆者は例外的な境遇にいた方でしょうが、50円のレコード趣味のために「危険を冒す」冒険精神には感服です。

yositaka

2015/05/22 URL 編集返信

No title
チャランさん、いくら共通項があるからって、命がけはやめましょう…
大黒屋の次回のコンサートは6/20ですが、私のところにはまだ通知が届いていません。籤に当たっていると良いのですが。
エジソン型フォノグラフは、音質ではベルリナー型グラモフォンに勝っていたようですが、扱い方の難しさと価格の高さが原因で敗退したようです。それでもエジソンはこの方式にこだわり、ついにシリンダー型にかわる円盤型縦振動レコードを完成させました。文中の「ダイヤモンド・ディスク」とは、たぶんこれの再生装置のことです。しかし、これも高価で音盤の厚みが6センチもあり、普及にはいたりませんでした。こりゃ180グラム重量盤なんて目じゃない重さだったことでしょう。

yositaka

2015/05/22 URL 編集返信

No title
ロレーさん、精神的に他人事とは思えない気分、私もひしひし感じますね。書き写しているとなんだか彼の情念が波動となって流れ込んでくるような気分になりました。
でも、金銭感覚の麻痺にはご用心です。100円でうれしい、といっているうちに、今度は収納場所が…

yositaka

2015/05/22 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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