クレンペラーの魔笛

Emo君のご厚意で、モーツァルトの歌劇『魔笛』
オットー・クレンペラー指揮の名盤を聞くことができた。


タミーノ:ニコライ・ゲッダ
パミーナ:グンドゥラ・ヤノヴィッツ
パパゲーノ:ヴァルター・ベリー
夜の女王:ルチア・ポップ
ザラストロ:ゴットロープ・フリック
弁者:フランツ・クラス
第1の侍女:エリーザベト・シュヴァルツコップ
第2の侍女:クリスタ・ルートヴィヒ
第3の侍女:マルガ・ヘフゲン
パパゲーナ:ルート=マルグレット・ピュッツ
モノスタトス:ゲルハルト・ウンガー
第1の武者:カール・リープル
第2の武者:フランツ・クラス
第1の僧侶:ゲルハルト・ウンガー
第2の僧侶:フランツ・クラス
第1の少年:アグネス・ギーベル
第2の少年:アンナ・レイノルズ
第3の少年:ジョセフィーヌ・ヴェセイ
フィルハーモニア合唱団(コーラス・マスター:ヴィルヘルム・ピッツ)
フィルハーモニア管弦楽団
オットー・クレンペラー(指揮)

■1964年3月、4月録音
■録音場所:ロンドン、キングズウェイ・ホール
■EMI 9667932
 

この曲、私がLPで購入した最初のオペラ全曲盤で、それはカール・ベーム指揮のグラモフォン盤。
分厚い布張りカートンボックスに入って、三枚で五千円という高校生としては大変な買い物だった。
たしか、柳橋のヤマハで入手したはず。

荒唐無稽なあらすじだが
音楽は変化に富み、モーツァルトの魅惑が満ち溢れる。
ザラストロの聖堂での
フリーメーソン入会の儀式をおもわせるあれこれの場面はやや重苦しいが
あとはどこをとってもモーツァルトの魅力でいっぱいだ。

晩年のモーツァルトは、音楽の精髄のみのこして、あとはすべて切り捨てていくという
作曲家としての最後の境地に達していた。
そのせいか、この曲は、もうこの先はない、という諦観さえ漂わせていているように感じて、それがまた魅力的なのだ。


長く聴き親しんだベームの盤は、曲想の愉しさをいかしつつも、全体に漂う孤高さ、真摯さに重きを置いた、重厚な味わいの「男の魔笛」だった。

クレンペラー盤は、どうだろう。
序曲の初めから、オーケストラの音そのものが完全にクレンペラーの音になっている。
ルチア・ポップの歌う「夜の女王のアリア」の背後では、指揮者独特のブレンドされた深い木管の響きが強く聞こえてくる。
これはバセットホルンの響き。
やってるな、クレンペラー、絶好調だな。

フリッツ・ヴンダーリッヒ、フィッシャー・ディースカウといった男声陣がみごとなベームのグラモフォン盤とは好対照のように
クレンペラーでは
グンドゥラ・ヤノヴィッツやポップといった女声陣がすばらしい。
「女の魔笛」というのは変だけど。
女声と木管の響きが、潤いと奥行きを感じさせるといったらいいか。

クレンペラーは『魔笛』からオペラの要素をいったんはぎとって、人が動く活気や感情の波打ちよりも、音楽そのものを曇りなく表現することに意を注いでいる。
だから、この録音には
交響曲を思わせる音楽が一貫する。
「ジュピターのような魔笛」
といえばいいだろうか。

そういう考えからか、この録音には台詞が省略されている。
「歌芝居」でなく音楽自体をきけ、というクレンペラーの考えがよくあらわれている。
これから初めて『魔笛』をきこう、という人には注意が必要だ。
でも、何度か聞いて流れを知っている人なら、繰り返し聞くには、このほうがいいかも、と思うかもしれない。

音取りも見事。
音の悪いEMIといわれるが、60年代初頭までのロンドン、キングズウェイホールでの録音(初代POのほとんどすべて)はどれも優秀。

ところで
録音された1964年は、ベーム盤の録音年と同じ。今回初めて気づいて驚いた。
グラモフォン専属のヤノヴィッツがクレンペラー盤でバミーナを歌い
ベーム盤でザラストロを歌っているフランツ・クラスがこちらでは弁者を演じている。
パパゲーノを歌うヴァルター・ベリー、フィッシャー・ディースカウは、当時どちらの専属だったのか。

両社で激しい歌手の争奪戦が行われた形跡がある。
そんな出来事があったとしたら…
なんだかそれも、『魔笛』らしい。

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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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