うれしくないやい


続けて4人のノーベル賞受賞のニュース。日本にとって、とても栄誉なことですよね。
今回のニュースで、とてもおもしろいと感じたことが、二つ。

ひとつめは、ノーベル物理学賞を受賞した京都産業大教授の益川敏英さん(68)が受賞当日のインタビューで
「ノーベル賞なんて。別にうれしくありませんね。そんなことは世俗的なこと。研究結果には納得していました。自分が納得できる結果だったのだからそれでよいのです」と言い放ったこと。

なかなか天邪鬼(あまのじゃく)な先生だな。

でも、ノーベル賞を「世俗的なこと」とはよく言ったものです。意味不明?辞書を引きなさい。辞書を。
ところが翌日、その益川先生が、大泣きで受賞を喜んでいる写真が新聞の一面に載っているではありませんか。

先生いわく、
「南部先生は偉大な物理学者で、仰ぎ見ながら成長してきた。先生とご一緒に受賞できたことは最大の喜びです」
「うれしくない」が「最大に喜び」になっていました。もっとも、そのあと
「老人性涙腺(るいせん)軟弱症(なんじゃくしょう)です。涙が出てきたのは覚えているけど、どういう局面だったか忘れた」というとぼけぶり。
こんな素直で子供の心を持った益川先生。受賞も立派だが、その性格のほほえましさにすっかり親近感を抱いてしまいました。いやあ、まるで、中学生のようですね。

そうだ。言葉って時々自分にうそをつく。
でも、うそなのに、そのしぐさや表情は本物なのだ。
中学生を見ていると、益川先生のように、言葉だけでなく表情、身振り手振りや目の輝きで、本当に多くを語っていると思います。
まだまだ修行中の身であれば、言葉は決してうまくない。思っているのと逆を言ってしまうこともしょっちゅうでしょう。泣くことも怒ることも、時には本気、時には防御、ときには攻撃であったりします。
悲しいけれど、傷つけあうこともおきてしまいます。
みんなの全身の言葉を読み取るのは、本当に難しい。

でも、よくみつめてみよう。そんな言葉やしぐさや表情に、誰もが光るものを持っている。
隠された優しさ。
調子に乗っていいすぎたり、むしゃくしゃしすぎて感情をぶつけたりした。
けじめのない行動をしてしまった。
ああ、しまった!
ほんとは、こんなことじゃいけないんだ。
もっと良い人間になりたい。自立した人になりたい。
という思いを、きっと持っているのです。


二つ目の話は、ノーベル化学賞を受賞した海洋生物学研究員の下村脩(おさむ)さん(80)の話。
下村さんは、オワンクラゲの発光の仕組みを解明する過程で、
緑色蛍光たんぱく質(GFP)を分離し、その構造を解明しました。

GFPは、生命科学の研究で、細胞内で動く分子にくっつけて追跡する便利な「道具」として、世界中の研究者に使われています。
たんぱく分子は、大きさがわずか10ナノメートル(ナノは10億分の1)。
顕微鏡では観察できず、特定のたんぱく分子にGFPをつけることで、電球のように光らせ、観察するそうです。

下村さんは、発光物質を取り出すために、1962年、オワンクラゲから、発光物質としてイクオリンというたんぱく質とGFPを取り出しました。

ニュースの伝えるところでは、家族で海岸の宿に宿泊して、1万匹のクラゲを捕獲。そこからわずか数ミリグラムの発光物質を取り出した、とのこと。
以後の研究の過程で、取ったオワンクラゲは85万匹にのぼるそうです。

クラゲにとってはまったく迷惑なことでしょう。
でも、自分の研究の正しさを信じて、一万匹ものクラゲを、34歳の男が取り続ける。
来る日も、来る日も取り続ける。
一万匹から数ミリグラムなんて、それこそ砂漠の砂から一粒の金を探し出すような、途方もない作業です。

くわしい事実を知ったわけではないので、それは私の、あくまで想像なのですが…。

そこに執念というか、人間の業と呼べばいいのか、
他の動物なら決してしないような、生命活動を無限の消耗に駆り立てるような衝動や情熱の炎を感じるのは私だけでしょうか。

そんな自分も、同じ人間。みんなも人間。
ときには、すさまじい情熱に襲われて、行動に駆り立てられることがあるかもしれない。
そして、だれにもできないことを成し遂げてしまうかもしれない。
それは人間の可能性のすごさ。
あるいは、恐ろしさかもしれません。



これは、ノーベル賞のニュースを聞いて、学級通信に乗せた記事。

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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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