マントさん登場②

さあ、マントさんの鞄から、次々に出てくるよう…凄い盤が。

 
ヴァレンツェン
覚えにくい名前だ。でも、初めて聞く名前という気がしない。なぜかな?
 
ナットに続いて、『悲愴』ソナタ、第1楽章。(VSM)



オリジナルだろう。かなり古い10インチ盤で、音も時代を感じさせる。でも、どうだ。
細かな音が立ち上がり、空気を切り裂いて駆け上る。明晰な音色を保ちながらも、テンポや強弱は曲想にあわせて思いもかけない伸縮を見せる。古典の造型を保ちつつ、即興性豊かな音楽が湧き上がる。
時代を超えた新しさだ。
 
ネット検索してみて、やっと思い出した。
5年前、上京した娘に会いに行ったついでに立ち寄ったDU新宿店で、DIWレーベルのオリジナルCDが販売されていたんだっけ。
「ヴァレンツェン…知らないなあ」
と思いながら、アヤママと交代で、試聴機で聴いてみた。『月光』ソナタ?だったか。スクラッチノイズに音が埋もれている。
「盤起こし、か」
…買わなかった。
それが、これか。あの時すれ違った人が、こうして、ここにいる。
「聴くべきとき」がやってきたのだ。
 
アリーヌ・イザベル・ヴァン・ヴァレンツェン 18971981



アメリカ生まれ。4歳の時に母に伴われてパリへ移住。パリ音楽院に学ぶ。同期にヨウラ・ギュラー、クララ・ハスキル。パリの老舗ガボーのピアノを愛用し、テクニック抜群ながら、知的で気品のある演奏振りで知られた。
シブリアン・カツァリスジャック・ルヴィエの師でもある。
ベートーヴェンのソナタは、全曲録音があるという。この『悲愴』は1948年の録音。
 

 
さて、このピアニスト、誰だろう。これじゃあ、読めない。



マントさん自身も、ご存じないようだ。
シャブリエ、フォーレ、サティ、ミヨー、それにラヴェルの作品を取り上げたリサイタル・アルバム。
古い盤じゃあ、ない。手触りからして、LP時代も末期のものと思う。
製造ナンバーも入っている。ということは、関係者への配布用だろうか。
ここに入っている音楽が、吃驚なんだ。

ラヴェル夜のガスパール

優秀録音である。
すっきりと透明で、ゆるぎなく強い音の連なり。
ベーゼンドルファーのピアノから、最良の音を引き出している。
音録りがまた良くて、ピアノを至近で聴くような、瑞々しい音の粒立ちが際立つ。
ドビュッシーと比較すると、ラヴェルのピアノ曲はちょっとな、と感じているネコパパだが、こんな名演奏なら、いつだって聴けそうだ。
マントさんの彗眼、畏るべし。

ジャケットに走る、手書きのフランス語をじっくり読むと、こうあった。

Piano  Nathalie Bera Tagrine
 
情報はほとんどないけれど…
フランスのピアニストで、クリーヴランド・ピアノコンクール、クララ・ハスキル国際ピアノコンクールなどで優勝。
ロマン派を主なレパートリーとして活躍し、後進の指導にも力を注いでいる。フランスではキャリアを積んでいるとお見受けするが、日本で紹介された様子はなさそう。世界はまだまだ、広いんだ…

ナタリー・ベラ=タグリーヌ、とお呼びしよう。


 
 

さて、既に時間は夕刻。
そろそろ楽しい聴き会も、終わりに近づいてくる。
マントさんが、鞄から大事そうに取り出した一枚の10インチ盤。今度はピアノ曲ではなさそうだ。

「…これは、僕が就職して間もない頃に手に入れたものです。歌曲はめったに聴くことがないのですが、これだけは別です。あの頃は仕事にも慣れず、辛いことが多かった毎日でしたが…この一枚には、いつも心を癒されました。何度、繰り返し聞いたかわかりませんよ。
レコード店でこの盤の話をすると、店主は驚いて、これはめったに出ない貴重なレコードだ、ぜひ譲ってほしいと言われましたね。でも、絶対、売りませんよ。本当に掛け替えのない一枚なんですから」

 
イルマ・コラッシ フランス歌曲リサイタル(英デッカ)



イルマ・コラッシ
ギリシャ生まれのメゾソプラノ歌手。
ジャクリーヌ・ボノ(P)の伴奏で歌われるプログラムは…

フォーレ『秋』『夕暮れ』『マンドリン』
オーベール『アラビアの歌から』
ラヴェル『五つのギリシャの歌』
 
マントさんの思い入れの結晶のようなこの一枚に、なんのコメントが入れられるだろうか。
ヴィヴラートの少ない、まっすぐに通る声で歌われるフランス語の「メロディ」が、ネコパパ庵を夕暮れの色に染めていく。
夢見心地の時間。




コラッシの録音は多くないが、ドビュッシーショーソンなどの歌曲でも名唱を残しているようだ。
アンゲルブレシュト指揮で、ラヴェルの歌曲集『シェエラザード』もあるという。
うーん、聴いてみたいねえ。
彼女は92歳の長寿を全うして、2012年、327日に亡くなられたとのこと。
 
つい先日まで、この世の人だったのだ。

 
いい一日だったなあ。
でも、聴きたいものが一日で、どんっ、と増えてしまった。
これじゃあ、ますます厳選スリム化からは遠くなりそうだよ、マントさん…
 
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コメント

コメント(5)
No title
先日はお世話になりました。とても楽しい時間を濃密にすごせました。YOSITAKAさんの文章は相変わらず、華がありますね。
又訪問しますよ。聴きたいものが増えたことはご勘弁を・・・

mant_kenumer

2012/05/30 URL 編集返信

No title
未知の音盤に触れると、なんだかわくわくして、音盤収集に熱中していた昔日の気分に戻っていくような心地です。
東京で出会っていたDIWのヴァレンツェン盤は、限定盤のはずですが、なんとまだ売っていました(笑)
縁と思って発注しました。届いたら、じっくりと聴いてみることにします。

yositaka

2012/05/31 URL 編集返信

No title
うーん,マントさんのバッグに詰まっていたレコードは,ぼくの関心とはまったく別のところにあるものばかりですね。さすがです。こういう人がいるから愛好家同士の交流はおもしろいんですよね。
こんどは三人でやりましょうか。

_リ_キ_

2012/05/31 URL 編集返信

No title
クラシックの領域は広大で、足を踏み入れていないところもたくさんあります。
FMの全盛期は、放送されるものを貪欲に、何でも聴いたものですが、現代は情報が多すぎ、選択も自在になって、かえって個々のファンが孤立しているようにも思います。交流は大切ですね。

yositaka

2012/06/01 URL 編集返信

No title
持って行ったレコードはリキさんとかぶらないように、ピアノ(パリ音楽院)を中心に選んで持っていきました。リキさんは弦楽器お好きですから・・・
今度3人でやりましょう。

mant_kenumer

2012/06/01 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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