マリア・ジョアン・ピリス3題

マリア・ジョアン・ピリスのアナログ盤を東京で入手した話から…。
 
モーツァルト ピアノ協奏曲第12番イ長調  ピアノ協奏曲第19番ハ長調
マリア・ジョアン・ピリス(p)
アルミン・ジョルダン指揮
ローザンヌ室内管弦楽団 1976年録音 仏エラート LP
 

 
このピアニストの音楽については、以前次のように書いたことがある。
 
ピリスの音をきいていると、あとは何もいらない。生きていることは美しい、と思うばかり。
 
ピアノ・ソロを聴くのが苦手なネコパパが、
「この人ならぜひ聴きたい」と思う、ほとんど唯一のクラシックのピアニストが、この人だ。
タッチが硬質で、音に大理石のような芯の強さと丸みがある。
自分の出す音をしっかりと把握して、強い音でも歪んだりにごったりしない。
モーツァルトの音楽に頻出する、音のレース模様のような速い装飾音符も、決して弾き流さず、一つ一つを、すべてに存在の意味があるかのように、丁寧に弾いていく。
だから、テンポはいつもやや遅めだ。
12番イ長調の第1楽章冒頭も、ゆったりと滑り出す。この慈しむようなテンポに乗せて、抑制の効いた、でも底光りするような味わいのソロが語り始める。この曲は同じイ長調の第23番とともに、モーツァルトが「心のうちの清浄さ」を表現した作品と思うが、ピリスにはぴったりの音楽。
一方、19番のような、聴衆を意識した華のある曲想の音楽では、ちょっと地味すぎるかもしれない。
でも同曲の第2楽章や、第3楽章短調に転調する展開部などはよさが際立つ。
 

 
その少しあと、1974年に日本コロムビアが収録したモーツァルトのピアノ・ソナタ全集CDが到着。
 
 

 
 
若きピリスのポートレートが美しい、発売当時のLPをずっと探索していた。
が、これが意外と見つからず、あっても盤質不良だったりして思うに任せない。とうとう廉価なブリリアント盤に手を出してしまった。
ピリス、当時29歳。
20年後のDGへの再録音の方が、一般には有名かもしれない。
病気でしばらく活動を停止していた彼女が、ひさびさに録音したものだ。病を乗り越えて芸風が一変し、自在な表情の変化が際立つようになった、と評されたりした。もちろんこれは文句なしの名盤だ。
でも、一曲でも聴き比べてみれば、明らか。
ピリスの表現の多彩さ、自在な緩急の妙は、すでに旧録音で確立されていたのだ
有名なソナタ第11番イ長調、K331を聴いてみよう。
ゆったりとした第1楽章、ちょっと速く始まるが、中間部でまたもテンポを落とす第2楽章、そしてグールドも超える4分半の遅さの「トルコ行進曲」。これは行進曲というよりも、哀愁漂う短調の舞曲である。
 
来日の暇を盗んで、わずか二ヶ月で録りきった。響きを抑え、ストレートに音をとらえた録音(最初期のデジタル録音)は、残響豊かなDG盤より好ましく思う人もいるだろう。
 
 
なかなか新録音を出さないピリスが、本当に久しぶりに新盤をリリースした。
買うのは旧譜、廉価版ばかりというケチなネコパパだが、さすがにこれは、見逃せない。
 
 
モーツァルト ピアノ協奏曲第27番変ロ長調 ピアノ協奏曲第20番二短調
マリア・ジョアン・ピリス(p)
クラウディオ・アバド指揮
モーツァルト管弦楽団 2011年録音 DG  CD
 

