民族の<記憶>を伝える

日本イギリス児童文学会研究大会の報告を続ける。
 
講演6
アイルランド児童文学のいま―子どもたちに民族の<記憶>を伝えるために―


静岡大学 森野聡子
 
アイルランド共和国は1800年以来、連合王国に1世紀以上併合され、その後、独立戦争、南北分断と内戦を経て主権国家となった。そうした経緯から、カトリック教徒弾圧や飢餓による移民・家族離散、北アイルランド紛争など、トラウマともいえる民族の<記憶>が、現代アイルランドの映画や音楽になどにも色濃く反映されている。
 児童文学の場合はどうだろうか。日本では『ダレン・シャン』シリーズや『アルテミス・ファウル』くらいは紹介されているが、妖精ファンタジー以外のアイルランド児童文学についてはあまり知られていない。そこで今回は1990年に創設されたアイルランドの代表的児童文学章であるビストと児童文学賞の受賞作品より、近年におけるアイルランド児童文学の動向、特に、独立戦争や北アイルランド紛争といった悲惨な<記憶>を、現代アイルランド作家が時代を背負う子どもたちにどのように語り伝えようとしているかについて紹介したい。(要項梗概より)
 
講演はアイルランド近代史を概観することから始まった。
 
1845年に始まるジャガイモ飢饉では人口の四分の一が餓死。
1916年の復活祭蜂起では革命派の敗退に終わるも、首謀者はヒーロー化。1921年には南北分断の上、南アイルランドが独立。しかし宗教的対立から1960年には北アイルランド紛争が勃発し、21世紀まで継続する。
1969年から2001年までの犠牲者3526名、その半数以上が一般市民という悲惨な内戦であった。
 
こうした歴史的事実を題材とした児童文学が書かれ始めたのは1990年代になってから。
レジュメには膨大な作品が掲載されているが、未訳のものが多い。講演の中で特に力を入れて紹介されたものだけを挙げる。
 
・ジャガイモ飢饉以降を題材にしたもの
マリタ・コンロン・マッケナ
『飢餓の子どもたち』三部作 第1作『ホーソンツリーの下で



 
1840年代のジャガイモ飢饉によって窮乏した一家が死別・離散・移民を余儀なくされていく姿を描く。

・独立運動から内戦の時代
ジェラール・ウィラン
戦争の子どもたち




ダブリンとアイルランドを舞台に、独立戦争期を描いた6つの短編で構成。「誰もが歴史の歯車に組み込まれ、ゼンマイになっている」
 
・北アイルランド紛争
マーク・オサリヴァン
沈黙の石




テロリストの父を持つ肢体不自由な少年とカルトにはまった両親を持つ少女の出会いを描く。悲惨に満ちた、暗い物語とのこと。
 
・新たな手法の開拓
シヴォン・ダウド
ボグ・チャイルド(邦訳あり)http://www.amazon.co.jp/dp/4902257211



 
1981年、北アイルランド。国境近くの村に暮らす高校生・ファーガスは、紛争が続くこの土地から離れて、イギリスの大学で医者になることをめざしていた。ある日、泥炭の盗掘にでかけた湿地で、ファーガスは少女の遺体を発見する。一方、アイルランド独立をめざす兄・ジョーは、獄中でハンガー・ストライキを敢行。死へのカウント・ダウンがはじまる。故郷への思いと、自由への渇望とのあいだで揺れるファーガスは、兄の命をかけて、ある決断をする湿地の少女の死の真相とは?2009年度カーネギー賞(アマゾン紹介文)
 
ファンタジーに近い手法で悲惨さを回避。「大義」とは何かという間を突き付ける。
 
紹介された作品は国家の歴史を背景にした重厚なリアリズム作品が多い。
もちろん文学章受賞作品だからそうなるのだろうが、
1960年代~70年代にかけて、日本にテーマ主義のリアリズム児童文学が続々出版された時代を思わせる。
読者である子どもたちは、大人からの果敢なメッセージである深刻な作品群をどのように受け止めているのか。
森野さんに質問してみた。
 
「読者の状況は、日本とあまり変わりません。大人は確かに優れた作品を歓迎し、読書活動を推進していますが、書店で売れているのは『ハリー・ポッター』などです。
ただ、教育活動の中で活用するのは積極的で、副読本として使われることもあるようです。また、作家たちは創作に意欲的で、社会にも認めていこうとする機運はあります。今後は日本への紹介も増えていくと思います。」

アイルランドの歴史や文学に知識が乏しいネコパパには、ひたすら聞いて学ぶ講義になったが、
深刻な状況の中でも、子どもは生きていかなければならない。
児童文学の作家に意欲があるということは、子どもたちに未来を語る機運がこの国に脈々と生きている証でもある。
邦訳が少ないのは残念だが最近出版された『ボグ・チャイルド』傑作の予感あり。
読みたい意欲が掻き立てられる。


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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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