指揮者ザンデルリング、逝去

ドイツの指揮者、クルト・ザンデルリング氏逝去。
918日、99歳の誕生日を迎える前日だったとのこと。
ご冥福をお祈りいたします。
 
 
ラフマニノフ、ピアノ協奏曲第2番。
リヒテル(ピアノ) ムラヴィンスキー指揮 レニングラード・フィル
 
これは『レコード芸術』の70年代の別冊付録の「レコード総目録」に、かなり長い期間掲載されていたレコードである。
だが、そんな録音は実在していない。
これがその実物。


 
実際の指揮者は、クルト・ザンデルリング。
ジャケットにはそう明記されているのだが、発売元の日本ビクターは、帯や広告その他の媒体には、A面に収録されているチャイコフスキー、ピアノ協奏曲第1番で指揮しているムラヴィンスキーの名前のみで通した。そのため、目録にも誤った記載がされた。
ザンデルリングの名前は、意識的かどうかは知らないが…無視されたことになる。
 
彼の名が日本で注目されたのは、1973年のシュターツカペレ・ドレスデンとの来日だっただろう。
(初来日ではない。すでに1958年、レニングラード・フィルに帯同して来日しているが、期待されたムラヴィンスキーは来ず、注目度は一気に下がった。いつもこれだった!)
NHKFMで放送されたドレスデンとのブラームス、交響曲第1番の演奏は、心に刻まれるものだった。
じっくりとしたテンポの中に、木質の香りが漂う。放送での聴取ではあったが「オーケストラの音色の魅力」というものを初めて意識させられたのは、このときだ。



しかし、またも不運。
この公演はカラヤン、ベルリン・フィルと時期が重なった。世の話題はカラヤンに集中した。
さらに、大御所音楽評論家、吉田秀和はなぜか新聞批評でドレスデンを酷評。
以後たびたび来日し、ベルリン交響楽団とも公演。読売日本交響楽団とも深いつながりを持ったが、当時の一般的な認知度はどうだっただろう。
「地味なドイツの中堅」というあたりではなかっただろうか。
 
ドレスデンとのブラームスに感銘しながらも、私はこの演奏が指揮者のものかオーケストラのものかを見極められずにいた。
結局、ザンデルリングが巨匠として認められていったのは、もう引退も近い90年代以降と思う。
おそらく決め手は、1990年録音の、ベルリン交響楽団を指揮した二度目のブラームス交響曲全集だったはず。

以後は、バイエルン放送交響楽団、ベルリン・フィル、ロイヤル・コンセルトへボウ、ケルン放送交響楽団などとの精力的な活動が引退間際まで続く。しかしその時期、指揮者は録音に関心を持たず、またレコード会社も積極的なレコーディングを行わず、2002年の引退を迎えてしまう。
レコード鑑賞を中心とする音楽愛好家にとっては、どこか間が悪く、不運続きの人だった。
 
ザンデルリングの音楽は、とても言葉にしづらい。

HMVのサイトでは詳細な追悼記事が掲げられたが、
演奏そのものについては「重厚長大スタイルながら情感が非常に豊かな演奏を聴かせた大指揮者。…肩の力の抜けた自然で幅広い音楽の流れが感動的」とあるだけ。
 
遅いテンポ。
厚みのある、重く暗い響き。
細部まで練り上げた上で、表面はごく無作為に流れていく音の塊。
朝比奈隆やクレンペラーに似ているようで、違う。ザンデルリングの音楽は、彼らよりずっと内向き。
それがブラームスに似合う。
ザンデルリングの音楽はブラームスそのもの、と言っていい。

最高の遺産、ブラームスの二つの交響曲全集については、ハルコウさんの記事を、ぜひ。

彼の音楽は、ブラームスの感性で解釈されたショスタコーヴィチであり
ブルックナーであり
マーラー、シベリウス、ラフマニノフだった…ということなのかもしれない。
 
それだけに、ベートーヴェン、特に『田園交響曲』では、遅く不器用な歩みで情感が不足するようにも感じるが
ショスタコーヴィチの『交響曲第15番』では
その遅さ、内気さが音楽の最深部まで届いていることが実感される。



シベリウスの交響曲も『第3』『第4』『第6』のような内向きの楽曲がぴったり。
なぜかベルリンクラシックスのボックスには含まれていないが
『悲しきワルツ』も心の琴線をかき鳴らす名演奏。



