クリヴィヌの『海』

ドビュッシーの交響詩『海』。
 
正確には交響詩ではなく「三つの交響的スケッチ」というのだそうだが
交響詩、という日本語がこれほど似合う音楽もないのではないか。実景の描写ではなく心の中の印象を音楽にした純粋音楽だから、交響詩という言葉はあたらない、という人もいるが、
私はむしろ、それこそ「詩」という言葉であらわすべきものと思う。
 
さて、この曲、亡き友に誘われてブーレーズ盤を耳にし、たちまち魅力に取り付かれたことは以前にも書いただろうか。
凍てついた冬の海のようなブーレーズも、斬新な演奏だったが
私はもっと別なものも聴きたく、いろいろの音盤を訪ねて回るようになった。
 
指揮者の情熱が厚いうねりとなる、シャルル・ミュンシュ指揮フランス国立放送管弦楽団。
厚い雲に覆われたようなモノクロ・サウンドが特徴的なコリン・デイヴィス指揮ボストン交響楽団。
真っ暗な深海を潜水艦でゆっくりと航行するような、セルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィル…
 
など、記憶に残る名盤は多い。
 
しかし結局のところ、長年の愛聴盤となっているのは不変。それは
エルネスト・アンセルメ指揮スイス・ロマン度管弦楽団のデッカ、1957年盤。(ステレオ録音の古いほう)
ピエール・モントゥー指揮ボストン交響楽団のRCA盤。
 
両者に共通するのは、直裁で明晰、決して雰囲気に流れないこと、それでいて、演奏者の音楽への熱中と傾倒が、切実に伝わってくるところだろうか。
録音は確かに古い。アンセルメなど、オーケストラの精度も、気になる人なら見劣りする、と言うかもしれない。
モントゥーにいたってはモノラルだ。すばらしく鮮明だが、条件としては不利だろう。
 
それでも、私は、これ。
どうやら私は、ドビュッシーの音作りの特徴といわれている、よく溶け合った水彩画のような、ブレンドされた響き、というのがあまり理解できていないようなのだ。
 
先日、このディスクを耳にした。
フランスの指揮者、エマヌエル・クリヴィヌの、2009年録音の新盤。
 

 
どうやら「第三の愛聴盤」があらわれたようだ。
 
私の好みの、隅々まで見渡せるような明確な響きの中に、各楽器が、各パートがニュアンスに満ちた音楽を奏る。
全体のテンポはごく普通なのに、
一つ一つのフレーズは、まるで生き物のように刻々と変化する。
 
ホルン、フルート、オーボエ、ハープ、一人ひとりの奏者が互いの音を聞きあい、強すぎず、弱すぎず、どこをとっても、これしかないという音を紡ぎ出す。
盛り上がる部分でも、金管が音を割って咆哮するなんてことは一切なく、
互いの領分を侵さないぎりぎりのバランスを保ちつつ、力にあふれ、躍動する。
この演奏の最大の特徴である、テンポの伸縮や音色の変化は、まるで奏者一人ひとりが即興で行っているような自在さ、自然さだが、それが音楽に命を吹き込む。
譜面どおり、メカニックに音を出していると感じるようなところが皆無なのだ。
 
このディスクに刻まれているは、「離れ業には聞こえない離れ業」といったらいいだろうか。
 
クリヴィヌの「読み」と指揮者としての「伝達能力」の卓越さ。
こういう練り上げられた音を、魔法のように自然に生み出す指揮者といえば…、私には一人しか思い浮かばない。
アンドレ・クリュイタンス。
でも、この60代前半で急逝したベルギーの指揮者は『海』の録音を残さなかった。
 
ルクセンブルク・フィルハーモニー管弦楽団。
昔、ルイ・ド・フロマンという人が指揮した廉価盤がいくつも出ていた、あのオーケストラだろうか?「卓越した表現力」とHMVレビューに書かれている。この言葉はこの団のためにあるようなものだ。
 
久々に、聴き終わるのが惜しいと感じるディスクだった。
 
 
 
ところでクリヴィヌは以前、リヨン国立管弦楽団を指揮してDENONにも録音している。

 
これも架蔵している。
一度だけ聴いて、ただならぬ演奏とは感じた。でも、聴き返しはていない。
なぜだろう。私好みの「明晰な音」が聴けなかった?
でも、聴きなおさないと。
 
 
追記
ルクセンブルク・フィルはフロマンが率いた「ルクセンブルク放送交響楽団」が改称した団体で、同じオーケストラといっていいでしょう。サイトのオーケストラ事典「私的百科全書」からの情報です。
また、ウィキのクリヴィヌの項では、彼の経歴について興味深いことが書かれています。もともとヴァイオリニストだったのが、「カール・ベームとの出会いによって」指揮者に転向したというのです。その「出会い」の具体的な内容がぜひ知りたいものです。
 
 
 
 
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コメント

コメント(4)
No title
中学生の頃から慣れ親しんでいた、ドビュッシーの「海」「夜想曲」「牧神の~」は、管弦楽曲の定番と思い込んでいたのですが、最近はそうでもないようです。「夜想曲」を記事にしたとき、そのことに気がつきました。余所のブログでも「ドビュッシーは前衛的なので……」という書き込みをみてビックリしています。ラヴェルのほうが人気があるようですね。
「海」に関しては何度も繰り返し聴いたアンセルメの録音(私のCDでは1957年の表記)が最も安心して聴けますが、聴き比べをしたらもしかしたら分が悪いかもしれません(?)どの演奏でも楽しめますが、なぜか私が好きなデュトワは、ドビュッシー(そしてラヴェル)についてあまり印象がよくありません。最も聴いてみたいのは最近贔屓にしているマイケル・ティルソン・トーマス/フィルハーモニア管の演奏です。クリヴィヌのドビュッシーは私のお気に入りですが、再録音をしているなんて知りませんでした!

ハルコウ

2011/09/22 URL 編集返信

No title
おはようございます。ハルコウさん。
アンセルメは57年でしたね。訂正しました。ご指摘感謝。
ティルソン・トーマス盤は架蔵しています。スケールの大きい、良い演奏です。なぜか、ソニーは彼の音源に冷淡で、入手しにくいものでした。今はどうなのでしょう。
ドビュッシーの得意な人はたいていラヴェルも録音するものですが、クリヴィヌはやっていません。それでなお、ドビュッシー、2回目の全集をやろうとしています。私はドビュッシーとラヴェルは全く違う音楽と思っていますので、そんなクリヴィヌの姿勢につよい主張を感じます。
第2弾として『夜想曲』も発売されたので、これも聴いてみたいと思っています

yositaka

2011/09/23 URL 編集返信

No title
クリヴィヌは、フィルハーモニアと入れたモーツァルトのプラハもなかなか素晴らしい演奏でした。
ドビュッシーもさぞかしと思われます。
私も注目している指揮者の1人です♪

Kapell

2011/09/23 URL 編集返信

No title
kapellさん、私もモーツァルトの40番と35番「ハフナー」を組み合わせた一枚を持っています。
クリヴィヌは、40番はクラリネット入りの改定版、35番は新旧のモーツァルト全集譜のミックスで演奏するなど斬新な視点がありますし、シンフォニア・ヴァルソヴィアとフィルハーモニアを曲に応じて振り分けるという贅沢さ。このモーツァルト・シリーズも再評価が必要ですね。

yositaka

2011/09/24 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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