地震、津波、原発事故

まず、昨日から今朝にかけての新宿の状況について。
娘・店長のブログから引用。


2011年3月11日、15:00ごろ、
最初の地震発生時、私は新宿にある自分の会社にいました。
会社には5~6人の人がいました。
はじめは、隣の上司さんと「まぁそのうちおさまるでしょ」と
目で言いあってたけれど、揺れの時間が長く、
少しずつですが強くなっていくような感じがあって
みんな立ち上がり「外に出ましょう!」ということになりました。
カバンも財布もパソコンもそのまま、ビルの裏口から外へ。
周りを見ると、他にもビルから出てくる人がたくさん。
みんなビルを見上げて不安そうにしてました。

しばらくして、地震はおさまり、
「やれやれ、忙しい金曜日に人騒がせな…
震源地は東北の方らしいけど、大丈夫かな?
まぁ、とりあえず仕事に戻ろうか」
みたいな感じでビルの中に戻りました。
この時点では、大災害になる気配は全くナシ。

ちょっと慌てた感じで、会社の社長や外に出てた人が何人か戻ってきました。
細かい時間は覚えてないですが、そこで第二波。
身体で感じる揺れは、第一波とあまり変わらないような感じでしたが、
本棚の本が崩れたり落ちたりで、「バサバサ!」という音がオフィスに響きました。
すぐ崩れるということはなさそうですが、ビルがきしむ音もあちこちから聞こえました。
みんな仕事の手を止めて、「どうしよう」という空気の中、
私はこのあと、営業に行く予定があったので
最寄りの地下鉄の様子を見に、会社のすぐ近くの入り口から駅の構内へ。

今電車から出てきたらしい人々が、慌てた様子で外へ向かっているのが見えます。
人々の話声からすると、ちょうど今、列車のドアを開いたとのこと。
水道管が破裂したらしく、駅の構内は水浸しで、
それを見て初めて「これはヤバい!」と思いました。
駅員さんに運行状況を聞くと、首都圏全線の電車が止まっているとのこと。

会社に駆け戻り、外の状況を伝えている間にも
ビルが小さくきしむ音が聞こえます。
新宿の大きな公園へ一時避難することになり、貴重品や上着を持って外へ。
たくさんの人が公園に避難してきていました。
いつもはお金を払わないと入れない公園なのですが、扉は解放されてました。
花の写真を撮ってる人もいて、のんきなもんです。
移動中も、家族や旦那さんに何度も電話しようとしましたが
コール音も鳴らず、電話の画面が終了してしまいます。

他の社員の人のtwitterを見て無事を確認したり、家がすぐそこの社員は帰ったり。
芝生に腰を落ち着けて、少し様子を見ていたのですが、
社長が車でみんなを家まで送る、と決断。
私の家は反対方向だったため、みんなを送った後、
一度会社に戻ってきてそれから送る、ということに。

もう1人の女性社員Fさんと一緒に、一旦オフィスに戻り、
ペットボトルの水を買い、お菓子をカバンに詰めて、留守電を設定。
これが16時ちょっと過ぎだった。
営業に行く予定だった会社に電話がつながった(固定電話はつながったようです)ので
今日は行けません、との連絡をしたあと、カフェに避難。
新宿駅へ向かう人で、道路は休日のように人であふれていました。
カフェで紅茶を飲みながら、電話にリトライしたり、twitter、メールをチェック。
旦那さんからメールが来ているのに気づき、返信。

外出していた上司Hさんが事務所に帰ってきて、
まぁ大丈夫でしょう、ということで、Fさんと一緒に事務所へ。
ここではじめてUSTREAMの配信を見て、被害の状況を見て愕然としました。
余震が続く中、仕事をする気にもなれず、
お茶を飲んだりお菓子を食べたりしながら地震の情報を見守る。
車で移動中の社員の人に交通情報を伝えたり、
無事帰宅できた人にお疲れさま、とツイートしたり。
旦那さんや実家、おじいちゃんおばあちゃんにも、会社の固定電話で連絡できました。


