ピカドンとジリジリ

9月23日
アーサー・ビナードさんの講演会を聴いた。
3時間もの枠だったので、意見交換もできるかな…と予想していたのに、ビナードさんしゃべることしゃべること、休憩なしで3時間、時間延長。
でも、話し方はフレンドリーでユーモアのセンスも抜群。あっという間に時は過ぎた。
話の概略を、ネコパパメモから再現。
ちょっと長いですが、お読みください。
 
 
 
アーサー・ビナード講演会
ピカドンがおしえてくれたこと
於 愛知芸術文化会館
 
 
日本人とは何だろう。
アメリカ生まれで日本に住んで26年。国籍はアメリカ。僕は何人?
帰化の誘いも受けます。けれども行き詰った日米関係を何とかするためにも、僕は米国に一票を投じたい。
日本を変えるのはホワイトハウスかもしれない。永田町はホワイトハウスの下請け。
今日は日本と日本語を通しての発見について話します。

原子爆弾には季節感があります。
俳句をやっている知人が、陰暦は今の季節感からずれていて矛盾があると主張する人がいます。歳時記改正論者です。
僕は反対です。
広島の原爆忌8月6日は夏。
長崎の8月9日は秋。
陰暦では8月8日が立秋。
二つの出来事の境目の一点を、暦が指し示す。両日の重みは違います。暦はこれをごっちゃにしない。
 

 
アメリカでは原爆についての定説を教えられました。太平洋戦争早期終結に貢献。
今も毎年、学校でも語られていることです。
中学生だった僕は、ちょっとおかしいと思った。胡散臭い。人命を重んじての行為。
ならどうして、2発なんだ。
そのときは、深くは掘り下げませんでした。
 
1990年に来日。日本語学校で学びながら、5年。95年の夏、米極秘資料公開。
大戦当時の大統領トルーマンの日記で、1945718日に、天皇から電報が入った旨の記載あり。
曰く「平和を乞う内容」。
僕はこれを見て、原爆による早期終結論をさらに胡散臭く感じたのでした。
 
広島で体験者の話を聞きました。
ピカドン」という言葉を、そのとき初めて耳に。僕は28歳。アメリカでは聞いたことがなかった。いつもAtom Bomb、略してA.BomNuclean Weapon
言葉は世界を見るレンズだ。レンズの世界は違って見える。
ピカドンという言葉を聴いたとき、自分に取り込んでつかってみたとき、おなじそれがまるで違うものに見えた。
何が違う?
Atom Bombは生活から出た言葉ではない。暮らしに根ざしていない。この世にない異質なもの。マンハッタン計画から出た言葉。
Nuclean Weaponは国家の言葉。政府が国民に、空襲のように降らせた言葉です。
ピカドンは米国では無許可の言葉です。これは、見る立場が違う。角度が違う。これは相生橋に立って、浦上天主堂に立って、その日の広島の、長崎の地に立って見ている人の言葉です。
僕はこの言葉を知って変わった。言葉にはそういう作用がある。ピカドンがない。これが英語の欠陥だと気づきました。
生活者の立場に立って、そのものの本質があぶりだされる言葉。「ピカドン」を僕は20世紀最大の造語と呼びたい。
しかし、この言葉の力を文学者も生活者も生かすことができなかった。核関連の正式名称に抵抗することができなかった。
 
私たちは「原子炉」に生活者の名づけをしていません。
作らねばならなかった。
Nuclear Reactorの訳ですが「炉」とは巧妙。すでにPRが組み込まれている。囲炉裏、炉端…「炉」はなくてはならぬ生活の言葉。「装置」よりずっと受け入れやすい。この美しい言葉を乗っ取った、本質隠しの訳語です。
言葉を見抜く。核問題を掘り下げるには絶対必要です。すべてが「嘘を孕んだ言葉」だからです。
 
原爆。
戦争を早く終わらせるためではなく、これを落とすために戦争を長引かせた。
広島が世界初の原爆被害、というのも本当ではない。
1945716日。ニューメキシコで初めての核実験。原爆の名は「トリニティ」
これは本番じゃない、と思いますか。その日、米政府は軍の火薬庫の爆発と報じました。風下には多くの住民が住んでいました。
トルーマンの下に天皇の電報が届くのはその二日後です。
 
広島と長崎の重みは違う。毎年の平和式典の放送をもどかしく見ています。人々はごっちゃにしていないか。区別することではじめてわかってくることがあります。
「トリニティ」はプルトニウム爆弾だった。長崎原爆と同型です。
では、なぜ広島にはウラニウム爆弾が投下されたのか。
ウラン235.-これは自然界にあるもので、唯一、核分裂を起こす物質。ウラン鉱石の93パーセントは核分裂しないウラン238ですが、濃縮により235を抽出。抽出後の残留物がいわゆる劣化ウランです。
核分裂によるエネルギーの発生。
相対性理論によれば、エネルギーは減少した質量と光の速度の二乗の積に比例。
核分裂はわずかな質量の減少をひきおこす。
その減少した分が、巨大なエネルギーに変わる。
ウラン235は構造的な脆さを持ち、ひとつの中性子の衝突で分裂。ごく一部が消滅。その際に、二つの中性子を放出する。それが次々と連鎖反応を引き起こして分裂を拡大、継続させる。
 
