どこまでも熱いトスカニーニの『レニングラード』

ショスタコーヴィチ 
交響曲第7番ハ長調 Op.60 「レニングラード」 (1941) 





アルトゥーロ・トスカニーニ指揮
NBC
交響楽団

録音 1942.7.19 ラジオシティ8Hスタジオ(ライヴ)
原盤RCA トスカニーニ・コンプリート・コレクションより


 
3楽章、ヴァイオリンが高い音で悲痛なテーマを歌い上げる。
この曲でもっとも印象的な箇所の一つだ。
その音がすごい。
一つ一つの擦弦、そのすべてに張り巡らされた、神経線維を走る電流が、火花を散らす。そんな様が目に浮かぶほどの「決め方」である。
また、第1楽章、執拗なドラムのリズムに乗って反復され、次第に力を増していく進軍のテーマ。
金管群の出す音は、楽器の音と言うよりも、人の絶叫のように生々しい。
常軌を逸したような感情がほとばしってくる。


トスカニーニの『レニングラード交響曲』に充満するのは、こんな「血の叫び」のような生々しさ、体温を発する響きである。
演奏時間は約72分。他の音盤で聴くよりははるかに短く感じる。テンポの伸縮も、いつもの彼に似ず、よく目立つ。
演奏の必死さにギヤチェンジの多さも加わって、それが合奏の乱れにも繋がっているが,まあこの音盤を聴いてそのことを問題にするのも野暮だろう。
 
ただ、夏目漱石ではないが、こうして聴いてみると、この音楽には「非人情」…世界を突っ放すような冷徹さがふさわしいような気が、やはりする。
どこをとっても血潮が吹き出るような感触は、先日聴いた「第1」にはあまり違和感がなかったのだが


…ショスタコーヴィチの音楽は、「第1」の時点から、確かに変わったのだ。
 

初演ということもあって、録音技師も大変だったのだろう。
広大なダイナミックレンジに、苦闘している。
1楽章では機器の限界を超える音量を必死で調整。それでも、個々の音の鮮明さを落とさないようにと努めるが…第4楽章では、疲れ果ててしまったのか、全体の音量レベルをかなり落としているようだ。生々しい音に、心なしか、力がなくなってくるような気がする。
でも1942年なのだ。よくぞ録りきったものと思う。ご苦労様、と言いたい。

 
この演奏をめぐる事情については、geezenstacさんがブログ記事を書かれている。



力作。
2楽章の演奏についても、具体的で「耳に浮かぶ」ような素敵なレビューである。ぜひご参照を!

蛇足ですが、その記事へのネコパパのコメントです。

どう転んでみても「歴史的証言」の意味合いは逃れられない運命を持った曲目、そして録音ということになりますね。トスカニーニは戦後ショスタコーヴィチの演奏はしていないようですし。でも、このような「人かひとつの音楽に必死に思いを託す」事象を耳にすることは、生きることへの勇気を与えてくれます。
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コメント

コメント(2)
No title
この曲のスコアやパート譜はマイクロフィルムに収められて、エジプト経由でアメリカに送られたそうです。ちょっとした重要機密書類といったふうです。トスカニーニは暗譜で指揮したそうです。NBCとだけでなく、NYPとも何回も取り上げたようですが、戦争が終わるとぷっつりと指揮しなくなったようです。ショスタコーヴィチが批判したからという説もあるのですが、インタービューで暗譜で指揮したのを指摘され、どうかしていたんだと漏らしたとかいう話を読みました。

この作品はボレロの模倣とかいろいろ言われていますが、バルトークはこの第1楽章のテーマをパロディにしていますね。また数年前に某製薬メーカーの健康ドリンクに使用されてましたね。シュワルネガーが出演したやつです。

SL-Mania

2012/11/15 URL 編集返信

No title
確かにこれを聴くと「どうかしていたんだ」という言葉が実感として感じられます。音楽でどうかしてしまう、『同化』してしまう…これは素晴らしいことなんじゃないでしょうか。
アメリカは戦後すぐに「赤狩り」の時代に突入。バーンスタインがソビエト公演でショスタコーヴィチに絶賛される「雪解け」の時代を迎える前に、トスカニーニは亡くなります。戦後の時期は、演奏しづらい状況だったのかもしれません。

yositaka

2012/11/15 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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