他者としての家族

「ダイアナ・W・ジョーンズ『ハウルの動く城』に見る他者としての家族」
川村学園女子大学 菱田信彦
 
ダイアナ・W・ジョーンズのファンタジーには家族とのかかわりを主題とするものが多い。…『ハウルの動く城』においても、主人公のソフィーとハウルがそれぞれ家族の問題を抱えていることは興味深い。物語の冒頭でソフィーは家族との別離を経験し、荒地の魔女の呪いによって自分も住みなれた家を出ていく。ハウルの方でも故郷のウェールズに残した身内との葛藤があり、魔女の攻撃はその身内を通して彼に仕掛けられる。そして魔女と『火の悪魔』に対するソフィーとハウルの戦いは、ばらばらになったソフィーの家族が再び一堂に会することによってクライマックスを迎える。…『ハウルの動く城』を家族の再生の物語として読み解く。(要項梗概より)
 
あれ、『ハウルの動く城』、って、ジブリの映画のタイトルじゃなかったっけ。この本は確か別のタイトルで…






 
ところが原題は『Howl'sMoving Castle』、直訳すると、まさにそれなのだ。
 
菱田さんの話は25分、猛烈な早口で、聞きとるのが大変だった。レジュメ資料もなし。でもそれが情熱的で、印象は悪くなかった。

発表の内容をメモでたどると…
 
この作品での戦いとは、自分と家族を再発見するということである。長女ソフィーは魔法で老女に変えられるが、元々彼女の生活は老女のようなもの。魔法はかえってソフィーから遠慮のないもの言いや家からの解放をもたらす。ハウルも家族との葛藤を持つ現実世界の住人だが、もうひとつの世界では魔法使いとなってしがらみから逃れる。
ハウルの師とされる大魔法使いサルマンは、物語には登場しない。断片としてばらばらに存在するだけである。
彼は、ル=グゥイン『ゲド戦記・影との戦い』に登場する「ゲドの影」のような、「ハウルの影」と見ることもできる。



ただし、ゲドのように自分にとり込むのとは逆に、ハウルは断片をつなぎ合わせることでサルマンを次第に「他者として認識」していく、そんなもう一人の自分なのである。
ハウルの動く城は、このように「断片」を次第に「一個の人間」として再認識していくという主題がちりばめられた作品である。ソフィーはハウルを目覚めさせるための「呪い」であり、ソフィーの家族再発見、再認識はハウルのそれと重なっていく。
物語は、あたかもウェールズの現実世界にいる少年ハウルが作り上げていくゲームソフトでもあるかのようだ。
「誰かと深いかかわりを持ちたいと思うならば、その人を『他者』(一つのまとまったテクスト)とみて、たくさんの断片をつなぎ合わせ、一つの人間に構築していかなければならない」という思想が読み取れる。
家族の再生も「家族は他人」という認識から始まるのだ。
その他、この作品にはアーサー王伝説を思わせる名称や、昔話の構成を引用したものなど、幾多の「解明を待つ断片」にあふれている。読み解くべき課題は多い。

 
ネコパパは『魔法使いクレストマンシ―・シリーズ』などダイアナ・W・ジョーンズの作品をいくつか読んでいる。

菱田さんの指摘は、腑に落ちる。
ジョーンズの描く作品群は、パラレル・ワールドの集積でできており、「魔法使い」とは多数の世界を往来できるもののこと。
読者が投げ込まれた物語は、いずれもそこが、どのような仕組みでできた世界なのかよくわからない。
説明がないままに展開し、やがて全貌が明らかになっていく。それはまさに、テクストが「一人の他者」として見えてきたとき、物語は完結する、という指摘と一致するものだ。


ここには「読み解くことを期待された」作品の世界がある。ジョーンズは、断片的情報に溢れすぎた世界の読み方を、一つ一つの作品で伝えようとした作家と言うことができるかもしれない。


そういう作品には、物語の論理を解明し、解き明かしていくような「解釈」にも説得力があるのだ。
 
宮崎駿監督の映画『ハウルの動く城』は、後半の物語や世界観を大幅に変更し、明快な原作を解体して混沌としたものに変容させているため、全く同列には語れないが、



宮崎もまたジョーンズの原作に刺激され、別種の断片を次々に生み出してしまったのではないか。


両者の比較論も菱田さんに聞いてみたい。
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コメント

コメント(6)
No title
おはようございます。
今回の話題には全くついて行けてません。が、ゲド戦記の表紙を見て、それを読んでいた頃のことをいろいろと思い出しました。
図書館で借りて、読み直してみようと思いました。

”音”故知新

2011/12/04 URL 編集返信

No title
映画『ハウルの動く城』は、ご覧になりましたか。
混沌とした作品なのですが、あとで原作を読むと、あまりの明快さに驚いたものです。
ウィン・ジョーンズさんは「仕掛け」の名人です。気がつくと、作者の仕掛けにまんまと乗せられている自分に気付き、その快感をまた味わいたくなり他の作品を読む…
そんな幸せな読者をたくさん持つ作者です。
今回のお話はそんな「謎解きをさそう作家」と読んでいただければいいのです。
ジョーンズさんは、残念ながら今年初め、癌との壮絶な戦いののち亡くなられたそうです。いまはソフィーのように「もうひとつの世界」の旅人となっているのかも。

yositaka

2011/12/04 URL 編集返信

No title
菱田です。私の研究発表をお聞き下さったとのことで、ありがたく存じます。
レジュメは配布したのですが、お手もとに届かなかったでしょうか。そうでしたら申し訳ありません。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

Hishida

2011/12/07 URL 編集返信

No title
これは菱田さん。驚きです。
つたない感想ですがお読みくださりありがとうございます。レジュメは確認したつもりでしたが、ないものと思って必死で聞かせてもらいました。聞き間違っていないか心配です。
たいへん刺激的な発表でした。趣味で児童文学のことを読み書きしています。今回の学会は、研究の最先端にふれる貴重な機会でした。
今後もご教示ください。

yositaka

2011/12/07 URL 編集返信

No title
こんばんは。
映画『ハウルの動く城』はみていません。子供に関わることから、かなり遠ざかってしまっています。というのより、物語自体を読めなくなってきている感じがします。

吉本ばななのデビュー当時のぼくはどこに行ってしまったのでしょうか。

図書館にも行けていないので、明日にでもいってみようと思います。

ダイアナ・W・ジョーンズで検索をかけてみようと思います。

”音”故知新

2011/12/07 URL 編集返信

No title
おはようございます。音故さん。
>物語自体を読めなくなってきている
その自覚は、私にもあります。

物語を書くのは、作者にとっては雑文を書くのとは違う、命を削る仕事だと思います。やはり体力がいるのでしょう。
手当たりしだい読む、ということはできず、といって本への興味を抑えることもできず、未読の山を蓄積している毎日です。

でも今は「すべて読みきる」ことはあきらめ、出会いを大切にする、出会いの可能性を高めるために手元に置く…そんな立ち位置でいくしかないな…と近頃は思っています。

yositaka

2011/12/08 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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