小澤征爾、曇り、一時暴風の田園

ベートーヴェン
交響曲6番《田園》 「レオノーレ」序曲第3番




小澤征爾指揮
サイトウ・キネン・オーケストラ
録音:19989
長野県松本文化会館
プロデューサー ヴィルヘルム・ヘルヴィヒ
バランスエンジニア エヴァレット・ポーター (ポリヒムニア)
Philips CD

 
小澤征爾がサイトウ・キネンを指揮して完成させた交響曲全集の一枚で、ピリオド派の影響を感じさせない、モダン・スタイルによる演奏。
ロマン派の音楽、とくにベルリオーズの「幻想交響曲」やチャイコフスキーの「弦楽セレナード」では、激烈な演奏も聴かせる小澤だが、
この「田園」は感情表現を抑制した、クールな演奏だ。
 
第1楽章は、遅めに滑り出す。弦楽器の紡ぎ出すテーマは、細身でスマート。クレシェンドもほとんど付けず、ひとつの引っかかりもなく、音符そのままを磨きぬくという感触がある。テーマの繰り返し直前に大きなリタルダントが掛かるが、そこ以外は一定速度を守り、淡々と進んでいく。
録音はオフマイクで、会場の響きを多く取り入れている。音の細部は響きがかぶりがちで粒立ちははっきりせず、トゥッティになると、さらに濁り気味になる。管楽器パートも鮮明ではあるが、間接音がかぶるせいか少しメタリック。
強いアタックを絶えず避けている感じなのは、この会場の特性に合わせてのことだろうか。
 
第2楽章も遅めに開始。低弦がずんと強く、ヴァイオリンの弦のさざ波も音が立たず、響きに埋もれている。色を排した墨絵の感触の小川の情景が淡々と続いていく。オーボエ、フルート、クラリネット、いずれもソリスト級の名技で、彼らのソロに弦の弱奏がそっと絡んでいく部分など、耳がくすぐったくなるほどの繊細さ。
これだけ室内楽的な「弱音」で通された第2楽章も例がないかもしれない。
コーダも鳥の声の表情などには、まったく関心がないかのように、あっさりと通り過ぎてしまう。
 
第3楽章は、肩いからせず、すっきりと流す。
村人の踊りも、活発なトリオも、それなりに躍動しているが、あくまで「音の動き」としてのみ捉えられ、7分の力でそつなく進む。管楽器のフレーズにも遊びがなく「譜面通りきちんと」演奏させるだけ。
名手たちのアドリブ的な表情も、すこしは聞きたいものだが…
 
第4楽章では、突如として音量が全開となる。
脳天を直撃するような「痛い」音響に、会場の響きが飽和し、溢れ出す。
この演奏は、中編成ではなく、80人越えの大編成なのだ、ということを初めて意識させられる。小澤はこの楽章こそ全曲の頂点と考えたのだろうか。
 
しかしその爆発もつかの間、フィナーレに入るとたちまち力感は収まり、強い音やクレシェンドを避けた演奏に戻る。
さすがに弱奏中心ではなく、特にチェロはかなりしっかりと弾いている。
けれども、意識的な抑制が常に効いて、フレーズも、個々の音も、意味を語りかけるような箇所がないのは寂しい。相変わらず音の粒立ちが弱く、ピチカートも弱い。
楽器が多く重なれば、それだけ全体の音は霞み、隔靴掻痒の感が強まる。
何の思い入れもなく「はい、これで終わりです」という感じで終結するコーダ。これでは「田園」を聴き終えた感慨は湧いてこない。
不思議に空虚な印象の漂う、小澤征爾の「第6交響曲」なのである。
 
ひょっとすると、これは録音しにくいタイプの演奏で、響きを取り入れすぎた収録の関係もあり、本領がとらえられていない可能性はあるだろう。
ライヴで聞いた人は、演奏の真価に気づいたかもしれない。
でも、現時点でのネコパパの耳には残るのは、なんともいえない「当惑」だ。

