田島征三、大いに語る

このひと、どことなく亡き友の風貌に似ているのだ。
 

 
小柄で、何ともいえずやさしい目元をしている。高めの声で、ちょっと照れたような、シャイな口調で話をする。
「時間は大丈夫かな、話しがあちこちにいっちゃったけど…何時になったんだろう…」と困ったように言う田島さんに
「いえいえ、まだ3時、おやつの時間ですよ。安心して話してくださいね」
と、会場席からいきなり声を掛けるアヤママ。
講演会だというのに、アヤママは、自宅でお客さんと話しているような気分になっているのである。
 
日本を代表する絵本作家の一人、田島征三
 
思えば、学生だったネコパパが「黒姫絵本の学校」でご一緒し、雪に埋もれた山荘で、多くの若者たちとともに夜更けまで話しこんだのは、もう30数年前のこと。
30代の田島さんの発言は若く、尖っていた。
が、やさしい表情やシャイな語りは、当時から変わらなかったと記憶している。
 
講演の内容を、例によって当日のメモから紹介。
じっくりとお楽しみを…
 
2012年79日(日)14:00~
四日市子どもの本専門店・メリーゴーランド3階フロアにて。
 
 
やぎのしずかのたいへんなたいへんないちにち』は、死ぬ思いで、死んだらいかん、という思いで、36年ぶりに描いた、『やぎのしずか』の続編です。
 
 

 
ところが、売れていない。書評も出ません。
昔、文化出版局から出した『やぎのしずか』シリーズは、売れたのに。
僕の本は、だいたいが売れない。
今江祥智さんと作った『ちからたろう(ポプラ社)は、絵の問題で半年以上もめました。せめて表紙だけでも「まともな絵に」という編集者に、今江さんも一緒になって怒ってくれて、「このままで出さないなら、原稿も引き上げる」とまで食い下がって、やっと世に出ました。売れ始めたのはさらに半年後です。
 
「絵本には向かない絵」と批判された『ふきまんぶく』(偕成社)。 
「どうして、いわさきちひろのような絵を描かないんですか、と言われました。
その『ふきまんぶく』の原画が、現在安曇野にある「いわさきちひろ絵本美術館」で展示されているんですが()、来館したひとたちが「いやだー、なにこれ」とか言って、見ていくんですね。
 
ところが『しずか』は、すぐに売れた。
お金が入ってきて、僕は芸術家ではなくなった、と思った。
これではいけない。
 
僕は、芸術家とは初めはこてんぱん、数年後にやっと認められる、そういうものだと思います。新しいものは反発を受けて当然。
昔、大阪の市民ギャラリーで展覧会をやったとき
「何でルノワールみたいな絵が描けないのか」と言われた。そのルノワールの絵だって最初は「女の腐乱死体」と言われたし、ピカソも『アヴィニヨン』で猛烈に批判され、一度は新古典主義に戻ったほどです。
でも彼は『ゲルニカ』を描くにあたって、やはり新しい手法で描くしかないと思った。今、『ゲルニカ』を駄作扱いする人はいません。
人々は徐々に納得するんです。
 
1965年に処女作『ふるやのもり(福音館)
新聞に井の頭幼稚園の園長が批判の記事を出したのを読み、僕は怒って破り捨てました。
でも取っておけばよかった()。名文だったのです。「子どもの絵本に、芸術家の表現の欲望を満たすための絵を描くな」という趣旨でした。
それなのに『やぎのしずか』は無批判に受け入れられ、「性教育の教材としても有効」と言われたりして。
そこで、違うものを描かなきゃと5年間葛藤し、世に出したのが
 
ほら、いしころがおっこちたよ。ね。わすれようよ(偕成社)
 
『やぎのしずか』は売れているさなかに絶版にしたので、たちまち無収入になってしまった。
ばかなことをしたものです。
その後、別の会社から7冊もので出しましたが、旬というものがあるのか、今はそれほど売れていません。
韓国では2009年、分厚い一冊本として出て、よく売れました。
そこで、今ならきっと売れると思い、36年振りの新作を描くことにしたのです。
ソウルでの読み聞かせは大成功でした。
ところが日本では、無視され、批評すら出ないのです。
増田義昭さんが書いてくれていたことを、ついさっき知りました。もう、ソウルに亡命するぞと思っていましたが、思いとどまりました。
やっぱり芸術家はほめてほしいものなのです。いや、批判でもいい。手ごたえが欲しい。
さらにもう一冊、続編を出します。
 
やぎのしずかのしんみりしたいちにち
 
この本はいいですよ。
『たいへんなたいへんな』はまだ増刷がかかりません。だから、次のはきっと、もっと売れない()
編集者は孤立無援の僕に、励ましの手紙をくれます。それを毎日毎日読んで、暗記してしまった()

『たいへんなたいへんな』は子どもの元気な一面を描いた絵本でした。『しんみり』は、その逆です。
子どもはいつも元気なわけじゃない。
 
震災。
 
こんな目にあった子どもたちが、元気でなくったっていいじゃない。
強いて元気をだす必要なんてないんだ。

 
『ぼくのこえがきこえますか』(童心社)
 

