「このおじさんとそっくりの顔してるよ、ネコパパ」
アヤママが言う。
「えっ誰のこと?この顔?まさかあ」
「頬杖をついて、ちょっとにやっとしているところが同じなのよ」
Arturo Toscanini - The Complete RCA Collection
ためつすがめつ、到着したボックスから一枚ずつ眺めているのを見て、そういったのだろう。
でも、ネコパパはこんなガンコジジイじゃないぞ。
「見てばかりじゃなくて、一枚聴かせなさいよ」
アヤママのリクエストはブラームスの交響曲第1番。
2種類のうちの新しいほう、1951年、カーネギーホールでの録音、オーケストラはNBC交響楽団。
アルトゥーロ・トスカニーニ、晩年の指揮である。
例によって、速めのテンポで「がさっ」という感じで始まる。オーケストラの音に色合いやにじみ出る雰囲気がない、てきぱきと前進する音楽。
でも、しばらく聴いていると、音に奥行きがあることに気づく。低音部に、地の底から響いてくるような空気感と手ごたえが感じられる。
ジャケットを見ると、それは日本人スタッフによるマスタリングだった。担当者は杉本一家。JVCのスタジオで、XRCDという独自のブランドで製作しているスタッフだ。
今回のセットは出来るだけ新しいマスタリングのものを、という趣旨で、日本のXRCDチームの作成した最新マスターも投入されているのだ。
ブラームスのほかに、エロルドの『ザンパ』序曲、ベートーヴェンの交響曲第1,7,9番、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』前奏曲と愛の死、レスピーギのローマ三部作など、オリジナルアルバム11枚分の収録がXRCDマスター。
高音と低音が伸びて、従来盤よりも空間の広がりが感じられる。固くてぱりっとした音質のものが多いトスカニーニ音源に、潤いが加わった、異色の音作り。一枚のディスクの中に、一曲だけ日本マスターが入っている場合など、音の違いが特にわかる。
賛否両論ありそうな音だが、ネコパパは、なかなか気に入った。
ベートーヴェン、ブラームスに始まって、序曲、舞曲、ヴェルディのオペラ全曲など、曲は多様だ。
聴いてみたのはまだ10枚ちょっと。てきぱきと弾むような、せっかちともきこえる進行や、乾いた明晰な響きは共通している。30年代、40年代の古い音源でも、音が飛び出してくるように溌剌としていて、録音を気にしないで楽しめる。考えてみれば、凄いことだ。
拾い聴きして思うのは、トスカニーニという人は、短距離型の「歌」の巨匠。
雄大な交響曲よりも、序曲や組曲、小品、オペラ関係の曲に、いっそう豊かな表情や、大胆なテンポの動きがあらわれていると思う。
先のエロルドやロッシーニの序曲、ガーシュウィン『パリのアメリカ人』、ワルトトイフェル『スケーターズ・ワルツ』。ベートーヴェンでも交響曲以上に「コリオラン序曲」や弦楽四重奏曲の合奏版抜粋などの方に感動的な音楽があふれている。
そんなトスカニーニが、ワーグナーだけは例外的に遅いテンポとスケール雄大な造型を示すのは不思議。
彼が忌み嫌ったファシストたちの支柱となった音楽から、これほどの透明感と壮絶なまでの美を引き出していく…音楽とは、まったく一筋縄ではいかないものだ。
廉価盤である。
これ一箱で、件のXRCDで2枚分ちょっとの価格。
さすがに慄然とさせられる。 大丈夫なのか、レコード業界。
コメント
geezenstac
2012/09/25 URL 編集返信SL-Mania
2012/09/25 URL 編集返信たしかに聴きごたえのあるセットです。音質的にはともかく、演奏スタイルは時代を超えて魅力的です。
30年以上にわたって蓄積された音楽遺産です。聴き手としても時間をかけて楽しみたいですね。
yositaka
2012/09/25 URL 編集返信但し書きによれば、XRCD用のマスターのあるものはそれを使用しています。が、プレスや製造過程は通常通りと思われます。特にブランドのマークはありません。XRCDとして発売されているものと全く同じ音かどうかは、比較していないので何とも言えません。
1921年ごろの機械録音は、さすがに「時代の音」です。でも管楽器や弦のピチカートはなかなかしっかり入っていて、ベルリオーズの『ラコッツィ行進曲』など、当時のハイファイ録音といいたいくらいです。見事な原盤管理です。
yositaka
2012/09/25 URL 編集返信