ゴールデンウィークの5月4日から5日、ネコパパは、娘テンチョウ夫婦の新居に一泊。
東京近郊の住宅街の一角にある新築の住宅は、「住むこと」に対する夫婦の理想がかたちになったような工夫が凝らされたもので…なかなか居心地がいい。
ここは、坂の多いネコパパの住む町とは違って、広々とした平地。家族の新しい生活もまた、広々と開けていくようであってほしいと思う。
会うたびにぐんぐん成長していく孫テンコとのふれあいが、また愉しみ。
スメタナの歌劇『売られた花嫁』序曲がTV画面から流れ出すと、
鋭くリズムを刻むマリス・ヤンソンス指揮、ベルリン・フィルの演奏にあわせ、テンコは全身で、猛然とリズムを取る。
大きな音量ではないのに、音楽の鼓動に共鳴し、俊敏に反応するのである。
朝の散歩に出かけたときも、道端の野の花や小石のひとつにも、熱い視線を注いでいる。
世界とはじめて出会う、驚きと歓喜そのもののようなテンコから
これからどんな「思い」がほとばしり、
娘夫婦はそれをどう受け止めていくのか。
孫の成長、家族の成長、ともに楽しみなネコパパである。
さて…今回の東京行きで
ネコパパには、もうひとつ楽しみにしていることがあった。
それは、東京駅近くの大きなイベント会場「東京国際フォーラム」で開催されている音楽祭
「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」(熱狂の日)を体験することだった。
この音楽祭の起源は、フランスの敏腕プロデューサー、ルネ・トレミヌが、フランスのナントで立ち上げた同名のイベント。
これが世界的に注目され
トレミヌを招き、日本でも同じコンセプトで開催しようという企画が持ち上がった。1995年のことである。
無謀ともいえるその企画は、ナント成功。毎年の開催が恒例となり、今年で10周年となる。
この音楽祭は、多くの点で従来とは異なった、ユニークなところがある。
まず、会場と、東京駅付近に数多く設けられている特設会場で行われる演奏会の、数の多さ。
今年で言えば、5月の3日から5日までの三日間で、209公演が一気に行われる。
その半数以上は無料公演だ。(ただし国際フォーラム地下に設けられた会場での公演は、有料公演の半券の提示が必要)
つぎに、内外のベテランから若手まで、幅広い演奏家がステージに立つこと。
アルゲリッチやクレーメルらの大物がいるかと思えば、デビュー間もない新人から学生までが入り混じって演奏に参加する。
そして、公演時間が45分程度に抑えられ、有料公演も価格は1500円から3000円程度とリーズナブル。
有料・無料公演を組み合わせれば、コストをかけずに多くのコンサートをハシゴすることも可能なのだ。
「長すぎて退屈」と思われがちなクラシックの演奏会のイメージを破る優れたアイデアで、これこそ若い人たちを集客できた要因と思われる。
午前10時半ころに会場に到着すると、すでに大変な人出。宿泊用品の入ったトランクをコインロッカーに収めるまでが、まず一苦労だ。
有料公演のチケットは入手困難という噂だったので、あらかじめネット予約をしておいたのだが、残席表示をみると、当日券入手可能な公演もかなり残っているようだ。
それを求める人の列が、古書店、楽器店、CDショップなどが多く出店するロビーに、長く長く伸びている。
客層の幅は広く、若い人達も多い。
高齢化の進んでいると言われるクラシック人口を考えると、これはちょっと驚きである。
旧都庁の跡地を再開発して建てられた東京国際フォーラムは、
ガラスと鉄骨を基調にした無骨で巨大な建造物で、二棟に分かれている。
棟の間は広い中庭になっていて、会期中は、エスニックのジャンクフードや、飲み物を売る屋台が、軒を連ねている。ここも一日中行列の絶えない盛況だ。
庭の一角に設けられた「キオスク」と呼ばれる東屋風のステージでは、
