ほんとうに「希望のヒマワリ?」

これは2011年7月10日付朝日新聞の記事。
 

 
原発被害復興への「希望」を喚起するポジティブな記事と見える。しかし、本当にそうだろうか。
 
青空とヒマワリ。
放射性物質吸収の効果をたよりに、ヒマワリを植えていこうという市民運動があることを報道している。
写真下には編集委員の名で「チェルノブイリに学べ」とも。
チェルノブイリ救援プロジェクトで、地中の放射性物質の吸引効果のある菜種やヒマワリの植栽が進められていることは、以前にも記事で触れている。
しかしそれは、
放射性物質の堆積後長い年月が経過し、
もはや他の方法で除去することが困難になったから、という理由で行われていること。
地中深く沈降したセシウムなどを除去するには、こうした植物の根の作用に頼るしか方法がないのである。
 
ところが日本は状況が違う。
 
日本の場合、事故後4ヶ月。
ヒマワリの植栽によって吸着させるような深度には、まだ放射性物質はほとんど存在しないと思われる。
この方法では、地表にとどまったままの状態の放射性物質を除去することはできない。
いや、そればかりか
むしろ植栽作業を行う人々を被曝の危険にさらすことになるのではないか。
 
今の段階では土壌の掘削、洗浄、入れ替えによって除去することがいっそう効果的であることは、多くの識者・専門家が述べているはずだ。
 
現に、この記事でも、まさにそのことが大学教授のコメントとして掲載されている。
「表土入れ替え 線量一割に」
左下の記事である。
 
 
私は以前、機会があって新聞社の編集部で3ヶ月間の研修を行ったことがある。

そこで知ったのは、日刊新聞が徹底した分業で記事を構成しているということだ。
記事の本文を書くのは取材記者。
記事を読み、内容をチェックし、出稿するのは編集デスク。
写真は、取材記者に同行するカメラマンが撮影。
そしてそれらを割り振りし、全体の紙面を決め、見出しをつけていくのが整理記者。
 
取材記者の意識や執筆意図がどうであっても、実際の紙面ができるまでには多くのプロセスを経ることになる。
この面を執筆した5人の記者は、必ずしも「ヒマワリ」植栽運動を奨励、称揚しているわけではないのに、結果的にそう見えてしまう。
 
たとえば、中心のヒマワリの写真を半分にし、左下の苦々しい顔の教授の写真を掲げ
見出しに「現時点での効果には疑問も」などの文言を加えたならどうだろう。
読者は一目記事を見ただけでも、雰囲気的な「ヒマワリ」賞賛に潜む問題を知ることができるのではないか。
 
先行きの見えない不安の渦中。
少しでもポジティブな紙面を、という意図はわからなくはないが、
それでも私はこの紙面、「過剰な情報操作」だと感じてしまうのだが。
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コメント

コメント(2)
No title
yoshitakaさん、初めまして。
登録ありがとうございました。

我が家でこの新聞を見た時に私も一瞬「違和感」を感じました。

眩しい向日葵の印象が強くて明るい希望を感じさせる素敵な写真です。
でも今後の本当に大切な事がきちんと伝わっていないのでは…とも感じました。

新聞のような媒体では特に難しいんですね。

ミキ

2011/07/14 URL 編集返信

No title
コメントありがとうございます。
いろいろと問題はありますが
新聞という媒体は、多くのメディアの中では信頼できるものですし
またそうあらねばと考えています。
そのためには
読者の側もしっかりとしたリテラシーを持たなければと思います。
「後の祭り」にならないために…

yositaka

2011/07/14 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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