シンポジウム「子どもの物語・大人の物語」④

ひこ
「では、会場の方からの質疑応答に行きましょう。」
 
質問者A
「マンガの分野では、ボーイズラブ(BL)というテーマを享受している読者層があります。それについてのお考えを…」
 
越水
「ボーイズラブは「萌え系」にふくまれるのかな。病弱な少年が主人公の畠中恵『しゃばけ』もそうだし『新撰組』人気もその流れですね。いずれも男と男の友情に萌える分野です。でもこれをとくにBLと読んで区別しなくても良い気がします。」
 

 
 
令丈
「『源氏物語』以来のものですね。日本には「少年愛」の長い伝統がある。」
 
里中
「ジャンル分けはすべてではありません。
しかし「少年愛」については、海外では驚きの目で見られています。日本は器・視野が広い。表現に制約も障害もないということで。この国では何を書いてもしょっぴかれないというのはすばらしい。でも、その反面、何でも書けるが、社会に訴えるような強いテーマ性が生まれてこない面もあると思います。
子どもと大人に等しい価値観を認めている日本の文学に、作家も読者ももっと自信を持ちましょう。「ゆるやかな境界線」を大切にすることが未来への道です。」
 
質問者B ネコパパ
「ひこさんに質問です。さきほど雑誌『飛ぶ教室』が70年代の長編作品成立の基盤になったというお話ですが、年代的には長編群のほうがはやい。連載に誌面を提供したのは『子どもの館』や『教育評論』『少年補導』などの地味な教育雑誌だったのでは。
もうひとつは『ふしぎなふしぎな子どもの物語』で触れられている成長という言葉の定義づけです。いろいろな意味があると思うのですが、同書では、ややあいまいなままで使われている気がするのです。
それと、上野瞭さんのお話が出ましたが、ひこさんは上野さんの『現代の児童文学(中公新書)を引き継ぐものとしてこの本をお書きになったのではありませんか。」
 

ひこ
「雑誌『飛ぶ教室』の位置づけ(長編を生み出す基盤となったという発言)の疑問点については、おっしゃるとおりです。ここは訂正しなければいけませんね。
成長という言葉のとらえかたについては…一般に「成長を描きにくくなった」過程というのを多様なメディアから、まずは検証したかった、という意図です。
ネコパパさんのおっしゃるとおり、上野瞭さんの志を意識しています。
アニメやゲームについて多くページを割いているのは「出すため」。言ってしまえば『プリキュア』と『ガンダム』の論考があるから出せたのです。それくらい、今このテーマで本を出すのは至難なのです。」
 

 
質問者C
「臨床心理学を教えているものです。抽象的かもしれませんが、作家の中で「物語の中で子どもを書く」ということを可能にしているのは何だと思われますか。」
 
今江
「自分の中で、子どもがいつまで生きていけるか」を掘り下げようとしているのです。
子どもにしかないものがある。それを一つ一つ解明していくのが作品作りやね。
でも枚数の制約もあるから、書きたいことを書きたいだけ書く、というわけには、いきません。そのへん、マンガは人気が出れば、どんなに長くなってもいいところがあるから、ええなあ、と思う。」
 
里中
「物語の中の『その子』をどれだけ見つめていられるか。
子ども時代を思い出しつつ、それにも頼りすぎず、なおかつ読者に共感されるように書く…」
 
ひこ
「子どもにわかるように書くというのはどうしたらよいのか、苦労です。
自分の大きくなりすぎた身長を、子どもの身長にあわせようとする苦労ですね。」
 
野上
「何が「子どもの物語」なのかという問いかけは、なかなか語りえないものです。
「子ども」という名前の子どもがいるわけではなく、「ひとりひとりの子ども」の物語がある。それぞれにみんな違う物語が…というところで時間を大幅にオーバーしました。
このシンポジウムは来年以降も継続していきます。第2回浜松で「子どもの本と翻訳」第3回は開催地未定ですが「子どもの本と宇宙」。今後もぜひご支援を…」
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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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