ひらめきはどこから…岡田淳、語る①

日曜日、雪のちらつく四日市。
アヤママ、銀鼠を乗せたネコパパの愛車スージーが、おなじみの4階建てビルに辿り着く。
今年初めての「メリーゴーランド」訪問だ。

レクチャーの講師は、岡田 淳氏。
処女作『ムンジャクンジュは毛虫じゃない』(1979)以来、ネコパパがずっとリアルタイムで作品を追いかけている、数少ない児童文学作家の一人である。
「メリーゴーランド」のオーナー、増田嘉昭氏は
「ミヒャエル・エンデ亡き後、ファンタジーの王道を引き継ぐ作家です」
と絶賛する。
それを聞いたネコパパは、
「いや、岡田淳のファンタジーは、最初からエンデ以上でしたよ」
と口を挟みたくなった。
身贔屓な思い入れだ。でも、ファンタジー評論の第一人者だった作家、上野瞭氏なら
「そのとおりです!!
と天国で賛同していただける気がする…
 
講演テーマは「ひらめきはどこから来るか
ネコパパの当日のメモから内容を紹介する。ごゆっくりお楽しみください。



 
雑誌『飛ぶ教室(光村図書)の特集で、岡田淳は何でできてるか、というテーマが掲げられました。
僕は

マンガ
演劇
小学校

で、できている…と答えました。



なぜ、この三点セットになったのか。

まず、2013年春、30年ぶりに漫画の個展を開いたこと。
そのとき描いた作品の中に、「奥さんに止められて」発表を見合わせた未発表の一枚があって、それを掲載することにしたこと…

演劇は、小学校勤務の時代、演劇部顧問を務めていた時にに書いた脚本が、5本ありました。
演劇にも熱中していたのです。
この中から掲載すればいい。

そして小学校…
雑誌には「書き下ろし短編」も依頼されていました。そこで、30年以上構想をあたたためていた作品を出すことにしました。これは学校を舞台にしたものです。
でも、構想が古いだけに、昔の木造校舎であることが物語の重要なポイントでした。
今の学校では成り立たない話。
でも、今の話にも、したい。
 
なら、昔の校舎と今の校舎が交流するようにすればいいじゃないか…今は建て替えられているが、昔の校舎の「記憶」は、今もどこかに残っているに違いない…と思いつきました。
いつの時点が「ひらめき」なのか。木造校舎の「穴」を思いついたときか、それともタイムトラベルの本を読んだときか。そこはなかなか決められません。
 
竜退治の騎士になる方法』を発想したときの話。騎士物語はもともと好きで、騎士の話を書きたかった。ところが騎士とは「竜退治」など目的が明確な人です。現代の子どもはなかなか目的を持てない。そうすると、西洋・中世の騎士が現代日本に来たとしても、子どもたちとはギャップがある。そのハードルをどう超えたらいいか。
ある日、劇団が学校に来ました。役者さんは子どもにとってスターです。
そうか!役者が騎士ならばっちりだ…

作りたい話が何かに出会う。結びつける力が「ひらめき」です。
 
ぼくをつくるもの』…イラスト入りの年譜づくりには時間がかかりました。
以前作成したものに加えて、手帳を見ながら20年分。
辿ってみて、実に大勢の人のお世話になっているなと思いました。
最初の編集者は、大学の指導教官だった菅谷規矩雄先生。
編集者の最初の仕事は、作品の良いところを言ってあげること、といった人がいましたが、菅谷先生は僕の『星を盗む男』という漫画を読み「これ、本にしなよ」と薦めてくださり、その場ですぐ版元に連絡。自費出版の手筈を教えてくださったのです。
しかし見積もられた費用は、僕にとっては高額でした。到底払えそうもない。
そこに僕の最初の出版社、高校演劇部の先輩の藤村さんが登場します。
自費出版の費用にひるむ僕に、先行予約、予約割引の方法を授け、赤字を出さない出版ができたのです。
 
