ショルティ、飛び切りのヴェルディ

DECCA《ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団エディション》を聴く⑲

CD24
ブラームス:交響曲第1, 悲劇的序曲,
ワーグナー:「パルジファル」前奏曲~
ズービン・メータ(指揮) [録音:1976&1966年]



 
ブラームスの第1交響曲は堂々たる遅いテンポで始まる。ウィーン・フィルの艶やかな音色を生かした、厚みのある響きはいかにもメータらしく、好ましい。
第1楽章と第2楽章はそのじっくりとした歩みに安心して身を浸すことができる。
しかし第3楽章に入ると、遅いテンポが逆に「緩さ」と感じられるようになり、その印象は、フイナーレの最後に至るまで、変わることがない。
こんなところも、失礼ながら…いかにもメータらしい。

あの、熱狂的なフイナーレ後半の部分でさえ、落ち着き払い、肩の力を抜いたまま進行していく。
なんだか長ーく、感じる。
聴き手は、この部分では指揮者や演奏者たちとともに共感し、ともに高揚することを期待しているのではないのかな。
そこを敢えて「外す」ことに、指揮者の狙いがあったのか。

「悲劇的序曲」と「パルジファル」も同じようにゆったりと進んでいくスタイルだが、これらは普通に曲を楽しめる演奏だ。
とくにブラームスは、交響曲とは違って最後まで緊張感が途切れず、手ごたえのある演奏になっている。

 
CD39
フランツ・シュミット:交響曲第4,
フォン・アイネム:フィラデルフィア交響曲
ズービン・メータ(指揮) [録音:1971&1968年]



 
20世紀の、あまり聴きなじみのない交響曲の組み合わせ。

フランツ・シュミットの交響曲第4番は、愛娘を失った悲しみの中で作曲されたという曲で、4つの楽章が切れ目なく演奏される。全体は40分ほど。
作曲者はブラームスとブルックナーに師事し「アンチ・マーラー派」だったそうだが、その割にはこの曲、マーラーの交響曲第5番や第10番のアダージョ楽章に近い、悲しみのメロディーが途切れなく流れていく風情がある。

一方のアイネムは、プロコフィエフの「古典」交響曲やブリテンの「シンプル・シンフォニー」を思わせる、それぞれ5分程度の4つの楽章からなるシンフォニエッタである。冒頭の金管による快活な開始から、シュミットとは好対照の、明るく晴れ渡った楽想に満ちた音楽が展開される。
どちらも現代音楽の難解さを持たない「新古典主義」の作風で、もっと聴かれてよい曲だと思う。

メータの指揮は、
どちらかと言えばアイネム作品のほうがぴったりとしている。
シュミットも、録音が少ない中では「代表的な一枚」と呼ばれるべき盤かも知れないが、この音楽に込められている「哀切」さの表出は、そこそこのところでセーブされているような気がしてならない。
メータは、曲に対していつもどこか距離を置いている。
そんな醒めたところが魅力だ、という人もいるのかもしれないが…

 
CD49
ヴェルディ:レクイエム
ジョーン・サザーランド(Sp) マリリン・ホーン(Ms)
ルチアーノ・パヴァロッティ(T) マッティ・タルヴェラ(Bs)
ウィーン国立歌劇場合唱団
ゲオルグ・ショルティ(指揮) [録音:1967年]



 
「怒りの日」の激烈な冒頭部分で知られる大曲だ。
モーツァルトやフォーレの「レクイエム」を超える名曲と呼ぶ人もいるが、ネコパパはずいぶん苦手。
例の「怒りの日」も、冒頭の爆発的部分が過ぎてしまうと、なんだかよく分からない曲想が延々続き、どうしても付いていけなくなってしまう。
15分くらい過ぎると、針を上げる。
どうしても全曲聴き通せない。これでは良さがわかる筈もない。
 
