吉田秀和氏逝去

音楽評論家の吉田秀和さん死去 98歳
 
 

 
日本で初めて本格的なクラシック音楽批評の方法を確立した音楽評論家で、文化勲章受章者の吉田秀和(よしだ・ひでかず)さんが、22日午後9時、急性心不全のため神奈川県鎌倉市の自宅で死去した。98歳だった。葬儀は親族で営まれた。後日、お別れ会を開く予定。喪主は長女清水眞佐子さん。連絡先は水戸芸術館(029・227・8111)。
 1971年から本紙文化面の「音楽展望」の執筆を続けてきた。
 東京都生まれ。東京帝国大(現・東京大)仏文科卒業後、雑誌に連載した「モーツァルト」で評論活動を開始。技術論や人間論に偏した先行世代の批評に反発し、芸術独自の立場から音楽をとらえる「自立した音楽批評」を生み出した。美術、演劇、文学など幅広い知識に裏打ちされた魅力的な表現で支持を得、音楽界に多大な影響力を持った。
 日本の音楽評論家としては異例の個人全集(白水社)で、75年の第2回大佛次郎賞を受賞。全集は2004年に24巻で完結した。
 実践家としても48年、井口基成、斎藤秀雄とともに、桐朋学園大音楽学部の母体となった「子供のための音楽教室」を創設、音楽の早期教育に指導的役割を果たした。57年に柴田南雄らと「二十世紀音楽研究所」を設立するなど、現代音楽の紹介にも尽力した。
 90年に開館した水戸芸術館の初代館長に就任し、小澤征爾さんを音楽顧問とする水戸室内管弦楽団を設立。91年には芸術評論を対象とした「吉田秀和賞」も創設された。
 「マネの肖像」「私の好きな曲」など著書多数。91年朝日賞、06年文化勲章。
 
朝日新聞デジタル20125272121
 
新聞本紙でも第1面に記事掲載。
音楽評論家としてこれだけの社会的存在感を示した人は、これまでにいなかっただろう。
 
「音楽評論」を文学とした人。
 
批評の内容自体は、必ずしも共感できないところもあったけれど、その主観と客観を交えた彼だけの「文体」を持った文章は、
「作品」と呼ぶのにふさわしい。
 
記事中にに、ヴラディーミル・ホロヴィッツ初来日のリサイタルの際に語った
「ひびの入った骨董品」
という評言のことが書かれていた。
 
吉田秀和というと、いつも真っ先にこのエピソードが語られる。不思議である。
あれは、批評というよりも、そのリサイタルをテレビ放送したとき、報道陣の取材に対してコメントしたもので、彼としては決して意を尽くした言葉ではない。
それが、まるで彼の批評、人生を代表するかのように一人歩きし、扱われてしまう。
音楽を言葉で表現する困難を自覚し、吟味を重ねて書き、話すことを旨としてきた老評論家は、苦笑しているのではないか。
 
改めてこの言葉をじっくりと見つめると、吉田はすでに来日前からホロヴィッツのことを「骨董品」と評価していたことが伺われる。
ひびがはいっていなかったとしても、骨董品は骨董品なのだ。
そこには「新しさ、斬新さ」を重んじる視点がある。
その視点は、年を重ねても変わるところは無かった。高齢の、ベテランの演奏家、音楽家をさておいても、未知の若い才能に光を見出そうとする姿勢。
晩年も、それは変わらず、瑞々しい言葉を保つ泉源となっていたと思う。
 
戦後音楽のモダニズム運動の渦中に身をおき、
第一線で活動してきた吉田秀和にとって、とくに若いころの論評は「新しいものの価値を認め世に広げる」ことに傾注していた、あるいは性急だったとも感じられる。
 
その辺が、私には正直、違和感だった。
 
モーツァルトの交響曲を『美しく青きドナウ』とを構造的に比較して、結果、シュトラウスの音楽を貶めるかのような文意にしていたこと
『田園』や『新世界』など、すでに世に広く知れ渡った作品に対する評価が冷淡だったこと
そして、何より…
ムラヴィンスキーやザンデルリングなど、旧東側の音楽家への評価に、やや客観性に欠ける文言が目立ったこと(「重戦車みたい」)
 
など…
あのとき、棘のような反発を感じた批評のことが、つい頭に浮かんできてしまう。
 
それでも、彼の音楽を語る文章、言葉の豊かさ、独特の名調子には魅かれずにはいられず、新刊が出たといっては読みつつけてきた。
 
敬服、あるのみ。
 
心よりご冥福をお祈りします。
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コメント

コメント(3)
No title
6月2日深夜、NHK教育で追悼番組が放送されました。
2007年製作のドキュメント番組は当時見逃していただけに、こういうか達ではありますが、貴重な放送となりました。例のホロヴィッツ骨董品批評についても、詳しく語られ、腑に落ちました。
でもこの時間帯の放送は、いささか不親切と思います。

yositaka

2012/06/02 URL 編集返信

No title
私も追悼番組を見ました。名曲のたのしみを一生懸命聴いていた学生時代がよみがえるようでした。

籠橋隆明

2012/06/03 URL 編集返信

No title
籠橋さん、コメントありがとうございます。ブログ記事も拝読させていただきました。

>音楽の中にある「人生の姿勢」を伝える要素、美に対する共感であったり、人生に立ち向かう姿勢であったり、天才的なひらめきであったり、そういった「人生の姿勢」としかいいようのない本質的な部分を教わったように思う。自分が分からず、荒廃しつつあった私にとって吉田秀和の語りは救いの一つだったと思う。

「人生の姿勢」が現れた語り、文章、同感ですね。
昨夜も吉田秀和の著書のいくつかを読み返していました。何度読んでも面白く、発見があります。つくづく惜しい人でした。

yositaka

2012/06/04 URL 編集返信

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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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