日本の「現代児童文学」を築いた作家のひとり…というにはあまりに大きい存在、
松谷みよ子氏が亡くなられた。
昨日の新聞記事でそれを知った私の喪失感は、ちょっと言葉では言い表せない。
もう、大層なお年であることは知っていながらも、
「いや、松谷さんが、まだいる」
という思いが、日本の現代児童文学を繋ぎとめる強い「命綱」だったのだな…
と改めて思い知らされた。
一つ目の記憶。
現代児童文学の出発点とされている1959年に1年遅れて世に出された長編ファンタジーを、たまたま私は小学校の図書館で借りていた。
『龍の子太郎』
1964年の夏である。
マッチ箱のような市営住宅の祖母の部屋に寝転んで、初めから終わりまで、一度も本を置かずに読み通した。
小学校の低学年のころの私は、まずまず本好きな子どもだったけれども、手に取るのはもっぱら図鑑の類で、文字ばかりの物語の本にあまり興味はなかった。
この本を、先生か友達に薦められて読んだのかどうか、そこははっきりしない。
中身だって、さてどれだけ分かっていたのか…
確かなのは、それが私にとって始めての「一冊読みきり体験」だったことだ。
物語というものは、文字ばかりのくせに、ここではないどこか、大きく広い、豊かな場所に、読むものを連れて行く…
ネコパパ少年は、きっとそんな、人生で初めての読書の至福を味わったのだろう。
二つ目の記憶。
七つ下の妹が、夏休みの宿題に買って貰った課題図書が部屋に転がっていた。
私は高校生だった。
既に立派な本の虫で、幼い妹の本や雑誌類さえ、残らず目を通すという悪癖を持っていたのだが
『モモちゃんとプー』と題されたその一冊は、
タイトルも人形の表紙も子どもっぽく、さすがに一度は読むのに躊躇したかもしれない。
でも結局読み出して、驚かされた。
主人公のモモちゃんをとりまく黒猫のプーや、ウシオニ、食器、靴下…有象無象が生きて語りだす。アニミスムの世界。
妻を「きみ」と呼ぶパパ。
母親の役割を超えて、一人の「人」として苦悩するママがいて、
そこには反戦のメッセージまでがあり…
すべては「幼年童話」の文体の中に、ごくあたりまえのように共存しているのだった。
「あとがき」を読んではじめて『竜の子太郎』の作者の手になる作品と、私は知る。
そこには前作『ちいさいモモちゃん』を借りて読み、熱烈な読者になった女の子が、親に本をねだるも買ってもらえず、ついには借りた本を自分で「写本」する…という挿話も紹介されていて、それもまた衝撃だった。
「幼稚っぽい」つくりの一冊に込められた文学の深み、書く人と読む人の切羽詰ったような繋がりの濃密…
これが、児童文学。
いや、当時の私にそれを表現する適切な語彙はなかった。
けれど、その記憶と体験は、確かに自分の何かを変えていったはずだ。
そして数年。
意識して「松谷みよ子」の本を追い始めた私は『ふたりのイーダ』に、『現代の民話』
に、出会うことになる。
そして子どもたちと読みあった数々の絵本…
私の中のかなりの部分が、この作家の作品で「できている」のではないか。
喪失感は計り知れない。
でも、『モモちゃん』の物語の中では「死神」すらも友とした強靭なる「ママ」の魂は、彼女の作品で何度も何度も描かれたように、何度でも生き返り、繰り返しメッセージを伝え続けていくはずである。
松谷さん、お疲れ様さまでした。
心よりご冥福をお祈りいたします。
児童文学作家の松谷みよ子さん死去
NHK NEWS WEBより
3月9日 11時46分
童話「ちいさいモモちゃん」や「龍の子太郎」などで知られる児童文学作家の松谷みよ子さんが、先月28日、老衰のため東京都内の病院で亡くなりました。89歳でした。
松谷さんは大正15年に東京・神田で生まれ、戦時中、疎開先の長野県で児童文学を学び、昭和26年に童話集「貝になった子供」で作家としてデビューしました。昭和35年に、母親が龍になったと聞かされて育った男の子が母親を求めて旅をする物語「龍の子太郎」を発表し、貧しいなかでもたくましく生きる姿が共感を集め、世界中で翻訳されて映画にもなりました。
また、昭和39年に発表した「ちいさいモモちゃん」は、自身の育児の体験を基に、生まれてから3歳になるまでの女の子の成長を描いた作品で、その後、妹の誕生や動物との触れ合いなどを中心に5つの続編が発表され、50年以上にわたって合わせて600万部を超えるロングセラーとなりました。このほか、絵本「いないいないばあ」は、両手で顔を隠した動物が登場し、ページをめくると顔が分かるというユニークなアイデアで人気を集めました。