 
日中韓で一冊ずつ、平和を願う絵本を出そう。
これは、日本側から呼びかけた企画です。
ところが、日中の作家たちからは、反発されました。
 
「日本人は、自分のしたことを忘れて、被害者ぶってばかりいる」
「何が平和だ」
 
作家同士は、普通は互いの作品を批評したりはしないもの。でも今回は違いました。とことん話し合い、ぶつかり合って最後には気持ちを一つにできた。
 
反戦平和というと「体験」が語られることが多い。でも、体験を書くことからは、平和を普遍化することはできない。
僕がこの作品を描くにあたって念頭にあったのは、二つの作品です。
 
ダルトン・トランボ監督の映画『ジョニーは戦場に行った
ナジム・ヒクメットのプロパガンダのための詩『死んだ女の子
 
戦争で瀕死の重症を負い、四肢とすべての感覚を失った青年が訴えかけたかったこと。
原爆で命を失った7歳の子が、人々の扉をたたいて語りたかったこと。
それを僕は、絵本として形にしたいと思った。
戦争反対を唱えるのは難しい。文字、そして映像表現は効果的。しかし絵本は難題です。

それでも、この企画で生まれた作品はみな素晴らしい。
平和ってどんなこと』『京劇の消えた日』『はなばあちゃん』…
出版元の童心社は本社ビルの改造が必要と言っています。誰でも入っていける出版社なのですが、今は本気でテロ対策を考えなければなりません。
 
絵本は芸術、と僕はすぐ言うから
長新太さんに
「征ちゃんは芸術、芸術とばっかりいうから下痢をするんだ」と言われました。
でも日本の絵本は、あまりに芸術的でない。
 
はたけうた(福音館)
 

 
どうです。芸術でしょう()
絵本で人の心を動かすことは難しい。絵本の絵を読むことは、表面ではなく、絵の持っている一番深いところを読むということなんです。
 
ふきまんぶく』(偕成社)
 
読み終わると、子どもは「まだ終わってないでしょ」と言います。でも、メリハリのある本だけが本じゃない。受ける本だけが本じゃない。
これ、ほんとうにおもしろくない。でも、これ。
 

 
この絵にこめられているものを読んでほしい。だから、言葉はない。
 
ぼくのこえがきこえますか』(童心社)
 
描きあげてはじめて満足した、反具象的な絵。こういう絵が好きなんですよ。魂だから抽象でいい。いいでしょう、これ。こういうのを描くともうもとの絵には戻れません。
 
 



自画自賛じいさん()
 
最後に、新潟に作った『絵本と木の実の美術館』のことも。
ここは、管理がたいへんと言うことで、取り壊されようとしていた廃校の小学校の校舎です。
そこをもらって美術館に…ということになったんですが、「田島征三美術館」なんてのはいやなんですね。
僕が嬉しいのは、一箇所にではなく、あちらこちらの美術館で原画がみられるというあり方なんです。いまでは宮城、新潟、刈谷などの美術館が買ってくれて、印税よりいいみたい。
で、小学校は「空間絵本」にしたいと思った。
ここの住人は、お百姓さんで、美術館にも芸術にも日ごろ縁のない人たち。でも、生み出された農作物は芸術だと思います。
そんな場所で、この学校の最後の卒業生だった三人の子どもたちを主人公にして、学校いっぱいに物語を展開しました。それだけでは終わりません。作品の二冊目は、学校から村落全体に拡大しています。7月の終わりから、一帯が雪に包まれる11月まで、期間を限定して公開します。
僕も案内人として参加します。ぜひ、来てください。
 
 

最後は、参加者のリクエストに答えて、自作を朗読。

出世作『しばてん』(偕成社)
 

 
心にしみる田島さんの声に耳を傾けながら、
ネコパパは、40年の歳月を経ても鋭さと喚起力を失っていない作品の持つ力に、茫然としていたのだった。
 
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コメント

コメント(2)
No title
田島征三さんの絵は素晴らしいですよね。
私もポプラ社の「ちからたろう」を持っていますが、子供の頃から魅了され続けています。
でも、最初は田島さんのこの素晴らしい絵が、編集者には理解できなかったのですか?
情けないですね。
でも、それこそが田島さんが真の芸術家である証拠とも言えますよね。
芸術はいつも時代の少し先を進むものですからね。

ふじまる

2013/05/09 URL 編集返信

No title
ようこそふじまるさん。
『ちからたろう』が発売されたとき私は中学生でした。これを学校図書館に入れた担当教員は卓見でした。「どうして中学校の図書室に絵本が…」と思って中をのぞいてみたらすごかった。まさに絵本の概念を打ち砕く作品と思いました。
大学に入って、ご本人にお会いすることになり、その芸術家肌の生き方にすっかり感服。それだけに周囲の理解を得られずご苦労も多かったと思います。新しい領域を切り開くのはこういう人なのですね。

yositaka

2013/05/09 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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