新鋭作曲家のコンサート

こんなコンサートを聴いてきた。


場所はごく普通のマンションの一室。
靴を脱いでスリッパに履き替え、「居間」に入っていくと
そこは最大50人ほどの観客がはいることか゛できる、コンサート会場になっている。
芸術大学出身の若い音楽家たちがよく利用する場所なのだそう。

二人の作曲家の作品は、ピアノ・ソロ、ヴァイオリンとピアノ、チェロとピアノ、フルートとピアノ、ピアノトリオ…
と多様な楽器編成。
二人曲はそれぞれに個性的だ。

浅井作品は、自己の内面を見つめたシャイな音楽。
中山作品は、おしゃれな外見のなかに底知れない野心が見え隠れする、攻めの音楽。

一曲一曲は数分の小品で、
「現代的な作曲法」は避け、といって「ポピュラー音楽」でもない、
親しみやすいクラシックを目指しているという点で共通している。

ピアニストが急遽出演できなくなり
急遽、代わりの奏者をさがすことに奔走したり
曲が当日になって大幅に変更されていたり

さらには演奏の最中に体調不調になった演奏者が休養している間
作曲者自身がピアノをたたきながら
自分の作曲技法を「講義」するなど
まさに当日のコンサート全体が、奇しくも「偶然性・即興性」をねらった前衛的な一曲の現代音楽(一幕のオペレッタ)になっていた。

「現代的な作曲法」を避ける二人にとっては、皮肉な結果かもしれない。

それにしても、すべてがオリジナル曲によるコンサートとは
言ってみればモーツァルトやベートーヴェンの時代の演奏会と同じようなもの。
当時の聴衆なら、いま、初めて演奏される音楽に人々聴き入り、時には喝采し、時には反発したのだ。ときには椅子を蹴って立ち去りもしただろう。

しかし、この日のコンサートではそのようなことは起こらず
新古典主義の色合いのおしゃれな音楽を、お行儀のいい聴衆が親密に聴く、という状況になっていた。
そこがちょっと物足りない。
30人の聴衆も、いっそオペレッタの出演者のように歌ってしまえばよかったのに…などと、わけのわからぬ感想である。




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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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