ブルックナーでは、小難しい曲という印象のぬぐえない『第3』を最も得意にした。
ゆっくりと、濡れた情感に浸るブルックナー。しかし慈父の厳しさは決して失うことがない。
それが、いかにもこの指揮者らしい。

協奏曲の伴奏も得意だった。また積極的だった。
独奏者との共演を好み、ピアニストの要請があれば苦手な録音にも乗り出したほど。
エレーヌ・グリモーとのブラームス、ピアノ協奏曲第1番や
内田光子とのベートーヴェン、ピアノ協奏曲全集。
そして引退コンサートでの、やはり内田光子とのモーツァルト、ピアノ協奏曲第24番ハ短調。
これらの名演奏が晩年に残されたのは、愛好家にとってせめてもの慰めだ。



数多く残されているライヴ、放送録音には「人類の宝」と言える名演奏が記録されているはず。今後の発売を期待して待ちたい。
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コメント

コメント(6)
No title
私は強面の印象があります。でも職人的な感じのする人だったようにも思います。TBさせてください。

SL-Mania

2011/09/25 URL 編集返信

No title
SL-Maniaさん、音楽家とイデオロギーの問題も興味深いですね。ザンデルリングが生涯共産主義の節を貫いたことは、音楽にどう影響していたのでしょうか。

ショスタコーヴィチを重要なレパートリーにしていたけれど、その解釈はまったく外面的ではなく、繊細でデリケート、深い苦悩に満ちています。長年ともにあったムラヴィンスキーとはずいぶん違う音楽です。

yositaka

2011/09/25 URL 編集返信

No title
真剣に読んでいたのですが、拙ブログのご紹介でずっこけてしまいました。もっときちんと書けばよかったです。お恥ずかしい……。でも、ありがとうございます。

ところで、私が一番好きなラフマニノフ/ピアノ協奏曲全集は、ペーター・レーゼル(p)、クルト・ザンデルリンク指揮のベルリン交響楽団のものです。リヒテルとのラフマニノフは、第1番が凄いと薦められて以来、購入しなければと思いつつ今日に至っています。

ハルコウ

2011/09/25 URL 編集返信

No title
ハルコウさん、勝手にリンク、申し訳ありません。
ザンデルリングといえばブラームス、ですが、私の好きなのは、音に芯があるシャルプラッテン録音で、この高名な二つの全集は、実はちょっと苦手なのです。
演奏のすばらしさには賛嘆しますが、音が。良し悪しではなく、たぶん、音が引っ込み気味なのが原因で、あまり拙宅のターンテーブルにのりません。
そんなわけで、私にはハルコウさんのようにはとうてい書けず、下駄を預けてしまいました。

yositaka

2011/09/26 URL 編集返信

No title
はじめまして、というかかなり前にブログリンクに登録していただいていたんですね
yositakaさんはわたしと同齢かもしくは、ひとまわり上の方だとお見受けします
ザンデルリンク/SKDのブラームスの3番のFM放送をポケットラジオで聴いて以来、
無視出来ないどころかブラームスに関し、こりゃカラヤンより上だとおもったのが中学1、2年の頃だったと思います
今ではノスタルジックな意味合いにおいてのみカラヤンを聴いているんですが
朝比奈やケンペのブルックナーに馴れた耳で、カラヤンのEMI盤はちょっとつらいものがありますね

neoros2019

2011/10/04 URL 編集返信

No title
neorosさん、ようこそ。
同年代の人が同じような体験をしているのを知ると、嬉しくなりますね。価値観の多様化した現代では、なかなか得がたいことかと思います。
さて、朝比奈、ケンペ、ザンデルリングなど大器晩成の演奏家と比べると、カラヤンは壮年期、フィルハーモニア時代や60年代初頭までのベルリン・フィルとの録音に実在感を感じます。旬の時期は人それぞれ違う、ということでしょうね。
それとは別の問題もあります。カラヤンはオーディオファンで、自分の録音された音にもこだわりがあったのでは。映像ほどではないまでも、彼の録音にはある種の「癖」みたいなものを感じます。それが、音楽を素直に楽しませてくれない要因になっている気もするのです。

yositaka

2011/10/05 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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