クラウディオ・アバド氏逝去-いささか失礼な追悼文

ネコパパがちょうどクラシックを聴きだした時分にメジャーデビューした人。
そして亡き友がファンだったこともあって、特別な印象を持つ人。
指揮者、クラウディオ・アバド氏、逝去。
 
 
イタリアメディアによると、世界最高峰の指揮者、クラウディオ・アバドさんが20日朝、 伊北部ボローニャの自宅で死亡した。80歳だった。胃がんを患い、闘病を続けていた。ミラノ・スカラ座、ウィーン国立歌劇場、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団といった名門歌劇場やオーケストラの芸術監督、音楽監督を歴任し、名実ともにクラシック音楽界の巨匠といえる存在だった。
 
 1933年、イタリア・ミラノの著名な音楽一家に生まれた。 地元のジュゼッペ・ベルディ音楽院やウィーン国立音大で学んだ後、イタリア国内を中心に指揮活動を開始。63年にミトロプーロス国際指揮者コンクールで優勝。 65年、ヘルベルト・フォン・カラヤンに見いだされてザルツブルク音楽祭にデビュー、国際的に知られるようになった。
 
 68年にイタリアオペラの殿堂ミラノ・スカラ座の首席指揮者、72年には音楽監督に就任。 79年にはロンドン交響楽団首席指揮者(のち音楽監督)に就いた。 86年にはロリン・マゼールの後を継いでウィーン国立歌劇場の音楽監督になった。 90年、カラヤンの後任として、ベルリン・フィル芸術監督に就任した。
 
 軽やかなイタリア音楽から重厚なドイツ音楽まで、幅広いレパートリーを手中に収め、 とりわけ、マーラーの交響曲の全曲録音は名演で知られる。ブーレーズら現代音楽の作曲家たちとも親交を結び、数々の楽曲を世に送り出した。
 
 日本でも人気があり、73年にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を率いて初来日して以来、何度もオペラや管弦楽を指揮した。
 
 
 
クラウディオ・アバドというと…
今でも70年ごろのロンドン交響楽団とのメンデルスゾーン『スコットランド』『イタリア』やベートーヴェンの交響曲第7番(デッカ、ロンドン)の爽快な演奏が思い浮かぶ。
中学生当時、FM放送でずいぶん聴いたものだ。

彼はまもなくDGに移籍。

グルダ、アルゲリッチ、ミルシティンらと共演した協奏曲
ベルリン・フィルとのブラームス、交響曲第2番や、チャイコフスキーの交響曲第6番『悲愴』などが次々に録音され、話題の人になっていく。

このブラームスの第2は、今なおすばらしい。



急がないテンポ、すっきりと分離するパート、意味深い音を響かせるティンパニ。
ブラームスの「淀み」みたいなものを感じさせない演奏で、この清新さは、現在の耳で聞いてもまったく色あせていない。

彼の指揮した印象に残る盤を、思いつくままに挙げてみよう。

ルドルフ・ゼルキンと共演したモーツァルト、ピアノ協奏曲選集。ロンドン交響楽団。



遅いテンポの堂々たる響きで奏でられる、内容重視のモーツァルト。ネコパパにとって最高のアバドの音楽が、この音盤から聞こえてくる。

得意だったマーラーでまず挙げたいのは、ウィーン・フィルとの交響曲第4番。



独唱はフレデリカ・フォン・シュターデ。
色とりどりの花が咲き誇る花壇のような色彩感が満ち溢れる。

次いでは、ベルリン・フィルとのマーラー交響曲第9番。



これはベルリン・フィル離任直前のころの演奏。
純音楽を極めたような響きが凄い。中間の2楽章を、これほど魅力的な曲と感じたことは、ほかになかった。
フィナーレの後、拍手が起こるまでの長い静寂も感動的だ。会場の緊迫した空気が伝わってくる。

