学会報告②モヒカン族の最後

翻訳児童文学の受容『モヒカン族の最後』の場合
三宅興子(梅花女子大学名誉教授)


<発表要旨より>
子ども読者という観点に立てば、自国以外の作品の受容は重要なテーマになると考える。しかし、多くの読者に受容された作品は、別に「大衆児童文学」という範疇が作られ、論じられることが少なく、翻訳された再話に近い作品であればさらに論外に置かれることになった。
そこで、『大衆的』に読まれ、完訳でないシリーズである講談社の『世界名作全集』(全180巻、1951~61) に着目して、ケース・スタディとしてジェイムズ・フェニモア・クーパー『モヒカン族の最後の者―1757年の物語』を取り上げ実態の一端を明らかにしたい。合わせて講談社版の訳者野村愛正(1891-1924)についても考察してみる。
1 作品そのものの魅力
2 講談社『世界名作全集』のなかの『モヒカン族の最後』
3 翻訳史
4 再話でどこまで伝わるか




 
こういうシリーズは、私も少年時代、学校図書館の書棚によく見かけた。
このシリーズも間違いなく揃っていたはずだ。
全180巻ものシリーズを、10年にわたって刊行していたとは。読者層もそれだけあったということなのだろう。
私が外国ものを熱心に読みだしたのは高学年以降、それも探偵ものやSFに限られていたので、この本そのものは未読である。
しかし、体裁や内容は、既視感がある。
ポプラ社から出ていたポプラ社版、山中峯太郎訳の『名探偵ホームズ』シリーズは、まさにこのスタイルそのものだった。


・挿し絵が豊富
・文体が徹底して講談調、というかリズミカルな語りの、絵物語のような文章。
・見出しの付け方が細かく、章分けのほかに細かく小見出しがついている
・冒頭に挿し絵の顔つきで登場人物の紹介がされている。


ホームズだけではなく、講談社、光文社、偕成社などから出ていた『ファントマ』ものとか、『怪盗セイント(サイモン・テンプラー)』などの翻案ものの多くが同様の形態で、
こういうものは相当数読んでいたと思う。


三宅氏の発表では、『世界名作全集』すべての巻がこの形を踏襲していたわけではなく、訳者の野村愛正の意図が大きいようだ。
こうした、現代では忘れられた翻訳者の実績に光を当てることも、研究の使命と三宅氏は考えておられる。
確かに、そのとおり。
もっともこれらのアイデアは、彼のオリジナル手法ではなく、もともとは『鉄仮面』『噫無情』『岩窟王』の訳者、黒岩涙香の創出ではないか、とのお話であった。
 
原作と大きく違うということが理由で、研究史的に無価値なものと見做されているのは、いささか残念だ。当時の子どもにとっては、こういう本が、本来は大人向きの作品に親しむチャンスになったはずだから。
登場人物の把握がしやすいアイデアも、考えてみれば、大したものだ。
もしかしたら、現代の出版物にも生かせるところがあるかもしれない。
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コメント

コメント(2)
No title
これも学校図書館で目にした覚えがあります。ジョン・フォードの映画「モホークの太鼓」に似たような内容だったでしょうか。記憶は曖昧です。

SL-Mania

2012/11/18 URL 編集返信

No title
三宅さんは、本書が日本で有名になったのは1936年製作のアメリカ映画『モヒカン族の最後』が1951年10月に日本で公開されたことがきっかけではないかとおっしゃっていました。公開が遅れたのは戦争のためらしいです。
初の翻訳(抄訳)は51年1月に早川書房から出版、この講談社版は翌1952年10月のもので、児童書としての最初のものになるようです。

yositaka

2012/11/18 URL 編集返信

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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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