マイルス・イン・ストックホルム1960

Emoくん提供の音源。
CD4枚組の大作だ。


マイルス・デイヴィス・イン・ストックホルム1960

これをめぐる、Emoくん、Sigeくん、ネコパパのメールのやり取りが面白い。
ちょっと手をくわえて転記し、紹介の言葉としたいと思う。


E「これは、すごいですよ。私、半分泣きながら聴きました。マイルス、1960年ストックホルムでのライブのコンプリ盤です。(こんなのがあるとは知らんかった!)1960年ですから、やはり、コルトレーンが入っています。演奏がイイ!」


N「コルトレーンが抜ける寸前のコンサートと、抜けた直後のコンサート。どちらもストックホルムというのが面白いですね。
聴きごたえありますねえ。前半ではコルトレーンが爆発的に自己のスタイルに没入していて、もはやマイルス・グループとの別れも間近という気分濃厚です。
一方後半では、スティットがコルトレーンのピンチヒッターを務めていますが、どこか気楽な演奏で、マイルスとは遠い音楽のように思います。ケリーのピアノの音色はすばらしい。そして録音も見事。」


S「このころの事情を、マイルスの自伝から引用しよう。

『`スケッチ・オブ・スペイン`がすべて終わったら、オレはしばらくの間、スタジオに入る気にはなれなかった。ギル・エバンスも、同じ思いだった。わかるだろ、あんなに苦労したんだ。で、1960年の3月から4月いっぱいは、ヨーロッパツアーに出て、気分転換することにした。…ところが、コルトレーンが行きたがらず、出発前にバンドを辞めようとしていた。そんなある晩、ウェイン・ショーターという男から電話がかかってきた。「テナーを探しているそうですね。トレーンが僕を推薦したようですが。」ショックだった。「自分で見つけるさ!」と言って、ガチャンと切った。トレーンに会って、 言ってやった、「オレに、あんなふうに電話してみろなんて、誰にも言うな。辞めたけりゃ辞めろ。でも、ヨーロッパから戻ってからにしたらしたらどうだ」。このツアーはとても重要だったし、トレーンの他に曲を知っている奴もいなかった。だから、もし辞められたら困ったことになっただろう。 
奴は、ヨーロッパに行くことは承知したが、ツアーの間中、ぶつぶつ文句を言いながらも、いつも一人っきりになっていた。ツアーに出る前に、これが終わったら辞めると、きっぱり言い切っていた。』

今回感じたことは、コルトレーンは落ち着いて堂々と組み立てている。以前聞いたときは、なんだかふてくされ、内に籠もり、マイルスにすこし反抗的になっているようなコルトレーンのソロに聞こえたが、いやいやどうして。落ち着いてハーモニーチェンジの限界を探り、簡単なモチーフをどう展開するのかという試行をし、ちょっと前に登場したオーネットコールマンと自分の違いを音によって明確にしようとするコルトレーンがいることがわかっ た。しかも、セカンドセッションでは、透明感さえ出てきている。Emo君が泣けたというのも、なんとなくわかる。」


N「確かに。グループを離れる前だからトレーン、ふてくされていた、というのは(中山康樹氏の本などにもよく書いてあるが)短絡的な「物語」ですよね。連中はプロ。常にその場その場で全力を尽くしていますよ。
ラウンド・ミッドナイト」や「枯葉」「ウォーキン」のようなおなじみの曲でも、けっしてルーチンワークにならず、演じるたびに違う意匠を施しているところは、まさしく「求道者」。コルトレーン、ショーターと、ジョージ・コールマン、スティットたちの違いは、「求道者」と「名職人」の違いのようにも思います。ステージでは、あらゆることをやってみる。そして、手ごたえのあったものをその後も残し、磨いてアルバムも作る。
今回のようなライヴからは、「可能なあらゆることをやっている」さなかのプロの姿が感じられます。 
その中にあってさえも、人間関係などから類推した、何かしらの物語を読み取ろうとするのがファンの心理。
そして、本当であったかもわからない、そんな物語に引き寄せられて、もっと聞きたい、ほかのも聞きたい、と思うのも、ファンなんですね。音楽をめぐる不可思議な、とまらない糸車でありますな。」


E「盛り上がってますね、Sigeさん、コルトレーンで!もっといろいろ情報お願いします。
私は、ちょっと醒めてます。あのバンドでは、独自解釈のコルトレーンが、浮いちゃってる感じがしますし、バックのリズム楽器隊の3人とは、180度違う位置にいますからね。合わないですよね。一方のソニーステットとの音の方がバンドとしてしっくりとまとまってますからね。」


S「コルトレーンの日ごとに変貌するプレイには興奮を覚えます。しかし、マイルス・クインテットとしてのグループフィーリングを醸し出しているかと言えばそれは逆で、コルトレーンの一人舞台の感は拭えない。
あれほどコルトレーンのことが好きで、いつも気にし、1967年7月ジョンが死んだときも相当なショックを受けていたマイルスだが、一方でこうも言っています。
 
