ベートーヴェン
交響曲6番《田園》 「レオノーレ」序曲第3番
小澤征爾指揮
サイトウ・キネン・オーケストラ
録音:1998年9月
長野県松本文化会館
プロデューサー ヴィルヘルム・ヘルヴィヒ
バランスエンジニア エヴァレット・ポーター (ポリヒムニア)
Philips CD
小澤征爾がサイトウ・キネンを指揮して完成させた交響曲全集の一枚で、ピリオド派の影響を感じさせない、モダン・スタイルによる演奏。
ロマン派の音楽、とくにベルリオーズの「幻想交響曲」やチャイコフスキーの「弦楽セレナード」では、激烈な演奏も聴かせる小澤だが、
この「田園」は感情表現を抑制した、クールな演奏だ。
第1楽章は、遅めに滑り出す。弦楽器の紡ぎ出すテーマは、細身でスマート。クレシェンドもほとんど付けず、ひとつの引っかかりもなく、音符そのままを磨きぬくという感触がある。テーマの繰り返し直前に大きなリタルダントが掛かるが、そこ以外は一定速度を守り、淡々と進んでいく。
録音はオフマイクで、会場の響きを多く取り入れている。音の細部は響きがかぶりがちで粒立ちははっきりせず、トゥッティになると、さらに濁り気味になる。管楽器パートも鮮明ではあるが、間接音がかぶるせいか少しメタリック。
強いアタックを絶えず避けている感じなのは、この会場の特性に合わせてのことだろうか。
第2楽章も遅めに開始。低弦がずんと強く、ヴァイオリンの弦のさざ波も音が立たず、響きに埋もれている。色を排した墨絵の感触の小川の情景が淡々と続いていく。オーボエ、フルート、クラリネット、いずれもソリスト級の名技で、彼らのソロに弦の弱奏がそっと絡んでいく部分など、耳がくすぐったくなるほどの繊細さ。
これだけ室内楽的な「弱音」で通された第2楽章も例がないかもしれない。
コーダも鳥の声の表情などには、まったく関心がないかのように、あっさりと通り過ぎてしまう。
第3楽章は、肩いからせず、すっきりと流す。
村人の踊りも、活発なトリオも、それなりに躍動しているが、あくまで「音の動き」としてのみ捉えられ、7分の力でそつなく進む。管楽器のフレーズにも遊びがなく「譜面通りきちんと」演奏させるだけ。
名手たちのアドリブ的な表情も、すこしは聞きたいものだが…
第4楽章では、突如として音量が全開となる。
脳天を直撃するような「痛い」音響に、会場の響きが飽和し、溢れ出す。
この演奏は、中編成ではなく、80人越えの大編成なのだ、ということを初めて意識させられる。小澤はこの楽章こそ全曲の頂点と考えたのだろうか。
しかしその爆発もつかの間、フィナーレに入るとたちまち力感は収まり、強い音やクレシェンドを避けた演奏に戻る。
さすがに弱奏中心ではなく、特にチェロはかなりしっかりと弾いている。
けれども、意識的な抑制が常に効いて、フレーズも、個々の音も、意味を語りかけるような箇所がないのは寂しい。相変わらず音の粒立ちが弱く、ピチカートも弱い。
楽器が多く重なれば、それだけ全体の音は霞み、隔靴掻痒の感が強まる。
何の思い入れもなく「はい、これで終わりです」という感じで終結するコーダ。これでは「田園」を聴き終えた感慨は湧いてこない。
不思議に空虚な印象の漂う、小澤征爾の「第6交響曲」なのである。
ひょっとすると、これは録音しにくいタイプの演奏で、響きを取り入れすぎた収録の関係もあり、本領がとらえられていない可能性はあるだろう。
ライヴで聞いた人は、演奏の真価に気づいたかもしれない。
でも、現時点でのネコパパの耳には残るのは、なんともいえない「当惑」だ。
小澤征爾は遠からず、水戸室内管弦楽団を指揮して、この曲の再録音を行うはずだ。
そこに、彼の真の充実が刻まれることを期待しよう。
コメント
ひょっとしたらテレビで見ているのかもしれませんが、強い印象を残すものではなかったのかもしれません。
日本人として最初に世界に羽ばたいた指揮者ではありますが、どうもど真ん中のレパートリーは避けてきた印象が強くあります。
オペラにも進出してウィーンの座も勝ち取ったのですが、あまりメインとなるべき演目は取り上げていなかった気がします。
イタリア・オペラもスカラでの大失敗のあとは、ほとんど振っていないのではないでしょうか。
サイトウ・キネンとのブラームスはテレビで見た記憶がありますが、う~んという感じであったように思います。
トロントからボストンに移ったあたりの録音は、結構いいものもあるんですがねぇ…
gustav_xxx_2003
2015/03/16 URL 編集返信若き頃の小澤さんは、割と良い仕事をされていると思いますが、ヴィーン以後はハッキリと衰えています。皆さんこの話題から避けていますが、私はそう思います。期待は出来ません。
quontz
2015/03/16 URL 編集返信yositaka
2015/03/16 URL 編集返信yositaka
2015/03/16 URL 編集返信小澤さん/水戸室内管弦楽団の復帰のベートーヴェン演奏会では2回、4番と7番を水戸芸術館で生で聴く事が出来ました。素晴らしい演奏でしたが、NHKの録画での4番の音は全く異なった雰囲気に聴こえました。CDは購入していませんが、CDの録音はどうだったのでしょうか?7番は友人がNHK(水戸)の中継をデジタル録音した物を聴きましたが、素晴らしかったティンパニーの音が全く違っていてがっかりしました。
HIROちゃん
2015/03/16 URL 編集返信yositaka
2015/03/17 URL 編集返信