シンポジウム・英語圏の児童文学の現状③

4人の発表の後、約1時間、ディスカッションの時間となった。

気のついた発言のみ挙げておきたい。
 
西村:
ファンタジーが消費しつくした後、パラレルワールドとは違う「死者との交感」(ダークファンタジー)の方向に    向かっているという感じがする。
:
エスニティの追及が深まっていく半面、古い体質の作品が評価されていく傾向に注意したい。エスニックな作品の特徴として、ゴーストとしての祖先をだしてくる、という形がある。アイデンティティとしての民族性を表現する方法としてこういう手法が重視されているのが、一つの特徴ではないか。
白井:
Fishtailing」は、カナダの高校教師たちが、実際の生徒の会話を聞くようだ、と話していた。
まさにこれは、現代の高校生の生活に迫る「肉声」そのもののような生々しさを持っている。たとえば、ロバート・コーミアのような鋭さがある。



カナダの多文化社会の、圧迫された状況は、どこまでつづくのかと考えさせられるものになっている。

司会:
4人のお話から、共通項が見えてきたと思う。
作られたアイデンティティの崩壊と、断片化が進む中で「語り」はどこに向かっているのか、という問題。
語法としては「三人称」から「一人称」への変化、祖先からの「語り」を取り戻そうとする動きが各国で起こっている。それがどの作品にあらわれている。
島:
ハミルトン『偉大なるM.Cの表紙には、山の上に棒を立て、揺れる棒の上に立つ主人公が描かれている。
揺れる棒の上でオハイオの居留地を眺める姿は、まさにこの作品の立ち位置。自分の場所に揺さぶられ、揺さぶりながらも、立ち続ける。ハミルトンは民族の「歌」の要素も含めて、作品に形象させている。
しかし、現在は人々はそこから出て、移動しながら生きていかざるを得ないのが現実。
移動し、様々な場所の「一員」となりながらも、アイデンティティは失わない。そんな生き方が模索されている。
シャーマン・アレクシー『はみ出しインディアンのホントにホントの物語』にえがかれた「パートタイム・インディアン」という主人公は、そんな現在をよくあらわすものではないか。
 
 
私の感想。
会場でも発言させてもらったが、今回のディスカッションの流れは文学が「移動」と「越境」の方向に向かっているという池澤夏樹の「世界文学全集」の編集方針と共鳴するものがある。
その一方、どの発表者にも共通していた「受賞作」中心の論じ方は、もしかすると
「読者としての子ども」の現状とは、ずれる部分もあるのでは、と感じる。
「笑い」や「楽しさ」「面白さ」を何よりも求める子どもたち(そして児童文学を愛する大人たち)の要望にこれらの作品が応えるものになっていればいいのだが…
 
テーマ論」と「表現論」をわけることについて。
総括的に語る場合、どうしても「テーマ」に目がいきがちだが、
文学作品で最も大切なのは「抽出された概念」ではなく「生きて立ち上がる物語や人物像」のはず。
紹介された作品は、それぞれに優れた「表現の力」を持っているに違いない。
しかし、発表内容は「テーマ」と「社会背景」にどうしても傾斜しがちだった。
そうなると例えばローリングの『ハリー・ポッター・シリーズ』も、



バージニア・ハミルトンの『私は女王を見たのか』も、



フィリップ・プルマンの『ライラの冒険シリーズ』も、ダーク・ファンタジーという方向性を見せている、と、一くくりに言えてしまう。
そうかな、と感じてしまう。
性急で独断的とは思うが、ついこんな発言をしてしまった。
 
「でも、私は、ハリー・ポッターを、ヴァージニア・ハミルトンの作品と同様な意味で『文学』とは見做したくはありません。
同列に語ることはできないと思っています。論ずるべきことはその違いの部分にもあるはずです。
短い時間で各国の情勢を語るには、どうしても概念でまとめるというのも、やむを得ない部分はあるとは思いますが。」
発表者のみなさんは、私の発言に直接には応えてくださらなかったが…

 
それにしても、多くの方からお話をお聞きして、英語圏に限っても、各国の作家たちは世代交代して、新しい作品を次々と生み出していることがよくわかった。
このところ本の読み進みが良くない私にとって、たいへん刺激になった一日だった。
「これは」と思う作品に未訳のものが多いのは、日本の児童図書出版に勢いがなくなっているせいだろうか。
そのあたりの実情は、金原瑞人さんたち、翻訳にかかわる人にもお話を聴いてみたいものだ。
訳が出ているものについては、この記事を書きながら何冊か入手。年末年始にじっくり読んでみたいと思う。
 
こちらを打ちのめすような傑作に出会えるか、楽しみである。
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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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