そのとき、楽員たちは追悼の音楽を奏でた

DECCA 《ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団エディション》をきく⑤

CD27
ブラームス:交響曲第4ハイドンの主題による変奏曲,
シューベルト:交響曲第5番~
イシュヴァーン・ケルテス(指揮[録音:19701973年]/


 
19734月演奏旅行のさなか、テルアヴィヴの海岸で不慮の水難事故死をとげたケルテス。
まだ43歳だった。
最後の録音はブラームスの交響曲全集で、第4番はその中の一つ。
暖かく厚みのある音色で「歌心」をもった指揮者、というのが、彼の指揮するモーツァルトやドヴォルザークを聴いてのネコパパの印象だったが、この「最後のブラームス」はかなり印象が違う。
金管、とくにホルンの音が終始強く、フォルテの部分が荒々しく響くのだ。
第1楽章、あこがれに満ちた歌い出しはウィーンフィルの弦の魅力がは美しい。やがて曲想が盛り上がってくると、荒々しくきつめのフォルテが響く。音を割る金管。
叙情的な第2楽章を経て第3楽章、第4楽章に進むと、その傾向はさらに強まってくる。
ケルテス、こんな音楽をやる人だったか。

シューベルトの交響曲第5番は、ウィーン・フィルの音色を十分に生かした、明るい歌に満ちた演奏。
彼のモーツァルトと同じく、ワルターの演奏の影響を感じさせる。ブラームスで感じた違和感はなく、曲想にぴったり合った表現で、心地よく音楽に浸ることができる。

ここには二人のケルテスがいる。
わずか3年の違いだけれど、壮年期の指揮者の音楽は変わりつつあったのかもしれない。
しかしその未来は、荒波が奪い去ってしまった…

この一枚で最も印象に残り、感動的だったのは「ハイドン変奏曲」である。
ケルテス死去の時点で全曲が完成しておらず、後半部分は指揮者なしで録音されたという。
第4交響曲で感じられたホルンの強さは変わらないが、こちらは交響曲第4番で聞かれた力みはなく、むしろ演奏に深い陰影を与えている。冒頭主題から、他の演奏には聴かれない寂しさが漂う。つづく各変奏の音色と節回しの一つ一つがよく彫琢され、瑞々しく、しかしどこか沈んでいる。
ウィーン・フィルが、万感の思いでケルテスへの追悼を奏でている様子が目に浮かぶようだ。 


CD40
シベリウス:交響曲第4&7交響詩「タピオラ」~
ロリン・マゼール(指揮[録音:1966&1968年]/



 
オリジナルの2曲にに第7番を付け加えたCD独自の編成だが、それぞれの曲の末尾は「終わった感じ」がなく、これ一枚で一曲の大きな交響曲を奏でているようだ。
シベリウスの音楽の真髄をとらえた曲。
一気に聴き通すと、言葉ではうまく言えないけれど、音楽であることを忘れ、崇高な自然と対峙しているような気持ちになる…といえば少し大げさかな。

マゼールは、ウィーン・フィルの厚みと美音を生かして、彼らしいシベリウスを描き出していく。
第4番第1楽章冒頭から、深々とした音楽が満ちる。強い低減が底光りする暗い音色を生み、弦全体がビロードのような艶をもって溢れ出す。
第2楽章では沈潜を深め、第3楽章では激しい動きも表出させる。
しかし基本的に響きの暗さは変わらない。
この曲の頂点、第4楽章をベルグルンドやサラステの演奏と比べると、マゼールの演奏は陽光のきらめきや風の囁きのような色彩がもうすこしあってもいいと思わせる。
マゼールのシベリウスは、真冬の冷たく暗い海に沈み込むような音楽だ。
その傾向は、第7番では一層強まってくる。これはさすがに重すぎると感じてしまうが、交響詩「タピオラ」では、わずかに響きや音の動きが軽やかになり、自然の息吹きが蘇ってくる。

