クレシェンドは「絶壁」まで行ってる?




ベルリン・シュターツカペレ
指揮:ダニエル・バレンボイム
録音:1999

TERDEC(ワーナークラシックス) CD

 
これは大編成、モダンスタイルによる演奏。

バレンボイムは精力的な演奏家で、ピアニストとしてのベートーヴェンのソナタ全曲演奏、指揮者として交響曲全曲演奏の企画をなんども行っている。
また、人道平和主義に基づくパレスチナでの演奏企画も多く、パレスチナ系アメリカ人の文学研究者エドワード・サイードとの親交も有名だ。

そのサイードとの対話でバレンボイムは言っている。

「クレシェンドは絶壁まで行かなければならない。そこに行くまで落としてはならないし、クレシェンドを中途半端にしてはいけない。…それを実行するのはかなりの勇気を必要とする。そこで(臆病者は)クレシェンドを一定のところまでしかやらず、そこから落として、気持ちよく次のピアノに導いていけるようにする。だがそうすると、絶壁の効果は無くなってしまう。(言いたいのは)何を演奏するかやどこで演奏するかではなく、音楽を演奏するという行為における勇気だ。こういう種類の勇気が、本当に深遠な人道上の問題を解決するときに必要とされると僕は思う」

 
「田園」を聴いてみよう。

第1楽章はゆったりとした足取りで始まる。テンポは揺らさず、クレシェンドもそこそこに抑え、オーソドックスな流れで一貫する。フレーズの終わりには毎回念を入れるような「押し」が入るのが特徴。オーケストラの響きが、とても柔らかくふくよかなのが心地よい。
繰り返しを含め13分超えのこの演奏、ちょっと落ち着きすぎていて、もうすこし聞き手の気持ちが騒ぐところがあってもいいのでは、という気がする。
 
第2楽章も基本的に第1楽章の気分を維持。ヴァイオリンがふわりと布を広げるようにソフトにクレシェンドする弾き方がきれい。オーボエ、フルート、クラリネットの音色は素朴な木の香りがあって美しいけれど、もうすこし前に出てきて欲しい気も。
小鳥の歌のところもおとなしい。チェロも全体に音量が弱く、音が膨らみそうになると抑制がかかる感じなのも、第1楽章と似ている。
 
第3楽章。堂々とした出だしで開始される完成度の高いスケルツォという感触で、オーボエやクラリネットの音も端正で、トリオも躍動感を抑えているため、粗野な舞曲の味はない。
管楽よりも弦楽器が全面に出るのも、この楽章では珍しいバランス。
終わりのあたりでは、突如大きなリタルダントをかかり、嵐の前触れを予感させる。
 
第4楽章。レガートに音をつなぎ、縦の打ち込みを抑え、迫力よりも広がりの音楽にしている。描写性をあえて回避しようとする指揮者の意志を感じさせる。
 
フィナーレは普通のテンポであっさりと開始。
主題提示のあと、少し遅くなり、トリル変奏が始まると加速する…音楽はようやく自然な呼吸をはじめ、終わりに向かって膨らみを増していくのだ。
しかし、ヴァイオリンに比べると、チェロやコントラバスはクレシェンドの度合いはあまり強くない。そのためなのか、フォルテを抑え気味な感じは相変わらず残る。
終わりは弦が思い切り音を伸ばし、リタルダントをかけてロマンティックに終結する。
 
解釈は堂々とした正攻法、オーケストラは、音そのものが古風でありながら新鮮で、とても魅力のある演奏だと思う。
けれど、ネコパパには、ここぞという部分で抑制がかかっているという感じがどうも残る。奥歯にものが挟まった感じ、といっては失礼だろうが。
バレンボイムのいう「絶壁まで到達するクレシェンド」は、この「田園」では実現されているのだろうか。ネコパパには「ここがそうだ」と、はっきりわかる部分はなかったのだけれど。
それとも、彼は「田園」という曲には、そもそもそのような局面はないと解釈しているのか、どうなんだろう。
 
※バレンボイム、サイード『音楽と社会』中村真紀子訳 2004みすず書房
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コメント

コメント(6)
No title
指揮者バレンボイムを、それほど多く聞いているわけではありませんが、ヨーロッパでの活躍にかかわらず、録音・映像で感心するものに接したことがありません。
ワグナー演奏には自信を持っているようではありますが、CSOとのワグナー集もいまひとつ不完全燃焼の感がありますし、スカラ座での「指輪」映像は演出が私の好みに合わないこともありまして、聞こえてくる音楽も中途半端なような気がしています。
SKBとの録音ではマーラーの9番を思い出しますと、「田園」のご印象そのままであったようにも思います。
どうも私とは波長が合わない指揮者の一人であるようです…

gustav_xxx_2003

2015/02/15 URL 編集返信

No title
こんにちは。バレンボイムのベートーヴェン・・・興味深い投稿文でした。私も全曲持っていて聴いていますが、意外と平凡?・・・このベルリン・シュターツカペレの全集より、むしろバレンボイムによって創設されたウエスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団との全曲盤の方が面白いです。

田園は、どちらかというとあまり構えては聴いていませんが、yositakaさんの「田園」に対する思い入れには感心しています。「田園交響曲の部屋」の書庫、全て読ませていただきました。
お聴きになっているかもしれませんが、まだ投稿されていない演奏で私の好きな田園は。。。う~ん・・・ブロムシュテット、ベーム、クリュイタンス、ケンペ、クレンペラー、クーベリック、イッセルシュテット・・少し変わった演奏?ならメンゲルベルク、シェルヘン・・かな~?

HIROちゃん

2015/02/15 URL 編集返信

No title
グスタフさん、バレンボイムの言葉や文章を読むと、彼が自分自身を「先鋭的なスタイルの」演奏者として位置づけていることがわかります。そうなると、聞き手としても大いに期待したくなる。ところが、放送でも音盤でも、それを聞き取ろうとすると、これがなかなか困難なのです。指揮者としての出発点であるイギリス室内管弦楽団とのシェーンベルク、バルトーク、ワーグナーなどの録音からは確かに硬質の叙情が聞かれ、私はいまも大切にしているのですが…

yositaka

2015/02/15 URL 編集返信

No title
HIROちゃんさん、ウエスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団との演奏は未聴ですが、ベルリン盤との比較は面白いかもしれません。
ブロムシュテット以下9名の演奏もよく知っています。「田園」は指揮者の個性が出やすい曲で、聴き比べも楽しいのです。この中でもベーム、クレンペラー、クーベリックには複数の録音が残されていて、その違いもまた面白い。じっくり投稿を続けていく所存ですのでよろしければお付き合いください。

yositaka

2015/02/15 URL 編集返信

No title
> yositakaさん
[田園」の投稿・・・今後とも楽しみです。

HIROちゃん

2015/02/15 URL 編集返信

No title
HIROちゃんさん、Y・Tに2012年プロムスでのウエスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団との「田園」がUPされていたので聞いてみました。
若い楽員が多く、音も荒削りながら健闘しています。バレンボイムの解釈はベルリン盤とまったく同様で、ゆったり進めてはいるものの、オーケストラを一定の枠にはめ込もうとする観もあり、団員が背筋を伸ばして、硬くなって演奏している様子も伝わってきます。ディスクになっているのがこれと同じかどうかはわかりませんが、完成度はやはりベルリン盤にあるような気がします。

yositaka

2015/02/15 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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