わずか80ページの物語の中に、作者の願う「事実と事実の間の人間の物語」が、なんと鮮やかに描き出されていることでしょう。
まず「事実」。
丹念な取材によって収集され、選び抜かれているだけに、ひとつひとつが重く、鋭く、読み手に突きつけられます。
あたままでつるりと剥けたおかあさんが
子どもの名前を呼びながら這い回っています。
沖では焼き玉エンジンの漁船が同じところを狂ったようにぐるぐる回っています。
漁師はハンドルにもたれたまま死んでいる。
火ぶくれで体が猛烈に熱いので、誰もが防火用の水を湛えた用水桶に飛び込みました。
用水桶に逆さに立った娘さんの白足袋が燃えている。
合わせて語られる「人間の物語」は、
生き残った3人の少年が、口頭で市民にニュースを伝える「口伝隊」として活動する中、ニュースに必ず「辛口の一言」を入れてくる老人との出会いを描きます。
「お塩の配給が止まっています。それで広島市はお塩の自給を呼びかけています。塩は海辺で簡単にできます…」
「やれ、待ちんさい。広島の海はなくなられた方々のなきがらでぎっしりと詰まっておる。そがあな海でとがあすりゃ塩が作れるというんじゃ」
「…わかりません」
「これからの広島人は、洞窟生活を営む覚悟をすべきである。地形を利用して洞窟を掘り、そこを常に安らぎのある生活の場にしよう。岸壁には穴をうがって、そこに蝋燭を置き、近くで摘んだ草花を飾ろう。また、子どもたちはラジオの情報の合間に小声で合唱したりして、洞窟生活を楽しもう。この洞窟生活を楽しんでこそ長期戦に勝ち抜くことが出来るのだ」
「これ、待ちんさいや。洞窟を掘りたくても道具がありゃせんが。…この焼け野原のどこにそげえな草花があるいうんじゃ…」
司令部から出される、その場しのぎの白々しく、無配慮で、情けない伝達が、戦中も戦後も変わらぬペースで少年たちの口を通して流される。
その間にも少年たちは確実に放射能障害に侵食されていく…
「記憶せよ、抗議せよ、そして生き延びよ」
切実な思いを込めた言葉の一つ一つが、
読み手を打ちのめし、覚醒させる一冊でした。
子どもたちと、かつて子どもだったことを覚えている大人たちに、強くお薦めしたい作品です。
Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。
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