ヴェーグ、絶妙の語りが聴ける「小ト短調」

モーツァルト:交響曲第25番ト短調 K.183*
シューベルト:弦楽四重奏断章ハ短調 D.703(管弦楽版)+
ベートーヴェン:交響曲第2番ニ長調 Op.36# 






シャーンドル・ヴェーグ指揮

カメラータ・アカデミカ ・ザルツブルク

録音:1991年12.5*

    1993+、ザルツブルク、モーツァルテウム大ホール*/+
    1994年、ウィーンコンツェルトハウス 
CD 『カメラータ・ザルツブルク50周年記念ボックス』より
GLISSANDO


 
交響曲第25K.183、「小ト短調」は、モーツァルトの交響曲の中でも飛び切りの魅力作。10代の青年モーツァルトが、持てる作曲技術の粋を尽くした疾風怒濤の曲である。
「激しさ」に焦点を当てた演奏として、ブルーノ・ワルターの演奏がある。中でも1956年のウィーン・フィルとのライヴはファンの間で大切に聴かれているだろう。
 
それに並ぶ、ドラマを秘めた演奏とネコパパが思うのが、このシャーンドル・ヴェーグ指揮の音盤だ。
 
1楽章、あふれ出そうとする感情をぐっと抑え、一音一音、声をひそめてささやくように語られるかと思えば、思い余ってあふれるような瞬時のフォルテが刻まれる。古典的な造型は少しも崩さずに、これほど自在な語り口ができるとは…
無意識の海に沈みこんでいくような、深い響きをたたえた第2楽章を経て、後半2楽章は抑制を解放。ワルターに匹敵するくらいの力感と活気にあふれた音楽を展開していく。
一気呵成のフィナーレ。指揮者と楽員、一丸となって、聴き終わったあとにため息が出るくらいの燃焼ぶりだ。


ヴェーグという人は、それぞれの曲、それぞれの音には「最も意味深く、密度の濃い音の出し方、語り方」があり、それを試みるのが演奏者の仕事と考えているようだ。音符を単に音にする、そういう演奏を彼はやらない。
だから、一曲一曲がみんな違う。細部を聴けば聴くほど面白い。そこが彼の音盤を聴く楽しみだ。


この「「小ト短調」」は、ロッケンハウスでライヴ録音された「アイネ・クライネ・ナハトムジーク(フィリップス)などとともに、ヴェーグのドラマティックな雄弁さをよく示したもの。ワルターとは様相が異なるが、モーツァルトを「器の大きく、底の深い音楽」ととらえているところは共通。
多くの人に聴いてほしい一枚と思う。


 
グリッサンド盤CDには1991年の録音と記されている。独オルフェオ「ザルツブルク・モーツァルト・マチネー1988-93」」と題された組物にも同曲が収録されている。






こちらは1990812日とある。基本的解釈は同じだが、二つは別演奏。オルフェオ盤は、ずっと落ち着いた、より内向的な音楽になっていると感じる。
ネコパパは、ライヴらしい情熱があふれるグリッサンド盤が好みだ。


どちらもセット物に含まれているのが、不親切。一枚ものでの再発を強く要望しておきたい。
 
関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメント(2)
No title
ヴェーグはてっきりバイオリニストだと思っていたのですが,指揮もするんですね。うちに彼の無伴奏と,カルテットのレコードが何枚かあります。真剣に聞いたことがありませんでした(あまり好印象ではなかったのかな?)。この記事を読んで,これはもう一度ちゃんと聞いてみようと思いました。指揮をしたレコードは一枚も持っていないのが残念です。

riki

2012/11/14 URL 編集返信

No title
リキさん、彼が指揮を始めたのはカザルスの誘いによるもので、ともに室内楽を演奏する一方、1962年ごろから指揮者としての活動を開始。細部にまで意志を通わせた彫りの深い語り口は、カザルスの影響が大きいように感じられます。80年代後半からの約10年、カメラータ・アカデミカを振って相当数の録音を残しました。私にとっては「一枚たりとも聞きのがしたくない」指揮者の一人になっています。

yositaka

2012/11/14 URL 編集返信

コメント投稿
非公開コメント

プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

ご訪問ありがとうございます

月別アーカイブ

検索フォーム

QRコード

QR