光と闇の青春音楽小説

藤谷治著『船に乗れ!全3巻』(2008年、ジャイブ)
 

 
これは甘酸っぱいと同時に、重く苦い読後感の残る、青春の物語。
1970年代、「三流」私立高校の音楽科に通う、ある男子高校生の3年間を描いた小説だ。

音楽家一家に生をうけた「僕」津村サトルは、小さい頃から音楽を学び、ピアノ、そしてチェロの道へと歩みだす。家族も、自分も、将来は音楽家になるものと信じて疑わない少年だった。
さらに彼は、小学生のころからヴァレリーやニーチェなど万巻の書を読みふけり、過剰な自意識をもつという厄介な若者でもあった。
しかし現実は甘くない。
芸大付属高校の受験に失敗。祖父が学長をやっている私立大学の高等科に進むことになる。そこで彼を待っていたのは…
 
第1部から第3部までが、それぞれ主人公の高校1年生から3年生までに対応。
音楽と恋と哲学の三つの主題が、大きな転調を伴いつつ、繰り返し繰り返し変奏されていく。
作品全体が整然とした三つの楽章から作られた交響曲のような、なかなかに凝ったつくりの作品に仕上がっている。
 
登場人物たちが一つ一つ、曲を仕上げていく過程の描写がすばらしい。
独奏曲、室内楽曲、オーケストラ曲、それぞれが各部で明確に位置づけられ、おそらくはあまり曲を知らない人が読んでさえも、自分が演奏に参加しているかのような錯覚に陥るだろう。
曲のつくりや演奏の苦労を知り尽くし、それをわかりやすい言葉で表現する筆力が、冴えている。
 
学校を、家族を、仲間たちを満たす豊かな音楽の海の中で
主人公たちは恋をし、悩み、音楽的にも成長していく…そんな物語なのだな。
ならば、帯に掲げられた「青春音楽小説」の呼び名も、ふさわしい。
第1部。
主人公と、ヴァイオリン専攻の南枝里子の運命的な出会い。
二人がメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番を合奏し、互いの技量を高めつつ、恋心もまた深まっていく…という展開は、作者の経験の裏づけもあるのか、強い共感にあふれている。
 
読者は読み進むうちに、この二人を応援したくなるだろう。
 
しかし、
その後も心地よい展開を予想した読者の期待は、大きく裏切られる。
第2部の途中から、
物語の「曲想」は、悲哀と悔恨の調べに転調するのだ。
先が気になって仕方なく、ぐんぐん読み進んでいく。
だが、ストーリーはもはや長調に戻ることはなく、
ますます重く、苦く、切なくなってしまうのだ。
このあたり、詳述はしない。興味を感じられた方は、ぜひお読みください。
 
ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』など、古き教養小説の枠組みを意識的に使いながらも、『船に乗れ!』は成長を、生きる希望を謳歌する作品にはなっていない。
そこが作者の目論見であり、作家としての技の見せ所なのだろう。
 
ストーリー展開は強引。
説明不足のところもある。
意外性を高めるために必然性を犠牲にしているといえなくもない。
一人称であることも、一因だろう。
事態を引き起こしたのは、南枝里子も指摘する、サトルが内包する「怖ろしさ=意識されない影響力」と思われるのだが、
そのことは語り手には十分自覚されていないのか、読者にはちょっと伝わりにくいものになっている。
 
主人公が「自分を抱きしめ」過ぎているようなこの筆致にも
ときには鼻持ちならないやつ、という抵抗感を感じさせることがあるのだが、
意図的かもしれない。
ひょっとしたら、作者はイタリア・オペラのような劇作法をあえて取り、
極端なキャラクター、唐突な展開、その分を濃厚なセリフと音楽が綾なす…というドラマを生み出そうとしたのかも。
 
児童文学、とはちょっと違うな。
苦く重い読後感が、それから何日も、尾を引いていく作品というのも、最近あまりない。これもひとつの読書の醍醐味ではある。
 
一方でこれは、クラシック音楽好き、そして70年代に読書付けだったわれらが同世代にとっては、たまらない気持ちにさせてくれる小説。 
クラシックファンなら、にやにやしながらページをめくっていく楽しみを味わえるだろう。
 
ずらりと揃っている、ファンにはおなじみの名曲たち。
念の入ったことに、主人公たちが演奏の参考にしたり愛聴したりしているレコードが、演奏者と共にいちいち銘記されているのもマニアックだ。
どれも60年代から70年代にかけて名盤といわれた、当時あこがれの音源ばかり。
当時からの愛好家なら
「そうそう、これだよ!」と手を打つこと請け合いだ。
 
どんな盤が紹介されているのか?
 
それについては、また別の機会に…。
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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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