シノダ!消えた白ギツネを追え
偕成社
富安陽子
絵 大庭賢哉
2012年12月 偕成社
価格1,365円(本体1,300円+税)
ママの正体がキツネという秘密を持つ信田家に、突然中国からお客がくることに…
それも伝説の「九尾のキツネ」の末裔と言われる「九尾婦人」。
どうやら逃亡した白ギツネを探しているらしい。「風の耳」を持つユイは捜索の手伝いを頼まれますが……。『西遊記』に描かれているアイテムも登場し、迫力満点の「シノダ!」シリーズ第7巻。
本シリーズは2003年に一冊目の『チビ竜と魔法の実』を刊行。10年目となる本書、7冊目になります。
リアルタイムではないものの、これは登場人物がずっと成長しないタイプの物語(遍歴物語)ではなさそうです。
大庭賢哉描く人物たちも意図して成長させている様子。
例えば今回あまり出番のない、末妹のモエを描いた22ページの挿絵をみると、「モエちゃん、大きくなったね!」と声をかけたくなります。
もえがふうっといきをはいて、小さな声でつぶやいた。
「モエ、キュウリさんにあいたかったなあ」
ふうっといきをはいている…様子も、ちょっと大人びてきたのかな。
また、後半の山場で、主人公のユイが弟のタクミと夜の街を走るシーン。
最後とところでダッシュをかけるタクミに先を越されたユイ。
ユイはもう、ついていけなかった。くやしい気持ちをのみこみ、心の中で<幼稚!>と弟をののしってみる。
弟になんか負けない、と思っていた姉が乗り越えられる苦さと、弟の成長をちょっとほこらしく思う…そんな心のニュアンスが感じられる「みる」という補助動詞。
中年読者にはこんな表現が素敵に感じ、にこりとしてしまいます。登場人物が、役割を果たすだけの「キャラクター」を脱して、「人」としての「体温」を獲得している、そんな手ごたえがあるからです。
さて、キュウリさん…伝説の超常の力をもった中国のキツネ「九尾婦人」が、今回のシノダ家のお客です。
彼女を迎えるべく、シノダ家の居間はいつのまにか豪華な大広間に変貌する。
さあ、とんな騒ぎが…と思いきや、九尾婦人はクールな老婦人で、さしたることは起こりません。
しかし、小学校近辺を歩き回る九尾婦人に不審を感じたユイとタクミは、そっと彼女を尾行。
やがて二人は逃亡した白ギツネの追跡という、彼女の目的を知ることとなります…
ユイを「風の耳を持つむすめ」と見抜いた九尾婦人は、追跡の手伝いを要請。
そこから物語は、シリーズ始まって以来の、延々と続く追跡と魔法合戦に突入していきます。
作者自身が『西遊記』に触発されたと述べる展開と描写は、見事です。
なにしろ、本書の第8章以降の後半部分すべてがアクション・シーンに費されているという潔さ。
光景が目に浮かぶような描写の冴え。
『守り人シリーズ』の上橋菜穂子の描写に迫る勢いです。
居合わせたタクミ同様「かっこいい!」「すっげえ!」と思わず叫んでしまうこと、請け合い。ぜひ、お読みになってください。
そして…やがて明らかになる白ギツネの出生の秘密や、逃走の理由もまた…
『精霊の守り人』に登場する皇子チャグムを連想させるような、逃れようのない運命の重さを感じさせるのですね。
でも、そこを追及してしまうと、物語は別の長編ファンタジーになってしまいます。
富安陽子の巧みなところは、活劇シーンは描いても、白ギツネと主人公たちとの心の交流はあくまで断絶させたまま、余韻を残しているところです。
白ギツネのその後は…物語が終わったあとの「作者あとがき」の、そのまたあとの、
作者・画家紹介文のページの下に置かれた、大庭賢哉の挿絵が、さりげなく語っています。
そこもいい。
作者と画家の、いいコラボレーションですね。
文庫化されたときはこの絵はカット…なんてことにならないように、ぜひ、お願いしたいものです。
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