名古屋でもやってる「ねずみ講」と一緒ですね。
ねずみ講は犯罪。核分裂は犯罪じゃない。でもよっぽど、このほうが有害。
 
広島の原爆の中には50キロのウラン235が格納されていました。
ち、核分裂したのは1キログラム。エネルギーに変換された質量は0.68グラム。分裂しなかった残りは「黒い雨」となって地上に降り注ぐことになりました。
その一瞬で数万人、1945年末までに、さらに7万人が死亡しました。
長い半減期。人々の苦しみは終わりません。
 
ところが、落とした側からすれば、広島は技術的に無意味な原爆だった。
効率の悪い、終わった技術。旧式の兵器。
作ってあったから、落とした。
マンハッタン計画とは、プルトニウム爆弾の開発が目的。いかにたくさんのプルトニウムを製造するか。そういう計画だった。
プルトニウムは地球に無い物質。1940年に初めてこの地球に出現した。
今、日本には、「佃煮」にするほどありますね。
ウランの核分裂によって発生するもの。つまりウラニウム爆弾の爆発によって生み出される。でも、原爆で作ると、飛び散ってしまって、使えない。ではどうするか。
 
たこ焼き屋さんで、「たこ抜き」のたこ焼きを注文している人がいました。たこ抜きのたこ焼きって、できるんですよね。
プルトニウムを作るには、「爆抜き」の原爆が必要だったんです。
それが原子炉。
1942年、シカゴ大学の地下でひっそりとレンガを積み上げて、技術者たちは最初の原子炉を製造していました。
市民にはもちろん秘密。陸軍省の中枢の、一握りの人間だけが知っていた。
原子炉は、シカゴ・パイルと呼ばれた。「シカゴで積み上げたもの」…こっそりと。、
市民は知らない。賛成してもいない。一部の人間による、憲法違反の莫大な税金の使い込み。
寝耳に汚染水
もみ消したのは、86日、89日に大々的に行われた、国家規模の戦争勝利のPRでした。
 
原子炉とは、プルトニウム製造機のことです。
「炉」ではなく。
ピカドンにならって、僕は「ジリジリ」と呼びましょう。爆発をジリジリ、ジリジリと引き伸ばして、プルトニウムを作り出す。それが仕事です。
長崎原爆はジリジリを経た原爆。格納プルトニウムは6キログラム。核開発の本流は長崎原爆の開発にありました。
広島は人類最大の事件ですが
長崎は人類の核開発の出発点、原子炉の歴史の始まりです。
今も昔も、原子炉と電気は無関係なのです。原発がなくなると電気が足りなくなる…なんて、まったく噴飯モノの話です。
 
Atomはキャッチコピーとして売り込まれる。平和の使者、Atom
もしも、715日以前に戦争が終わっていたら、歴史はどう変わったでしょうか。
アメリカはいつでも終われたはずだった。
しかし、戦争勝利の喜びには利用価値があった。国防総省ペテンタゴンにとっては。
やばい、と彼らは思ったはずだ。
税金を注ぎ込み莫大な利権を生み出した。人材も結集。凄まじいコストの浪費。日本が早期降伏したら、我々は犯罪者だ。
落としてPRするしかない。原爆と勝利を結びつける。
でも、まだ不足。節分の「鬼」が必要だ。
鬼は、ソ連」戦後も開発を継続するために。
節分の鬼(スターリン)は協力的で、いい鬼だった。ソ連が原爆を作れば、アメリカは、水爆を作れる。
 
1953年、陸軍トップだったアイゼンハワー大統領。任期中に千発の核兵器を二万発にまで
拡大。彼が放った世紀のペテンCMは「Atoms For Peace原子力の平和利用」。
この世で一番いらない原子炉の「巻きなおし(でも赤福よりも有害)。それこそ発電だった。
僕のラジオ放送を楽しみにしている女性がいます。でも、自宅のラジオは受信しにくい。そこで、放送時間の早朝、駐車場に出かけて車のラジオで聞く。車ならよく受信できるというのです。
彼女にとって、車はラジオを聴く装置
それと同じ意味で、原子炉は発電をする装置。
 
使用済み核燃料。これもおかしい。燃料じゃない。使用前の核燃料は、安全じゃないですが、抱いて寝ても「ただちに」健康被害は無いかも。でも「使用済み」は、ここに持ってきたら大変です。
使用済みじゃない。これから使用するんです。これから仕事をするのです。
人を殺すという仕事を。
 
第五福竜丸事件の発生と、日本の原子力予算が始めて国会を通過したのはほぼ同時でした。
 
ベン・シャーンの絵による絵本『これが家だ』を作ることで、僕は平和利用の本質を知りました。
 

高速増殖炉「もんじゅ」
核燃料サイクルじゃないですよ。あれは、最高水準のプルトニウムを作る装置です。
だから簡単には止められない。
 
68日野田首相は大飯原発再稼動に当たって
「日本国民の生活を守るために」
と言った。僕には彼の顔がにわかにトルーマンに見えました。彼もまったく同じことを言って、原爆を使用した。ピカドンとジリジリは同じものです。なんと深い「」でしょう。
 
どうしたらくずせるか。
市民の絆だって、もちろんあるはず。
でも、見抜く力は必要です。
言葉を取り返す。操作された言葉にさらされることに注意を。
創造とは拒否からです。
 
絵本『さがしています』前文を朗読。
 

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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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