記憶せよ、抗議せよ、そして生き延びよ

少年口伝隊一九四五




 
井上ひさし
ヒラノトシユキ 絵
講談社
2013/06/25 - 80 ページ
 
原爆で家族を失った3人の少年、英彦、正夫、勝利は、新聞を発行できなくなった中国新聞社にやとわれ、「口伝隊」の一員として、ニュースを口頭で人々に伝える。そして1か月後、原爆で壊滅した広島を、巨大台風が襲う―。「戦争」「災害」「放射能」の中で、懸命に生きようとした少年たちを描いた井上ひさしの朗読劇を、印象的なイラストとともに単行本化。

(Google Books)
 
 
井上ひさし氏が繰り返し、3年前亡くなった折にメディアで盛んに引用された言葉がある。
 
「むずかしいことをやさしく/やさしいことをふかく/ふかいことをおもしろく」。言葉を武器に豊かな世界を創り出した作家のよって立つところを端的に表しているからだろう。また、原爆投下による広島・長崎の惨禍を語り伝えることをめぐり、英国の歴史学者の言葉をもじってこうも唱えていた。
 
「記憶せよ、抗議せよ、そして生き延びよ」
 
映画にもなった戯曲「父と暮せば」が前者の言葉を体現するなら、「少年口伝隊(くでんたい)」は後者に重きを置く。2008年に朗読劇として書き下ろされ今夏、単著で刊行された。漢字にルビを振り、気鋭のイラストレーター、ヒラノトシユキ氏(府中市出身)の絵を付け、子どもたちも読みやすい体裁を整える。
 
主人公は1945年8月6日、広島市の比治山周辺で原爆に遭う国民学校6年生の少年3人。開設された「迷子収容所」で中国新聞の女性記者と出会い、行方知れずの家族を捜し、炊き出しにありつくため、軍や県の告知を伝えて歩く口伝隊に志願する。
 
新聞人による口伝隊という史実を基に彼らの行動を通して、広島の惨状と未曽有の混乱の中での救援・救護、終戦による大人の変節ぶり、9月17日に来襲して県内で2千人を超す死者が出た枕崎台風の猛威が描かれる。
 
孤児となった少年たちが身を寄せる老人は台風の夜、「狂った号令を出すやつらと正面から向き合ういう務めがまだのこっとるんじゃけえ」と諭す。言葉をもてあそぶ為政者たちに、言葉の意味をつかんで記憶し、立ち向かおうという作者の呼び掛けでもある。
 
原爆は落下傘付きで落とされた、という史実と異なる筋立ても散見される(落下傘付きは無線観測器)。長い間流布された俗説をも取り込んだのだろうか。史実と創作を見極め、少年たちがどうなったのかを大人と子どもで読み、語り合ってほしい物語だ。(西本雅実・編集委員) 

(中国新聞 2013630日朝刊掲載)


わずか80ページの物語の中に、作者の願う「事実と事実の間の人間の物語」が、なんと鮮やかに描き出されていることでしょう。

 

まず「事実」。

丹念な取材によって収集され、選び抜かれているだけに、ひとつひとつが重く、鋭く、読み手に突きつけられます。

 

あたままでつるりと剥けたおかあさんが

子どもの名前を呼びながら這い回っています。

 

沖では焼き玉エンジンの漁船が同じところを狂ったようにぐるぐる回っています。

漁師はハンドルにもたれたまま死んでいる。

 

火ぶくれで体が猛烈に熱いので、誰もが防火用の水を湛えた用水桶に飛び込みました。

用水桶に逆さに立った娘さんの白足袋が燃えている。

 

合わせて語られる「人間の物語」は、

生き残った3人の少年が、口頭で市民にニュースを伝える「口伝隊」として活動する中、ニュースに必ず「辛口の一言」を入れてくる老人との出会いを描きます。


「お塩の配給が止まっています。それで広島市はお塩の自給を呼びかけています。塩は海辺で簡単にできます…」

「やれ、待ちんさい。広島の海はなくなられた方々のなきがらでぎっしりと詰まっておる。そがあな海でとがあすりゃ塩が作れるというんじゃ」

「…わかりません」

 

「これからの広島人は、洞窟生活を営む覚悟をすべきである。地形を利用して洞窟を掘り、そこを常に安らぎのある生活の場にしよう。岸壁には穴をうがって、そこに蝋燭を置き、近くで摘んだ草花を飾ろう。また、子どもたちはラジオの情報の合間に小声で合唱したりして、洞窟生活を楽しもう。この洞窟生活を楽しんでこそ長期戦に勝ち抜くことが出来るのだ」

「これ、待ちんさいや。洞窟を掘りたくても道具がありゃせんが。…この焼け野原のどこにそげえな草花があるいうんじゃ…」

 

司令部から出される、その場しのぎの白々しく、無配慮で、情けない伝達が、戦中も戦後も変わらぬペースで少年たちの口を通して流される。

その間にも少年たちは確実に放射能障害に侵食されていく…

 

「記憶せよ、抗議せよ、そして生き延びよ」


切実な思いを込めた言葉の一つ一つが、

読み手を打ちのめし、覚醒させる一冊でした。

子どもたちと、かつて子どもだったことを覚えている大人たちに、強くお薦めしたい作品です。


関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメント(0)
コメント投稿
非公開コメント

プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

ご訪問ありがとうございます

月別アーカイブ

検索フォーム

QRコード

QR