 
この2曲は、同じ曲順でエラートにも録音していた。
1977年録音、指揮は第12番、第19番と同じジョルダン。
 


 
これは、彼女の個性がみごとに発揮された愛聴CDの一枚だった。
それだけに、新盤の登場は胸が躍る。
 
67歳のピリス、微塵の衰えもない。明晰で硬質なタッチもそのままだが、微かながら彼女の体温や情感が見え隠れするのは、年齢、いや年輪のためだろうか。
 
けれど…正直に書くならば、この盤には、旧盤以上の音楽の深まりを聴き取ることが出来ない。
理由は二つ。
 
ひとつは、マイクがピアノから離れていて、タッチを鮮明に伝えていないこと。
オーケストラの音と被るところで、ピアノが背後に隠れてしまう。
もどかしい。
旧盤でもオーケストラの音は、良く入っている。でも、ソロピアノはすこしの濁りもなく明晰だった。今聴きなおしてもそう。
最新の、それもセッション録音なのだから、もう少し音量バランスの工夫ができたのではないだろうか。
そしてもう一つは、
クラウディオ・アバド指揮の、70人編成のオーケストラだ。
曲の入り、音の痩せたヴァイオリンを聴いて、ヴィヴラートを抑制したピリオド奏法とわかる。
ヴァイオリンの音は切れそうな糸のように頼りなく、コントラバスのリズムやファゴットなど、低音部の楽器が強い。
ひとつのフレーズを演奏するとき、はじめを弱く出し、終わりをずんッ、と強くする。音を打ち込むと言うかドスを利かせるというのか、とにかく全編がこの調子で進められる。
第2楽章は、当然のように…テンポが速い。
 
これは何か、別の曲?
ヴァイオリンの抑制で、音楽から「歌」が追放されている…というのは、言いすぎだろうか。
アバドはこれまでにもフリードリッヒ・グルダや、ルドルフ・ゼルキンと、この曲を録音している。ピアニストに合わせて、テンポは変わる。が、伸びやかな弦の歌を失うことはなかった。
既にピリスと録音したモーツァルトの4曲でも、シューマンでも、歌の不足を感じたことはなかった。とてもいいコンビだと思った。
 
それが…これだ。
新校訂の譜面を使用した?
正しい奏法の発見を研究した?
これまでに無い斬新なモーツァルトを生み出そうとした?
 
…音楽でもっとも大切な「歌心」を捨ててまでも?
 
いや、これくらいにしておこう。
音楽学や譜面のことがわからないネコパパは、黙っていた方が賢明なのかもしれない。
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コメント

コメント(4)
No title
おはようございます。小学5年のとき(1985年)、初めて聴きに行った(連れて行かれた)オーケストラで聴いたのが、ピリスのモーツァルトのピアノ協奏曲第12番でした。最近、手元に残っている当日のプログラムを見たら「第20番」と書かれていてビックリしましたが、確か第12番だったと思います…(外山雄三指揮読売日本交響楽団)
舞台姿にはおぼろげな記憶があります。演奏はまったく覚えていません(^^;
10年くらい前にテレビで放送していたベルリン・フィルのライヴでピリスが第20番を弾いていて、これはピアノに惹かれて、録画したのを何度も聴きました。オケも、そんな新解釈風ではなかったような…

Loree

2012/09/15 URL 編集返信

No title
それは2003年、ヨーロッパ・コンサートの録画で、ピリスの故郷リスボン、モスティラ大聖堂での演奏ですね。DVDが出ています。ブーレーズの指揮はオーソドックスなスタイルで、ピリスとの齟齬もなく、また音もしっかりと録れていると思います。
今回の新盤は個人的には不満もありますが、これを機に続けて出してくれることを期待しているのです。何しろ彼女は第15番、第18番、第22番、第24番といった名曲にまだ手をつけていません。再録音よりも、そちらを先にしてほしい。おそらく彼女のファンなら、まずそのことを願っているのでは…

yositaka

2012/09/15 URL 編集返信

No title
ピリス+モーツァルトで検索すると四十年前のPCM録音のソナタ全集のファンは一杯いますね。
故ウノさんの旧著での一刀両断のコキオロシにもかかわらず。
yositakaさん同様、ピリスの清冽なモーツァルト解釈と当時のデンオンのピアノ音収録の優秀さに多くの方が聴きつないでいるようです。
わたしはさすがにそれに手を伸ばすことはありませんが、モーツァルト中期のソナタ群にも所有のシフとDGGピリスのCDで日々打ちのめされています。

mae*a_h*210**922

2016/08/09 URL 編集返信

No title
老朽さん、4年前の記事ですが、考えは全く変わりませんね。ソナタ集はもちろんDG盤も素晴らしいと思います。
協奏曲は、アバドも亡くなったことですので、ネルソンスあたりと全集録音してほしいです。とにかく、ピリオド派以外の指揮者との共演を切に望みたいのです。

yositaka

2016/08/09 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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