ベートーヴェンでは、やはり交響曲第6番『田園』、ウィーンフィル盤の方だ。



遅いテンポですみずみまで血を通わせ、歌い上げた演奏。ウィーンフィルが楽しげに、リラックスして演奏しているのがわかる。

そして、テレサ・ベルガンサを主役にしたビゼーの歌劇『カルメン』



曲の持つ灰汁の強さをすっかり洗い流した、音楽そのものの魅力で惹きつけられる。ネコパパは、オペラの分野は苦手だが、すばらしいオペラ指揮者だったのだろう。

でも。
1973年、ウィーン・フイルと来日公演をおこなったあたりから「この人は、どういう音楽をやりたいんだろう」という気持ちが湧くようになった。
これはすばらしい演奏だ、と思う演奏に出会うことはあっても、
その同じ手ごたえを次に期待すると、もうスタイルが変わっていて、期待に応えてくれない。拍子抜けしてしまう…
そんな体験が何度も続いた。

例えば…

『田園』の、ウィーン・フィル盤とベルリン・フィル盤の「落差」
モーツァルトのピアノ協奏曲での、ゼルキン盤と、最近のピリス盤との「落差」

とくに後者は、アバド、いったいどうしてしまったのか、と思うほどの変貌だった。
ゼルキン盤での「深々とした豊かな歌」とピリス盤での「歌への拒絶」
これらを知らずに聞き比べて、同じ指揮者の棒とわかる人は、はたしているだろうか。
 
ベルリン・フィル監督を降り、モーツァルト管弦楽団やルツェルン音楽祭を中心として活動しはじめた近年の彼は「円熟の巨匠」と讃えられるようになった。
でも、繰り返し放送される映像を目にしても、…ネコパパの「その感じ」は変わらなかった。

そういえば、昨年『レコード芸術』で彼の特集記事が企画された。
でも、それは主に個性的なレパートリーや珍しい譜面の採用や、各地での幅広い活動ぶりを讃えるものが多く、肝心の「アバドの音楽の個性とは?」という疑問に応えてくれるものはなかったように思う。
なぜだろうか。
 
これほどの年齢になっても、アバドの心はまだまだ若く、自分の真の音楽を探究する過程にあった。
彼は生涯、自分の基本的なスタイルを模索し続けた音楽家だったのではないか…とも感じる。

空に散ったカンテルリ
海にのまれたケルテスのように
アバドは、80歳でも、夭折だった。

惜別である。
 
ネコパパ宅には、彼の未聴の音盤がまだまだ眠っている。
逝去を機会に、この「永遠の青年指揮者」の音楽を、あらためて聴いてみたいと思う。
 
心からご冥福をお祈りします。
関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメント(10)
No title
異端児アバド氏が、80歳で亡くなられたんですか。ちょうど手元にDGのロンドン交響楽団チャイコフスキーの交響曲第5番がありジャケの若い(腰の革ベルト)写真を視ていたのでびっくりしました。合掌

チャラン

2014/01/21 URL 編集返信

No title
アバドさんのイメージは、グラモフォンのジャケットの若い写真からあまり変わっていません。「若武者」の精悍さが漲っていましたね。
晩年も、不思議と年齢を感じさせませんでした。でもテレビで見る指揮姿は精悍さは消え、ひょうひょうとした仙人のような感じでした。これから彼の芸術はどんな形で残されていくのでしょうか。

yositaka

2014/01/21 URL 編集返信

No title
アバドというと若い頃の写真しか思い出せません。
ニュース番組で映しだされた近影は、イメージが違いすぎます。
みっちが強い印象を持っているのは、グラマフォンのシカゴ響との、マーラー第2番復活ですね。
あの盤(当然レコード盤)はオーディオ的にも、ダイナミックレンジが広くて、再生は難物だった記憶があります。
そんなことを思い出しました。

みっち

2014/01/23 URL 編集返信

No title
みっちさん、彼は若作りの方でしたし、大病になるまでは若いころとあまり変わらない容貌でしたので、特にそう感じるんですね。昨夜もいろいろ聴いてみたんですが、一番音楽が生きていると感じたのはやはりマーラーでした。私の所持している「復活」はウイーン・フィル盤です。これもいい音盤です。

yositaka

2014/01/23 URL 編集返信

No title
>私の所持している「復活」はウイーン・フィル盤...
1992年11月録音のですね。よく見たら、みっちも持っていました。いかん、記憶がぁ(汗)
ご贔屓のヴァルトラウト・マイアーさんがアルトを歌っているので、当然買っていたのです。
これ今聴き直していますが、ライブ録音という感じあまりしないですねぇ。
第5楽章の合唱が入る前、舞台外のホルン/トランペットとの密やかな掛け合いは、シカゴ響盤の方が(オーディオ的に)凄かったように記憶します。
シカゴのCDも手に入れておくかなぁ。