松谷さんは、戦争の悲惨さや愚かさを扱った作品も数多く発表していて、広島の原爆をテーマにした「ふたりのイーダ」や「ミサコの被爆ピアノ」などでも知られました。
東京・練馬区にある松谷さんの自宅の庭には、子どもたちに本や人形に親しんでもらうための施設が設けられていて、本の貸し出しや人形劇などの上演が行われてきました。
松谷さんは先月、体調を崩し、入院していましたが、先月28日、老衰のため都内の病院で亡くなりました。関係者によりますと、来月4日に、東京・港区の青山葬儀所でお別れの会を開く予定だということです。
作品リスト―Wikipediaより
1950年代
『貝になった子供』須田寿絵, あかね書房、1951 のち角川文庫
『かきのはっぱのてがみ』いわさきちひろ絵 泰光堂(ひらがなぶんこ) 1956
『ぞうとりんご』田代ともえ等絵 金の星社 1956
1960年代
『ひらかな童話集』戸田綾子等絵 金の星社 1960
『きつねのよめいり』瀬川康男絵 福音館 1960年 月刊絵本こどものとも53号、のち「こどものとも 傑作集」(1967年)
『龍の子太郎』久米宏一絵 講談社、1960 のち文庫
「モモちゃんとアカネちゃんの本」シリーズ(全6巻)(講談社) -
『茂吉のねこ』三十書房 1964 のち偕成社文庫
『まえがみ太郎』福音館書店 1965 のち講談社文庫
『ふうちゃんの大旅行』小峰書店、1966
『てんにのぼったげんごろう』偕成社 1967
『いないいないばあ』(瀬川康男絵 あかちゃんのほんシリーズ) 童心社 1967
同じシリーズに『いいおかお』(瀬川康男絵 1967)、『あなたはだあれ』(瀬川康男絵 1968)、『もうねんね』(瀬川康男絵 1968)、『のせてのせて』(東光寺啓絵 1969)、『おさじさん』(東光寺啓絵 1969)、『おふろでちゃぷちゃぷ』(いわさきちひろ絵 1970)、『もしもしおでんわ』(いわさきちひろ絵 1970)
『ジャムねこさん』大日本図書 1967 のち講談社文庫
『コッペパンはきつねいろ』偕成社、1968
『ふたりのイーダ 直樹とゆう子の物語』講談社、1969 のち文庫
『むささびのコロ』童心社 1969
『おひさまどうしたの』あかね書房 1969
1970年代
『ちびっこ太郎』フレーベル館 1970 のち講談社文庫
『日本の伝説』全5巻 講談社 1970 のち「日本の昔ばなし」として講談社文庫、「日本の民話」として角川文庫
『おおかみのまゆ毛』大日本図書 1971 のち講談社文庫
『オバケちゃん』講談社 1971 のち文庫
『木やりをうたうきつね』偕成社 1971
『センナじいとくま』童心社 1971
『まこちゃんしってるよ』講談社 1971
『松谷みよ子全集』全15巻 講談社 1971-72
『たべられたやまんば』講談社 1972
『朝鮮の民話』全3巻 太平洋出版社 1972
『さぶろべいとコブくま』童心社 1973
『お月さんももいろ』ポプラ社 1973
『つとむくんのかばみがき』偕成社 1973
『松谷みよ子のむかしむかし』全10巻 講談社 1973
『つつじのむすめ』あかね書房 1974
『黒いちょう』ポプラ社 1975 のち講談社文庫
『水のたね』講談社 1975
『死の国からのバトン 直樹とゆう子の物語』偕成社 1976
『千代とまり』講談社 1977
『てんぐとアジャ』岩崎書店 1978
『私のアンネ=フランク 直樹とゆう子の物語』偕成社 1979 のち文庫
1980年代
『いたちのこもりうた』ポプラ社 1981
『一まいのクリスマス・カード』偕成社 1982
『おかあさんのにおい』講談社 1982 その他、ふうちゃんえほんシリーズ
『鯉にょうぼう』岩崎書店 1983
『ぼうさまになったからす』偕成社 1983
『あの世からのことづて』筑摩書房 1984 のち文庫
『おときときつねと栗の花』偕成社 1984
『現代民話考』全5巻 立風書房 1985-86 のちちくま文庫
『キママ・ハラヘッタというヒツジの話』偕成社 1985
『鯨小学校 おじさんの話』偕成社 1986
『わたしのいもうと』味戸ケイコ絵 偕成社 1987
『とまり木をください』筑摩書房 1987
『現代民話考 第2期』全3巻 立風書房 1987 のちちくま文庫
『戦争と民話 なにを語り伝えるか』岩波ブックレット、1987