自分の解釈を信じて、オーケストラに全力でぶつかっていく若きマゼールの快演が聴ける一枚だ。



CD44
J・シュトラウス:ラデツキー行進曲,
コムツァーク:バーデン娘,
J・シュトラウスII:アンネン・ポルカ加速度円舞曲トリッチ・トラッチ・ポルカ,
ツィーラー:ウィーンの市民,
J・シュトラウスII:うわき心ウィーンの森の物語,
シューベルト:軍隊行進曲第1,
ウェーバー:舞踏への勧誘,
ニコライ:「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲~
ハンス・クナッパーツブッシュ(指揮[録音:1957&1960年]/



 
コムツァークのワルツ「バーデン娘」はクナッパーツブッシュの愛好曲。
これを聴くと、シュトラウス兄弟の「芸術的」な舞曲と、当時の踊るための舞曲との違いが、とてもよくわかる。
最初に行進曲があって、そのあとは気分の変わる短い舞曲が何曲も続く。それぞれの曲間ははっきり切れ目をつけ、踊り手のステップが乱れないようにする。
リズムは小太鼓と金管がしっかりキープ。踊りの雑踏の中でも、よく聞き取れるようにするためだ。
室内よりも、野外に向いたオーケストレーションとも感じる。金管打楽器に比べて弦が薄い。オーケストラというより吹奏楽団の演奏という趣がある。
ツィーラーの「ウィーンの市民」も同じ感じ。
クナッパーツブッシュは、どっしりと遅く、踏み鳴らすように重いリズムを刻み、フレーズの切れ目ははっきり切って、曲想の転換を際立たせる…そんな演奏スタイルを取る人。「バーデン娘」は、そんな彼のためにあつらえたような曲で、愛好するのも、もっともである。
ネコパパはこれ、ちょっと苦手だけれども。

クナは、その同じスタイルで「ウィーンの森の物語」や「軍隊行進曲」を演奏してしまう。
クナにしかできない個性的ウインナ・ワルツ…と人は言うかもしれないが、彼自身は「これこそ舞曲の正統なスタイル」と感じていたに違いない。
ウィーン・フィルは彼の意に従い、かつ音色の魅力を最大限発揮させて演奏している。
どんな細かい部分も弾き飛ばすことがない指揮での演奏は、楽員にとっても楽しかったのでは…

ネコパパが聞き惚れるのは「ウィーンの森の物語」でのゆっくりとした魅惑的なツィター。
ブックレットにクレジットはないが、ソリストは、カール・ヤンツィック。彼はルドルフ・ケンペ指揮「ドレスデン・ガラ・コンサート」でも同じ曲のソロを弾いている。
そして、最も好きな一曲は「舞踏への勧誘」。リズムを踏みしめすぎる癖を感じさせず、舞踏感覚が自然に湧き上がってくるところがいい。クライマックスでのティンパニの高鳴りも、痛快そのもの。
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コメント

コメント(2)
No title
ケルテスのブラームス交響曲第4番は、少し前にCDで聞き直し、更にその前に一緒に泳いでいて自身も溺れかけた岡村喬生さんの生々しい文章をネットで読んでいたものですから、余計に感じるところは極めて大きい演奏でした。
この歳になって聞き直すと、若い頃とは随分違って胸に染み入る録音であったと思います。
第4楽章も、真偽の程は定かではありませんが、指揮者なしで録音したという話もあるようで、「ハイドンの主題による変奏曲」ともども、手持ちのCDとは重複しても、このBOXに収録されたのが嬉しく感じます。

gustav_xxx_2003

2014/11/29 URL 編集返信

No title
岡村喬生さんの文章は著書で読みました。なんとも残念な出来事でしたね。第4番第4楽章についての噂は私も耳にしていましたが、公式な文献にあるのでしょうか。そうでなければ解説書にも書かれている「ハイドン変奏曲」についての話がどこかで混戦したのではないかと思います。
ケルテスの来日は1968年。その時の映像が残っていますが、黒髪の若々しい風貌でした。それがわずか5年で、ジャケット画像にあるような白髪髭面の初老の顔になってしまった。死の前の数年に何があったのか、私にはそれもずっと気がかりなことです。

yositaka

2014/11/29 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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