みっち

2014/01/25 URL 編集返信

No title
今、アバドがベルリン・フィルとサンクトペテルブルクで行った1996年の「ヨーロッパ・コンサート」の録音を聴きながら書いているのですが、ベートーヴェンの7番の演奏は、ウィーン・フィルの全集のような、ゆったりとした伝統スタイルに戻っているのです。観客の存在ははっきり聞き取れますが、音楽そのものにはライヴの熱気は感じられず、ただ飄々と流れていきます。やはり、とらえどころのない人です。

yositaka

2014/01/26 URL 編集返信

No title
こんばんは、はじめまして。以前から他のブロ友さんの所で、よくお名前を拝見しておりましたが「どこにコメントするか」考えつきませんでした。

私はアバドのCDは、ほとんど持っていないので「演奏」を語ることはできない。
何となく「この人は、どういう音楽をやりたいんだろう」という印象があって、熱心な聴き手にはなれないまま、お悔やみを迎えてしまいました。

記事の最後「空に散ったカンテルリ、海にのまれたケルテスのように…」ここが素晴らしい。
カンテルリは(私の最愛の指揮者)「バーンスタインのライバル」だったのに、空に散って行ったので(1956年11月24日)アバドの登場が大いに待ち望まれていた。

ちぐはぐな長文コメントになりましたけど、今後ともよろしくお願いいたします。

SC

2014/01/28 URL 編集返信

No title
coraさん、はじめまして。コメントありがとうございます。あちらこちらのサイトを拝見しますと…アバドの音楽については私と同じように感じておられる方が多いのですね。でも、デビューから見つめてきた同時代の数少ない音楽家の一人ですので「食わず嫌い」で終わらず、これからも聴きつづけたいと思っています。coraさんの追悼記事を読ませていただいて思い出したのは、ロッシーニの歌劇『ランスへの旅』のディスクです。ストーリーははほ「なし」で、歌の花束のようなオペラです。ロッシーニはめったに聞かないのに、これには聞き惚れました。アバドの最良の部分が刻まれていると思います。

yositaka

2014/01/29 URL 編集返信

No title
アバドは、私の頭の中ではコンサート指揮者というよりはオペラの人というイメージが強くあります。
それはお気に召した録音を上げておられる中で、最後の「カルメン」を初めて聞いたときの鮮烈な印象があまりに強かったということがあると思います。
イタリア人でありながらプッチーニは振らずに、ベルクやヤナーチェクの珍しいオペラを映像化してくれましたので、アバドで覚えたものも多々あります。
一方、コンサート指揮者としてはLSO時代の溌剌とした演奏は新鮮であったものの、マーラーの9番は、私は過度の期待を持っていたからでしょうか、いささか失望の度合いを強く感じました。
晩年のルツェルンでの映像は、いくつかをNHKの放送で見ましたけれど、あまりに痛々しい姿の方が気になって、素直に音楽に入り込みきれないこともありました。
熱心に追いかける対象とはならなかったものの、同じ時代に生きた方がまた一人鬼籍に入られるというのは寂しいものです。

gustav_xxx_2003

2014/02/01 URL 編集返信

No title
グスタフさん、同感ですね。オペラは私自身苦手な分野なので、評価しづらいです。
ルツェルン音楽祭では終演後、長い間を置いて拍手が起こる場面が毎回のように見られました。でも、はたして拍手を忘れる程の感動的な名演だったのか…あれはもしかしたら「巨匠」であってほしいという彼への期待が、不自然な形で様式化したものではないか…そうだとしたら、悲劇です。

yositaka

2014/02/01 URL 編集返信

コメント投稿
非公開コメント

プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

ご訪問ありがとうございます

月別アーカイブ

検索フォーム

QRコード

QR