『いいか、ミュージシャンの質が、バンドをすばらしいものにするということを、憶えておいてほしい。一所懸命働き、演奏し、すべてを一緒にやろうと言う意欲がある上質の有能なミュージシャンが揃ったら、偉大なバンドができるんだ。トレーンがオレのバンドにいた終わりの年(1960年)は、奴は自分のためだけにやっていた。そうなると、バンドからは魔力が失せ、一緒にやるのを喜んでいた他のメンバーも、どうでもいいやって気持ちになってしまうんだ。で、バンドはバラバラになって、音楽からも生気がなくなってしまう。』完本マイルスデイビス自叙伝P.428)
 
Emo君の弁もそうだし、僕も30歳代、この「ストックホルム」の演奏を最初に聞いた時には「自己中トレーン」像を感じもしました。だが、今回確認できたのは、トレーンのプレイが、マイルスが切り開いた「モード奏法」の最先端演奏を展開している点です。
ただし…この演奏では、エルヴィンとのコンビネーションでやり始めた「テトラコード音列」(「ジャイアントステップ」の音づかいを思い出してください。)を、ほとんど使っていない。おおかた16分音符の洪水。だが、8分ほどソロを取っていくうちに「テトラコード音列」による重層的なアドリブが見えだし、いよいよ新しいコルトレーン語法が形になってくる。その萌芽の現場を、確認できました。
So What」、「All Blues」その他一連の「マイルス・ニューコンセプト・チューン」をすぐにやれるのは、1960年3月ではトレーンとキャノンボールしかいなかったし、やっぱしマイルスにとってはテナーのボイス、テナーとトランペットとのボイス、サウンドが絶対に必要だったんだろうね。
 
ネコパパ君が言っていたように、コルトレーンとショーターの創造性、瞬間的な和声処理、リズム処理、サウンド(マイルスはよくボイスといっている。)は歴代サイド面の中では群を抜いていると思う。彼らと演奏することで、マイルスは創造的になれたんでしょうね。だから、彼らが必要だった。」


注 テトラコード
テトラコルド(もしくは「テトラコード」)「4つの弦」の意)は、4つの音による音列のことである。現代では特に音階旋法の理論で重要な意味を持っている。
リラと呼ばれる古代ギリシャ竪琴に由来する概念である。この楽器には4本の弦が張られ、それぞれの弦は、最低音と最高音が完全四度の音程を為すように調律され、その間に張られた2本の弦は完全四度の音程内の適当な音に調律されていた。このことから、主に完全四度とその間の2つの音を合わせた4つ音のことを示す概念として使用されることが多い。
現代の音楽理論では、「ド-ファの完全四度とソ-ドの完全四度の枠を予め用意した中に、それぞれ適当なテトラコルドを挿入することによって七音音階ができる」という文脈で使用されることが多い。すなわち、「ド○○ファソ○○ド」の○に適当な音を挿入すればよい、といった意味である。例えば、長音階「ドレミファソラシド」は、テトラコルド「ドレミファ」と「ソラシド」を積み重ねたものである。
この概念の拡張例として、小泉文夫による日本の旋法の理論がある。この理論においては、完全四度の枠内に挿入される音の数は、通常の2音ではなく1音とされる。すなわち、「ド○ファソ○ド」の○に適当な音を挿入すればよい。例えば、沖縄音階「ドミファソシド」は、擬似テトラコルド「ドミファ」と「ソシド」を積み重ねたものとして理解することができる、などと説明される。
―ウィキペディアより

 

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コメント

コメント(3)
No title
yositakaさん、今晩は。
マイルスは、天才で技巧派はもちろん。
時代を読むことが上手でしたね!!

ですから、いつの時代もあせない魅力があります。
音楽もお詳しいので参考にさせて下さい。

わたしもクラシック・ジャグ・ロック・J・ポップなどなど
色々です。

又、児童文学は書写教室を営んでいますので興味があります。
今後とも宜しくお願い致します。

2011/09/20 URL 編集返信

No title
流さん、こんにちは。
各分野にわたって関心がおありなのは嬉しいです。これからもよろしくお願いします。

ジャズに親しんだのは大学からで、クラシックよりずっと後なのですが
ようやくジャズ好きの仲間とそれなりに話ができる段階です。
でも、いちど好きになると、もう空気のように、なしでは生きられません。マイルスの音楽人生は変化に富んでいますが、私は60年代までの彼が特に好きです。

yositaka

2011/09/20 URL 編集返信

No title
yositakaさん。
確かに時代が読める分、
スタイルが変化しすぎ自分好みからは・・・

60年代までは私も好きです。
この時代は活力があったと思いますね!!

2011/09/21 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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