固い蕾が開花するとき

「このワントという人は、いずれブルックナーの巨匠と言われるようになるぞ」
学生時代のネコパパは、友人に力説した。
1970年代の終わり頃耳にした、FM放送、NHK交響楽団定期公演。
客演指揮ギュンター・ワント
曲はブルックナーの交響曲第5番。
ごつい音で、金管が突出する押し出しの強い演奏。今まで聴いたことのなかった、大伽藍のような音楽だった。
ネコパパの予言は見事(笑)的中した。
 
 
話はちょっとそれるが
ポリーニをポルリーニ、アルゲリッチをアルヘリチ、アバドはアッバードと独特の基準で名前表記を行うNHKヴァントという表記が一般的になっても、頑固にワントで通していた。でも、最近ではヴァントに変わっている。
ポリーニもアルゲリッチも同じ。
自社の表記方針に信念があるなら、押し通せばいい。でも途中でこっそりと変更するのはみっともない。
変えるのなら、視聴者に断りを入れるべきではないかと思う。
 
 
ブルックナー指揮者として大成したギュンター・ヴァント
でも、ベートーヴェンの交響曲演奏は、謹厳実直が過ぎて、高密度だか遊びがない、とっつきにくい観があった。
全曲中ただひとつ、彼が遅めのテンポをとる「田園」は、「第5」との組み合わせでしばしば演奏した得意曲。FMでもよく放送されたけれど「固いつぼみ」という印象は変わらなかった。
ところが。
1990年代の半ば、北ドイツ放送交響楽団を指揮したライヴ放送は、それまでとは違う、瑞々しい新鮮な響きが満ち溢れていた。そこでネコパパ、1992年録音の、同オーケストラとの最新CD(RCA)を購入。
 

 
しかし、放送で感じた瑞々しさは感じられない。オフ・マイクのビントの合わない録音のせいもあっただろう。今聞いても、やっぱりそう思う。
今回発売されたベルリン・ドイツ交響楽団とのセットには、1992年と1994年、二つのライヴ録音が収録されている。92年録音にはリハーサル風景も。
 

 
RCAのライヴ盤と同時期のものだが、こちらは音の取り方が対照的。マイクが近く、リアルな音だ。
嬉しいことに、あの放送で耳にした、瑞々しく新鮮な響きがよくとらえられている。
 
ベルリン・ドイツ交響楽団のアンサンブルの精度は、北ドイツには及ばないのかもしれない。
でも、団員はヴァントの指揮に必死で喰らい付く。多少の不揃いや出遅れかあっても、指揮者の棒を音にしようと必死だ。
その余裕のなさが、かえって個性や意図を明瞭にする。
 
第1楽章。
ゆったりと動き出す遅めのテンポの中に、一つ一つの音が「これしかない」というところまで吟味され、音になっている。多くの演奏ではわずかなりとも速くする第1主題の後半のリズムも、決然と遅い。
この曲の華ともいえる、管楽器が奏でるソロやアンサンブルの、綺羅やかな音の立ち方。その背後で伴奏する弦の刻みのひとつひとつにも耳が惹きつけられる。
単調な繰り返しの部分でさえも、それは微妙な強弱やかすかな膨らみを持ち、精妙に作りこまれた音の構造物を組み立てていく。
2楽章は、小川の情景などではない。音そのものの、あるがままの緩叙楽章の鏡といえばいいか、そんな音楽が展開していく。
コーダの鳥の呼び交しの箇所も、まったく描写的には聞こえない。音色も音量も計算しつくされた、抽象的な響きの重なり。初めて耳にする美しさだ。
一方、後半の3楽章は、ドラマを意図的に排除する。
3楽章では、ユーモラスな祝祭の雰囲気皆無の厳格なスケルツォ、第4楽章は地の底まで鳴り響く容赦のないフォルテシモの音楽、
そして第5楽章は、牧歌…いや、一つの主題によるやや地味な変奏曲。それ以上でも、それ以下でもない。
厳しいなあ!
ベートーヴェンの記入した「牧歌、嵐の後の喜びと感謝の気持ち」の文言など、ヴァントにとっては全く眼中にはないようだ。
 
「純音楽的な演奏」というのは、きっとこういうものなのだな。
 
ヴァントの彫琢への意志はによって「固い蕾」は「大輪の花」として開花した。
その花は、細密ではあっても、タッチを消した、ちょっと色合いの冷たい植物画の感触を持っている。
 
ネコパパは、その描線に今ひとつ熱い血、叙情の膨らみがほしくもあるが…
 
以上は、92年の音源を耳にしての感想。もう一枚1994年の方は、いつ聴くことになるのか…
このごろ、新しい音盤を聞き進む速度がすっかり遅くなってしまった。
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コメント

コメント(2)
No title
ヴァントは「ワント」と表記されていたのは初めて知りました。「ヴァント」でもなく「ワンド」でもないのは,なんとも中途半端ですね。「ワンド」なら,英語で魔法使いの杖と同じ発音(つづりも同じ)ですね。それはそれでいかにも力のある指揮者らしい感じがしておもしろいと思います。ただし,演奏は,魔法の杖から生まれたようなものではなく,実直そのものですが。

riki

2012/07/25 URL 編集返信

No title
リキさん、昔からNHKの表記は変ですよ。
曲名にしても、第○番という呼び名は交響曲のみに使用するとして、モーツァルトなど協奏曲二短調k466…と呼んだりしていました。かと思えば『革命』『グレート』『大いなる喜びへの讃歌』などの通称を気まぐれに使ったり。
ヴァントの芸風はまさに実直。でも杖はいつの間にか、ある種の魔法の杖に変わっていたようにも思います。

yositaka

2012/07/25 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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