入れ替わり立ち代りの無料演奏が行われ、これまた人だかりを集めている。
3日間で30万人を集めるという集客力にも驚くが、
公演全てが完売したとしても、経費の半分も賄えないという事実にもまた驚く。
パンフレットには、寄付を募る文書が挟み込まれているくらいだ。
それでも、なお10年も続いているとは…どういうカラクリがあるのだろう。
さて、ネコパパの聴いた有料公演について報告しよう。
5月4日 11:45 ホールC
アブデル・ラーマン・エル=バシャ(p)
ジャン・ジャック・カントロフ指揮 シンフォニア・ヴァルソヴィア
ショパン 演奏会用ロンド「クラコヴィアク」
ピアノ協奏曲第2番へ短調
ホールCは1502席のコンサートホール…と書かれているが、形状はオーソドックスな多目的ホール。吹き抜け天井の音響はデッドで、ステージの音は2階席までなかなか届いてこない。しかし演奏は、特別な個性はないものの、細部まで血の通ったもので、比較的聴く機会の少ない2曲のよさを改めて感じさせられた。
じっくりと歩んでいくエル=バシャの熟練のピアノと、個々の楽器の動きにしっかりと光を当て、単なる伴奏に終わらせないカントロフの指揮。
大きな盛り上がりを築くフィナーレは、特に良かった。
5月4日 14:00 ホールA
イェウン・チェ(Vn)
ドミトリー・リス指揮ウラル・フィルハーモニー管弦楽団
ブラームス ヴァイオリン協奏曲ニ長調
ホールAは5012席を擁する最大のホールで、2階席の後方に座った気分は「宇宙船内部」のよう。
さすがにステージは遠いが、2面の巨大なスクリーンが演奏の様子をアップで映しだす。これほどの大きさだが、音響はBホールよりも聞き取りやすいのが不思議だ。PAをうまく使っているのかもしれない。
独奏者はソウルの若手だが、遅めのテンポでじっくり進めていくスタイルが堂に入っている。
ウラル山脈の只中に本拠地があるというオーケストラは、この音楽祭の常連らしい。こちらは個性を聞き取るまではいかなかったが、アンサンブル云々よりも「音塊」として迫ってくるような響きがロシアっぽい。
5月5日 14:00 ホールC
アンヌ・ケフェレック(p)
ジョシュア・タン指揮 横浜シンフォニエッタ
モーツァルト ディヴェルティメントニ長調 k136
ピアノ協奏曲第9番変ホ長調 k271
アンコール曲
ヘンデル メヌエットト短調(ケンプ編)
ネコパパの聴いた4つの公演ではこれが最高。
ケフェレックは、ピリスに少し遅れてデビューしたフランスのピアニストで、彼女も音楽祭の常連だという。やや暗めのエル=バシャのピアノと比べて硬質で粒立ちがよく、演奏は自在そのもの。ピアノ協奏曲では随所に即興的なカデンツァを挿入して華を添える。遅い部分での情感の深さも忘れがたい。
シンガポールの若手タンの指揮するオーケストラがまたいい。音が立ち、湧き上がるような自発性がある。
喝采に応えてのアンコール曲がまた、音楽も演奏も最高で、付近の席からは
「なんて曲だろう。あんまりよくて、前の曲がどうだか忘れちゃったよ」
という呟きが聞こえてきたほどだ。
5月5日 ホールB7
トリオ・ヴァンダラー
シューベルト ピアノ三重奏曲第1番
ノットゥルノop148
シューベルト晩年の室内楽の大作を聴くコンサート。
会場はホールというより会議室という感じ。広いスペースを二つに分割し、半分を会場に使っているらしい。響きが拡散し、集中しにくい音だったのがちょっと残念。
パリ・コンセルヴァトワールで結成されたベテランの三重奏による演奏は「堅実」の一語に尽きる。
第2楽章の哀愁や「ノットゥルノ」のひしひしと高まってくるような情感のうねりは、さすがに傾聴させるものがあったが、早い部分では、もう少しスリリングな、三人の個性のぶつかり合いを聴きたい気がした。
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