『屋根裏部屋の秘密 直樹とゆう子の物語』偕成社 1988 のち文庫
『松谷みよ子全エッセイ』全3巻 筑摩書房 1989
1990年代
『ベトちゃんドクちゃんからのてがみ』童心社 1991
『小説・捨てていく話』筑摩書房 1992
『あの世からの火 直樹とゆう子の物語』偕成社 1993
『松谷みよ子の本』全10巻 講談社 1994-96
『現代民話考』9-12 立風書房 1994-96 のちちくま文庫
『りえ覚書』筑摩書房 1994
2000年代
『現代の民話 あなたも語り手、わたしも語り手』中公新書 2000 のち河出文庫
『読んであげたいおはなし 松谷みよ子の民話』筑摩書房 2002 のち文庫
『若き日の詩』童心社 2003
『異界からのサイン』筑摩書房 2004
『民話の世界』PHP研究所 2005 のち講談社学術文庫
『自伝 じょうちゃん』朝日新聞社 2007 のち文庫
コメント
私の子供たちにも、松谷みよ子さんの本を何冊も買い与えていたもの、私自身は、「龍の子太郎」をはじめとする初期の著作は目を通しておりません。
わずかの差で、その頃には活字だらけの本ばかり読む子になっていたからです。
大正15年生れで89歳でお亡くなりになられたと報じられ、私の母の2歳下でありますから、生きていれば91歳であったかと、そんなことも考えておりました。
ちょうど娘時代の、一番楽しい頃を戦時下で過ごしたこの世代の方々は、肌感覚で戦争を嫌っておりましたから、何の本だか忘れましたが、子供の本を読んでいて、さり気なく戦争の残酷さを書き込んであったのを覚えています。
たまたま昨日見たテレビ番組と重ね合わせるところが、私の中でありました。
gustav_xxx_2003
2015/03/10 URL 編集返信私の通った小学校は、たまたま図書館教育の研究指定を受けていた関係で、当時出版され始めて間もない児童図書のほとんどが揃っていました。専任の司書教諭も配置されていましたし、授業時間に「図書館」の時間があったという記憶もあります。
特別に物語好きでもなかった私が、対象年齢にかかわらずいろいろ読むようになり、やがて児童文学に関心を持つに至ったのは、学校図書館の影響が大きいのでしょうね。
「龍の子太郎」は、今読むとイデオロギーの要素も強い本で、「モモちゃん」シリーズや「いないいないばあ」「まちんと」などの絵本に比べると歴史的な作品になりつつあるのかもしれませんが、想像力と語りの文体の力は今も汲み取るべきものがあると思います。
読み直すべき作品も多くあるな、と改めて思っているところです。
yositaka
2015/03/10 URL 編集返信たまたま出会ったyositakaさんのブログに目がとまり
今までの記事を興味ふかく少し読ませていただきました。
記事が広範囲にわたって素敵なブログですね。
松谷みよ子さんの訃報、残念です。
ももちゃんシリーズは子供と一緒に楽しみました。
最近ですと赤ちゃん絵本をもう一度楽しんでいました。
偉大な松谷みよ子さんの死を悼みます。
アンドリューワイエスの記事にも目がとまりました。
実際にその場所を家族で訪ねたこともありました。
田嶋征三さんの記事も読ませていただきました。
やはり私の住む街にも来てくださって講演をしてくださいました。
これからもお邪魔させていただきたく思います。
どうぞよろしく御願いいたします。
nam**t7
2015/03/14 URL 編集返信過去にさかのぼっていろいろ読んでいただいたそうで、大変嬉しく思います。これからもぜひお立ち寄りくださいね。
さて、ナミントさんも、絵本について心をひかれる記事をたくさんお書きにになられているのですね。素晴らしいと思います。これから私もじっくり読ませいてただきたいと思います。
「かしの木の子もりうた」の記事は、刺激的な内容でした。
http://blogs.yahoo.co.jp/namint7/archive/2014/05/30
原書と訳本の違いの大きさには、色々と考えさせられるものがありました。
「はしご」の件について。子どもたちに一番インパクトの強いのは、おそらく原書の方だと思います。しかし表紙がこの絵では、肝心の親は手に取らず、結局子どもに届かないということになります。出版社もそれがわかっているので、別の画家にえを依頼したのでしょう。ここには日本の児童文化に絡む「厄介な問題」が見え隠れしています。
yositaka
2015/03/15 URL 編集返信