ところが、このショルティ盤、様子が違う。
冒頭から、声楽部分も器楽部分もくっきりとしていて、音楽の「かたち」がよく分かるのだ。
長大な「怒りの日」の後半は、さすがに辛いが、そこを過ぎてしまうと次々に魅力的な音楽が湧き上がってくる。「ルクス・エテルナ」も、「サンクトゥス」も、「アニュス・デイ」も…
晴れ渡った空に響き渡る「生きることへの賛歌」として、ストレートに心に届く。

もしかしたらヴェルディは、死者の追悼のためのレクイエムなど書く気はなかったのではないか。
これは人生を謳歌する「生きるもののためのレクイエム」。
全曲が明るく晴れやかな光にあふれ、ソリストたちはオペラのように朗々と、生きる喜びを歌い交わす。
まったく不自然じゃない。

ここにあるのは、ジャズの発祥の地ニューオリンズで、黒人たちが快活な「聖者の行進」を奏でて葬列を組むのと同じ精神ではないだろうか。
 
このBOXにはショルティの盤がやたらに多いように感じるのだが、
これは、その中でも飛び切りの一枚だと思う。
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コメント

コメント(6)
No title
フランツ・シュミットがアンチ・マーラーだったのは、ウィーン国立歌劇場の首席チェロ奏者であったのをマーラーに外されたという事情があったと書かれているのを読んだことがあります。
人間関係って、そんなものなのかもしれません。

ショルティによるヴェルディのレクィエムは、私もちょっと楽しみにしている録音です。
世評の高さもありますが、マーラーの8番を聞いて、こういう大規模な曲を振らせたらショルティのバワーが最高に発揮できるような気がしてなりません。

gustav_xxx_2003

2015/04/07 URL 編集返信

No title
シュミットの曲、こんなに静謐な情感のある音楽とは、まったく予想していませんでした。知られざる名曲ですね。もうちょっと緩急の変化が大きければ、よりポピュラーになったと思うんですが。
ショルティという人、演奏が大掛かりになるほどやる気を燃やした人なのかもしれません。
まだ無名のうちから、それを見破っていたのですね、プロデューサーのカルショウ氏は。

yositaka

2015/04/07 URL 編集返信

No title
国内盤単品でCD39のものを持っています。アイネムが目的でした。ちょっとこの作曲家に興味を持った時期に購入したものです。シュミットはまだよう把握できていない作曲家です。数曲の交響曲を持ってはいますが何故か苦手意識があります。ショルティによるヴェルディのレクイエムは「怒りの日」で大太鼓をバンバン鳴らせているのではないでしょうか。この曲は好きなのですが、そんな先入観があって持っていません。

SL-Mania

2015/04/07 URL 編集返信

No title
大太鼓をバンバン鳴らせている… SL-Maniaさん、まったくそのとおりです。
この有名な部分は全曲で3回も出てくるのですね。特に終わりごろに出てくる箇所は「忘れた頃のダメ押し」のようで、思わず笑ってしまいます。でも、感心したのは、それ以外の箇所が魅力的に聞こえたからです。この、隅々にまで地の通った感じというのは、ショルティには珍しいと思いました。

yositaka

2015/04/07 URL 編集返信

No title
私は何故かヴェルディはオペラも、このレクイエムも苦手の部類、レクイエムは10枚ほどありますがショルティは聴いていません。どうもこのレクイエムは全曲をじっくり聴く気になれないのは何故でしょうか。ヴェルディは苦手という先入観でしょうか。

メータの音源はあまり数多くは持っていませんので、これも聴いていません。

HIROちゃん

2015/04/07 URL 編集返信

No title
HIROちゃんさん、私もヴェルディはちょっと遠慮したい…とつい思ってしまう人間です。苦手意識は頑固なもので、簡単には変わらない気がします。といって、はなから避けて通るのもどうかと思い、ときには聞いてみたりもするのです。
「いいな」と思える瞬間があれば、ちょっとした自己改革かもしれません。

yositaka

2015/04/07 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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