小澤征爾は遠からず、水戸室内管弦楽団を指揮して、この曲の再録音を行うはずだ。
そこに、彼の真の充実が刻まれることを期待しよう。
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コメント

コメント(6)
No title
そういえば小澤征爾のベートーヴェンは、ちゃんと聞いた記憶がありません。
ひょっとしたらテレビで見ているのかもしれませんが、強い印象を残すものではなかったのかもしれません。

日本人として最初に世界に羽ばたいた指揮者ではありますが、どうもど真ん中のレパートリーは避けてきた印象が強くあります。
オペラにも進出してウィーンの座も勝ち取ったのですが、あまりメインとなるべき演目は取り上げていなかった気がします。
イタリア・オペラもスカラでの大失敗のあとは、ほとんど振っていないのではないでしょうか。
サイトウ・キネンとのブラームスはテレビで見た記憶がありますが、う~んという感じであったように思います。
トロントからボストンに移ったあたりの録音は、結構いいものもあるんですがねぇ…

gustav_xxx_2003

2015/03/16 URL 編集返信

No title
矢張り、ちゃんとしたオケで演奏して欲しい指揮者です。
若き頃の小澤さんは、割と良い仕事をされていると思いますが、ヴィーン以後はハッキリと衰えています。皆さんこの話題から避けていますが、私はそう思います。期待は出来ません。

quontz

2015/03/16 URL 編集返信

No title
グスタフさん、「ど真ん中のレパートリーは避けてきた」印象は確かにありますね。コンサートでは演奏していたのでしょうが、レコーディングとなると、並み居る大家に伍する存在感はいまひとつだった気がします。「田園」もこれが初録音ではないでしょうか。他者が狙わないレパートリーで実績を積み、地位を確保するのはいかにも日本人的と言えるかもしれません。ウィーン国立歌劇場監督は歴代の指揮者のほぼ全員が喧嘩別れなのに、彼だけはトラブルなく任期満了しました。紛れもなく「成功した人生」を歩んでいるとは思うのですが、けれど…

yositaka

2015/03/16 URL 編集返信

No title
Quontsさん、個人的な意見ですが、彼の問題は「斉藤秀雄のトラウマ」だと思います。師によって宿命付けられた「後進を育てなければならない」という使命感の強さが、個性の表出ではなく精度の向上に彼を走らせた…そんな気がするのです。病で指揮台に立てないにもかかわらず、リハーサルに顔を出し、指揮者や楽員に「指導」を続けている小澤氏の姿をTVでしばしば見ましたが、どうにもやりきれないものがありました。復帰後の彼が「指導者」の使命感を捨て、「自分の音楽」だけに向き合ったとき、初めて彼の真価が現われる気がするのです。復帰後はじめて指揮した「弦楽セレナード」第1楽章のような音楽が私はもっと聴きたいのです。

yositaka

2015/03/16 URL 編集返信

No title
小澤さんのベートーヴェン・・・この演奏は、おとなしく面白味が無いように思います。
小澤さん/水戸室内管弦楽団の復帰のベートーヴェン演奏会では2回、4番と7番を水戸芸術館で生で聴く事が出来ました。素晴らしい演奏でしたが、NHKの録画での4番の音は全く異なった雰囲気に聴こえました。CDは購入していませんが、CDの録音はどうだったのでしょうか?7番は友人がNHK(水戸)の中継をデジタル録音した物を聴きましたが、素晴らしかったティンパニーの音が全く違っていてがっかりしました。

HIROちゃん

2015/03/16 URL 編集返信

No title
HIROちゃんさんは、水戸室内管弦楽団の復帰のベートーヴェン演奏会をお聞きになられたのですね。私はCDも未聴ですが、やはり素晴らしい演奏だったのですね。録音はNHKのものがそのまま使われているようです。そこが不安なところなんです。例えばEXTONのスタッフなら、指揮台から聴ける音を再現するポリシーで、上手く収録されていることが多いのですが…「世界の小澤」も、もはや万全の体制で録音できないところまで来ているのでしょうか。

yositaka

2015/03/17 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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