カデンツァ事件

これは、クルト・ザンデルリング指揮バイエルン放送交響楽団による珍しいモーツァルト・アルバム。謎のレーベル、サルダーナ盤、1990年代の録音と思われる。




特にピアノ協奏曲第23は名演で、エレーヌ・グリモーが強めのタッチを駆使して陰影の濃いモーツァルトを奏でている。ゆっくりとしたザンデルリングの指揮とともに、現代のピアニストとしては珍しい、巨匠タイプの音楽作りだ。
ここでグリモーは聴きなれないカデンツァを弾いている。
重々しく鋭い音が立ち上がる、ロマンティックなカデンツァ。もしや自作か、と思っていたが…そうではないらしい。
 
最近、そのグリモーが、バイエルン放送室内管を弾き振りしてのピアノ協奏曲第19番と23番のライヴ録音が発売された。20115月の録音だ。ドイツ・グラモフォン。




 
23番で彼女が弾いているカデンツァは、フェルッチョ・ブゾーニの曲だという。


ブゾーニは、後期ロマン派の作曲家で、バッハの『シャコンヌ』のピアノ用編曲などでも知られている人だ。
残念ながら、ネコパパはこの新盤を聴いていない。
でも、ザンデルリング盤で弾いているのも、おそらくそのブゾーニのカデンツァだろう。
 
この新録音をめぐって、事件が持ち上がっていた。


報じているのは、「ニューヨーク・タイムズ」2011.11.2の記事
あるサイトの掲示板でリンクされていたのを読んで、知ることができた。英文だが、翻訳ソフトの手助けで要旨をつかむことができた。
 
当初、この2曲の録音は、クラウディオ・アバド指揮ルツェルン音楽祭管弦楽団と行う計画で、準備が進められていたのだが
録音の当日になって、アバドはこのブゾーニのカデンツァに難色を示した。
この曲には一般によく知られている、モーツァルト自身の書いたカデンツァがあり、当然そちらが優先して演奏されるべき、というのが理由のようだ。
しかしグリモーは、カデンツァはソリストの領域、ブゾーニの曲はモーツァルトよりも優れており、私はこれで演奏したい、と譲らず、ついにはグラモフォンの首脳陣を巻き込んでの揉め事になってしまった。

結局、ルツェルンでの録音は中止。
計画は変更となり、録音はグリモー弾き振りのかたちで、彼女の音楽に共感的なミュンヘンの演奏家たちとともに行われることになった。それが今回のディスクである。
 
ブゾーニのカデンツァはウラディーミル・ホロヴィッツも愛奏し、カルロ・マリア・ジュリーニ指揮でグラモフォンに録音している。12歳の少女時代にこれを聴いたグリモーは、すっかり魅せられ、演奏を続けているという。
 
クルト・ザンデルリングは、グリモーのやり方を当然のことと認め、バイエルン放送交響楽団との演奏会でも、見事な演奏を成し遂げた。
そのことを忘れなかったグリモーは、ザンデルリングとの思い出の地、ミュンヘンで、当時のメンバーも含むオーケストラとともに、この曲を録音することにした…のかもしれない。
 
 
演奏面では、楽員との協調をモットーとし、聴き手からみると、そのせいもあるのか、時に主張の弱さも感じさせるクラウディオ・アバドだが、譜面に関しては、意外や、ソリストの領域に踏み込むほどの頑固さを持っているようだ。
一方、ザンデルリングは個性を強く打ち出すタイプではないものの、彫深く、心に達する音楽づくりに妥協はない、昔堅気の頑固な指揮者である。しかし、ソリストの個性や解釈は十分に尊重するタイプらしい。
アバドとグリモーの共演がどのような音楽を目指していたのか、今となっては知る由もないが、もし録音が実現していたとしても、アバドは、ザンデルリングとの演奏を、はたして「音楽の力」で超えられただろうか。
 
ネコパパの頭には、ふと「器」の一文字が浮かんでしまった。
いや、失礼。偏見です。
 
しかし…新盤への興味が猛然と湧いてきてしまう。さて、どうしよう。

カデンツァ(cadenzaKadenz)とは、一般に、独奏協奏曲にあって、独奏楽器がオーケストラ伴奏を伴わずに自由に即興的な演奏をする部分のことである。なお、イタリア語の「カデンツァ」もドイツ語の「カデンツ」も、もともとは終止形としての和音進行を意味しているが、一般に協奏曲の即興的独奏部分については「カデンツァ」が使われることが多い。
古典派の独奏協奏曲にあっては、通例、第1楽章のソナタ形式の終わり、コーダの部分で、一旦オーケストラによる合奏を中断する。その後、独奏楽器に自由な演奏をさせたあと、再び合奏となり楽章を終結する。典型的な例では、四六の主和音上で合奏が停止し、属音上のトリルを以て独奏部分を終わる。この場合、和声的には独奏部分全体を巨大な一つの属和音とみなすことができる。
上述のように元来、独奏者が自由に即興的に演奏していたが、やがてカデンツァを楽譜に書き残し、またその楽譜に従って演奏するということが行われるようになってきた。こうして、ひとつの協奏曲に異なる複数の作曲家がカデンツァを書くようになり、現在では演奏家はその中から選んで演奏するのが一般的である。
―ウィキペディアより
 
関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメント(0)
コメント投稿
非公開コメント

プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

ご訪問ありがとうございます

月別アーカイブ

検索フォーム

QRコード

QR