新作『こそあどの森の物語・水の精とふしぎなカヌー』では、主人公のスキッパーが
「誰かがぼくを拒絶している」
と感じる場面を書きました。それはあの当時、僕がいつも感じていた気持ちでした。
そんなとき「藤村さんならどう思うだろう」といつも思いました。
その時の思いがこの場面に出ていると思います。

菅谷先生のグループでは「さそり座」というプロデューサー集団が作られていました。
何かをメンバーが企画すると、各自ができる方法で支援する。その支援で、僕は漫画作品『星どろぼう』を出し、タウン市に漫画を連載する仕事も始めることができました。
そして、数冊の漫画集を自費出版したのち、『ムンジャクンジュは毛虫じゃない』を書くことになります。
 
作品を書き上げた僕は、意を決して、
熱心に通っていた神戸の子どもの本専門店「ひつじ書房」の店長、平松さんに、300枚の原稿を読んでいただくことにしました。
平松さんは「梗概」をつくり出版社に送ってくださる。
それを読んだ編集者が東京から僕のところにやってきて
「この作品、おもしろいから…書き直しなさい」
ということになり…僕は作家になることができました。
今も新しい本ができると、真っ先にもっていくのはひつじ書房です。
「お時間を取らせて恐縮です」と僕が言うと
「そのための時間じゃないですか」と平松さんは言葉を返します。
そう、やっぱり僕は三点セットでできているんじゃない。
プラス、多くの人たちの時間でできていたのです。
 
小学校の図工の教師を長く続けましたが、教師として出会った実際の話は、書きません。
例外は『学校うさぎをつかまえろ』でした。
出来事の流れは大体同じです。でも、実際にウサギを探し回って確保したのは大人である先生たちでした。
でも、これを子どもたちの話にするにはどうしたらいいだろう…というところで「ひらめき」。ひとりひとりの気持ちになってみること。
あのとき、服が汚れるのが嫌で、土の上に這いつくばることができない少年は、実は僕でした。
 
短編集から韓国で、シングルカットのような形で出版された『シールの星』。
背後には教育現場で行われている「星取表」の実話があって、
それに抗議したいという気持ちから生まれた物語でしたが、いつの間にか「友情」の物語に変わっていました。「ひらめき」は「子どもの気持ちになったとき」。
 
新作『カメレオンのレオン・小学校の秘密の通路』に「レイカのおじさんたち」という話があります。



レイカは、つい「物語」を話してしまう女の子です。
その日も、いたずらっ子に責められそうな事態を逃れるために、日頃考えている架空の人物を、実在する「おじさん」として語ってしまいます。
レイカは絵の先輩の娘さんがモデルで、ミエミエのウソをつく子でした。
でも、それはウソはウソでも「物語のウソ」。
別世界の探偵レオンは、そんなレイカに加担します。レイカの架空のおじさんに化けて、いたずらっ子の前に出現し、鼻を明かすのです。
でもそれだけでは終わらない。
レオンは最後にレイカに向かって「君は、だれ」と問いかけます。
物語は「自分は何者か」を発見するもの…そんな思いをこめて締めくくりたかったのです。
 
おせっかいなカエルのおばさんが出てくる『メアリーピンポン』の話にもモデルがいます。
よくいく料理店のおかみさんです。
「ひらめき」は「この人がちいさくなってここにいたら」と思いついたことでした。


 
 
後半は「現実」と「物語」のせめぎ合いや岡田淳の人生観について、より突っ込んだ話が展開した。
今日はここらでコーヒーブレイク…
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コメント

コメント(2)
No title
菅谷規矩雄氏…『詩とリズム』の著者ですね。韻律のくだりは今でもはっきり覚えている。インサイドストーリーを読むがごとき思いで、ちょっとワクワク。sige

toy**ero

2014/01/30 URL 編集返信

No title
sIge君、大学時代に菅谷規矩雄氏の名前はよく話題に上った覚えがあります。
だから、岡田さんからこの名を聞いて、ちょっと「くらっ」としましたね。人の思いや繋がりは、こうして巡り巡って思いがけない場所で出会ったりするものだと思いました。まるで「レオンのクスノキ」が出現したようなものです。

yositaka

2014/01/31 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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