カザルス、戦後の「無伴奏」録音

カザルスのプラド音楽祭での無伴奏チェロ組曲第3番、第5番の演奏について。

演奏会場はクサ修道院、または、サン・ピエール聖堂。ボンのベートーヴェンハウスとは違って、響きが多い。
それを考慮して、マイクは楽器に近接して設置しているようだ。
弦をたたきつけるような弓の音や、カザルスの唸り声をしっかりと拾っている。

第3番は、組曲の中でももっともポピュラーな作品で、カザルスも1915年に抜粋録音をおこなっている。
それだけに、解釈も若いうちからほぼ完成していたのだろう。
この55年の演奏でも、基本的にはSP録音と同じ解釈。演奏時間も心持ち遅いくらいで、ほとんど変わらない。
だが、2ヶ月後、ボンで演奏した第1番の同様、弓をたたきつけるようなフレーズの出だしから、激しい情熱が前面に出ている。
多少の音の乱れも気にせず、ひたすら鋭く音楽を彫拓していく。
「ブーレ」の弾むような楽しいテーマも、まるで巨人の乱舞のようだ。
その一方で、緩徐楽章の「サラバンド」では、一節一節に思いを込めた、沈み込むような響きを聴かせる。
息の長い二つの音形から成る、冒頭主題の見事な描き分け。前半は厳しく、強い音で弾き、後半は一転して音を弱め、陰りのある響きで聴き手をときめかせる。
一瞬に変化する音色の鮮やかな対比。
同じ部分を旧録音と聴き比べてみた。すると、確かに同じように表現しているのだが、EMIの録音からは、変化はあまり目だたず、あっさりとしている。
この55年の演奏で、奏者は自分の考える音楽を、より一層確信を持って奏でていると感じられる。
情熱と表現意が欲刻印された、聴きごたえ十分の録音といっていい。
もっとも、音の乱れやはずしも多く、それは曲が進むにつれて目だってくる。疲れが出たのだろうか。



一方、壮大な曲想の第5番は、旧録音とは印象が違う。
一段と構えが大きく、雄大な音楽になっている。
第1曲プレリュードが、暗く重い響きで開始されると、周りの空気が一変するのが感じられる。
テンポは楽想にあわせて微妙に変わるが、どっしりとした足取りは不変だ。主部に移ってもテンポを速めずゆっくりと進む。演奏時間も旧録音に比べて1分も長く、堂々たるスケール感だ。
続く第2曲アルマンドも、同じように沈鬱な気分で始まる。繰り返しを行っているために、旧録音の倍の時間を要しているのは、大きな違いだ。
しかし冒頭の沈みこむような悲痛な音色は、曲の進行に従って明るさと力強さを増していく。7分間の音のドラマである。
この2楽章だけで15分を要しているのだが、後半の楽章も好調。暗く沈んだ音色、明晰活発な響き、するどいアタックが的確に使い分けられ、多彩さや立体感を生み出し、曲全体のスケール感を表出していく。

第3番に見られた技術的な不安定さは、第5番では全く感じられない。不思議なことだ。それどころか旧録音と聴き比べても、技巧面では56年盤が勝っているように聴こえる。
これは、もしかすると旧録音を上回る名演奏ではないだろうか。


歴史的なレコードとして名高い、カザルスの「無伴奏チェロ組曲全曲」は、ヨゼフ・シゲティの「無伴奏ヴァイオリンのためソナタ・パルティータ全曲」と並んで、私にバッハの魅力を教えてくれたレコードだ。



でも、シゲティの録音が、最初に耳にした瞬間から私の心を「わしづかみ」にする吸引力を備えていたのとは違って、カザルス盤の魅力はすぐには伝わってこなかった。
個々のフレーズの始まりに込めた気魄とか、音量の幅広い変化は伝わってきたが、
音の陰影や音色の変化は今一つ感じ取りにくく、単調な音楽に聴こえてしまいやすいところがあった。
ややオフマイクな録音、籠り気味の復刻LPの音、貧弱なな再生環境など、原因はいろいろ考えられるだろう。

しかし、新たに聴いた戦後の3曲の録音には、旧録音からは聴きとりにくかった俊敏な音の色や表情の変化と、直接的な迫力が記録されている。
カザルスの生の声が聴こえてくる演奏といってもいいだろう。
これをもとに旧録音を聴き直すと、これまで聴き落していた演奏の様々な魅力を再発見することも可能だ。
本当に、貴重な遺産である。

残る2,4,6番の記録は果たして残されているのか。
特に第6番は、旧全集でも白眉の名演だったので、もしあるなら、切に聴きたいと思う。






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コメント

コメント(4)
No title
yositakaさん、こんにちは。
戦後の第1番は10年以上前に友人に聴かせてもらったことがあります。
他のCDでも出ていたのかもしれません。
第3番・第5番は先日の記事で初めて存在を知りました。正直、ぼくは決してカザルスのSPの全集に心酔しているわけじゃないですが、その中でも第5番と第6番はどこか心に引っかかる演奏でした。
第5番が、大いに気になります。

Loree

2011/09/04 URL 編集返信

No title
ロレーさん、これは思ったより録音もいいですし、カザルスの演奏に興味のある人には貴重な録音ではないかと思います。プラド音楽祭の記録としてまとめるだけでなく、カザルス演奏だけでも再構成して購入しやすくしてほしいものですね。
チェロ組曲には、フルニエ、シュタルケル、ビルスマ、ブルネロなど、すぐれた録音が多く出ていて、初めて聴く場合はまずそちらを、と言いたいところです。
カザルスは、曲を知った上で聞くべき録音でしょう。それでも、他の演奏にない美点を多く持っていることは確かです。

yositaka

2011/09/04 URL 編集返信

No title
カザルスの演奏は曲を知った上で聴くべき、まったく同感です!ぼくはモダンの演奏ならシュタルケルのマーキュリー盤とマイスキーの旧盤、ピリオドの演奏はパオロ・ベスキ(元イルジャル首席)を愛聴しています。

カザルスのプラド音楽祭の音源はまとまった形で出ないので、本当に困りものです。BWV1043(アイザック・スターン&アレクサンダー・シュナイダー)と、BWV1052(ヨゼフ・シゲティ)の2曲はなかなかCD化されず、未だにカスカヴェルの5枚組(→http://www.hmv.co.jp/product/detail/1991999)にしか含まれていないのでは。

プラド以外の録音も含めて、戦後の無伴奏がまだまだどれだけ出てくるか分からないですね。

Loree

2011/09/04 URL 編集返信

No title
シュタルケルはLPを架蔵しています。いま聴いても引き締まった演奏で曲の良さがぐんぐん伝わってきます。マイスキー旧盤は遅いテンポで切々たる情感が迫ります。ベスキは未聴。聴いてみたいですね。

プラド音楽祭は54年までが米コロムビア、55年以降はフランス国立放送、58年ごろからはフィリップスが収録と、録音組織がさまざまでアーティストの契約関係も複雑なことが出しにくい原因と想像しています。

M&Aは、フランス放送収録の音源を使用してこのシリーズを販売していると思われますが、解説などに音源提供にかかわる記述はありません。

yositaka

2011/09/04 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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