ドビュッシー・ソング・ブック

ネコパパは大のドビュッシー贔屓だが、彼が最も得意な分野である「歌曲」にはなかなかなじみがなかった。
もちろん、エリー・アメリング、ジェラール・スゼーが中心となって作られたEMI盤「ドビュッシー歌曲全集」は持っているし、
バーバラ・ヘンドリックスがミシェル・ベロフの伴奏で入れた魅力的な一枚や、ドーン・アップショウがジェイムズ・レヴァインと共演した、なかなかに華麗な一枚も、大切に聞いてきた。
でも、どこかいまひとつ音楽が届かない…と思うのは、アメリングも、ヘンドリックスも、アップショウもフランス人ではない、ということもあるのでは…
と、自分の駄耳を棚において言ってみる。
ところが最近、フランス人による素敵な音盤が二枚もあらわれたのだ。
 
ナタリー・デセイ
フィリップ・カサド(p)


サンドリーヌ・ピオー
ジョス・ファン・インマゼール(p)



 
期せずして二人とも同年生まれ、歌手としては絶頂期だろう。デセイの、フランス語そのものが生きて立ち上がるような、表情豊かな語りかけ。
ピオーの強弱の幅の広い、まるでオーケストラ曲を聴くようなスケールの大きな歌い上げ…いずれも音楽の美しさに活目させる鮮やかな演奏である。
この二人に比べれば、やはり過去の盤にはどこか生真面目な「姿勢のよさ」があって、それが「枠から外れた音楽家」ドビュッシーを行儀の良いものにしていた…という感が否めない。
この2枚によって、ドビュッシーの歌曲には新しい扉が開かれたという気がする。

 
それに時期をあわせて、こんな本も出版されていた。
なんだかすごい。
音楽界はいつの間に「ドビュッシー・ルネサンス」に入ったのだろうか。
 
ドビュッシー・ソング・ブック
山田兼士訳『ドビュッシー・ソング・ブック』対訳歌曲詩集
澪標(みおつくし)
2013/03/03



 
「まえがき」より
ドビュッシーが生涯に制作した63曲ほどの歌曲は、いずれも繊細な文学センスによって選ばれた詩によるもので、それ自体ひとつの優れたフランス詩選集(アンソロジー)と呼ぶべき作品群である。
これらは、音楽的価値はもちろんのこと、おもに 19世紀後半というフランス詩黄金期の作品群を一望できる、きわめて貴重な文学的価値をもつものだ。
つまり、一冊の詩集としても読まれるべき歌曲集なのである。
 
テオドール・バンヴィル(1823-1891
ルコント・ド・リール(1818-1894
アルフ レッド・ド.ミュッセ(1810-1857
ステファヌ・マラルメ(1842-1898
ポール・ブールジェ(1852-1935
シャルル・ボードレール(1821-1867
グレゴワール・ル・ロワ(1862-1941)
ポール・クラヴォレ(1863-1936)
ポール・ヴェルレーヌ(1844-1896)。
ピエール・ルイス
そして、ドビュッシー自身の詩。
 
本書はドビュッシーのほぼ全歌曲の仏和対訳詩集として、演奏家の方たちにも鑑賞者の方たちにも広く活用していただくために、いくつかの工夫を凝らしている…


「星降る夜」
「月の光」
「みやびな宴」
「美しい夕暮れ」
「ビリティスの歌」
「やるせなく夢心地」
「もう家のない子どもたちのクリスマス」…

タイトルを列記するだけで、あの独特の、ソロ・ピアノの上に語りが乗るような、ドビュッシーの「メロディ」が響いてくる。

全63篇。
翻訳の詩を「詩」として読むのはなかなか大変だが、
ドビュッシーの音楽とともに…となれば、話は違ってくる。
ネコパパ、これからじっくりと時間をかけて、音楽と言葉の戯れを楽しんでみたいと思っている…
 
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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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