(5:45分現在。基本的な情報のやりとりは、未だネットとtwitter。
北の方では震度6弱の余震が続いてるらしい。
新宿も、めまいのようなゆるい余震がある。)


地図で調べたら、会社から自分の家への距離が2時間くらいだからと
Fさんは徒歩で帰宅。オフィスには私とHさんが残りました。
またしばらくして、関東に緊急速報。ちょっとヤバそう、ということで一旦外へ。

寒かったです。どんどん気温が下がっていくのがわかりました。
ついでに晩ご飯を食べようと、新宿駅に向かうたくさんの人の列を横目に
会社の近くの中華料理屋さんに入り、しばらく座っていましたが、
店員さんが忙しすぎて、料理がしばらく出てこなさそうだったので店を変えることに。
コンビニをのぞいてみると、ホットスナック、調理済みの料理はおろか
カップラーメンの棚もからっぽ。
テレビで見る「被災地の状況」みたいな光景が目の前に…。

外に出てふたたび店を探すも、
大きな通りの飲食店はどこも並びが出ており、入れない状態でした。
結局、ちょっと奥に入った天丼屋で野菜天丼を食べました。
食欲がなかったのか丼が多かったのか、ご飯を茶碗半分くらい残しました。
メールで、地元の友達から「大丈夫?」の連絡があり、
心配かけてるなぁと思いながら返信しました。みんな、ありがとう。

事務所に戻り、明日(3/12)、愛知から遊びに来てくれる友達と電話で連絡。
携帯は、着信できるけど発信はできないみたいでした。
明日になったら新幹線動くかもだけど、わざわざ震源地に近いところに来ることはない、
来れても帰れなくなるかもしれない、ということで中止に。
残念だなぁ。本当に久しぶりだったのに。

23時ごろ、会社のソファーで少し眠ることに。
疲れてるはずなのになかなか眠れず、車の音を聞きながら、
外の街灯の光が天井に帯を作っているのを眺めていました。
仕事で徹夜になったりすると、ソファーで寝ることは特別珍しいことじゃないのですが
今日は空気が全然違う。まぁ、当たり前か…

4時半ごろ、目が覚めました。
Hさんはずっと起きてたみたいで大あくび。すいません。
喉が渇いていたのと、気持ちが悪いのがあって,胃腸薬をお湯で飲む。
電車の運行状況を調べてみるが、最寄り駅への電車はどれも動いていない。
そうだ、これまでのことをメモしとこう、と思い、
つなビィを開いてキーボードを打ち始めたら、睡魔に負けたらしいHさんが
入れ替わりでソファーへ。


(6:20分、緊急地震速報。東京も含まれてるけど、もう外に出る気も起きない。
緊急地震速報のアラーム音にも慣れてしまった。)


とりあえず、リアルタイムまでの出来事はこんな感じです。
これからもうしばらく様子を見て、最寄り駅には行けなくても
近くのところまで行ってる電車に乗り、そこからタクシーかな、と思っています。

東京の人で亡くなっている人は少ないと思います。
東北の方の人、大丈夫かな。
亡くなられた方のご冥福をお祈りします。

(現在、6:28分。)


冷静な観察で、かえって精神の緊迫状態が伝わってくる。
こういう場合、パニックも暴発もを起こさない日本人のモラルは誇るべきだ。


東京は一応落ち着いているものの、福島原発停止のため、電力供給が危うい。
予断許さぬ状況だ。


一方原発は、午後4時ごろ爆発音とともに白煙が上り、外壁が倒壊した模様。
それからかなりの時間がたつが、映像から状況が読めない。
報道も進展なし。
電力会社任せで「様子を見ている」場合ではないように思う。危険ではあるが、機材と人の投入をすべきでは。
時間がたつほど事態は深刻になる。
緊急冷却装置作動せず
高温化、高圧化により炉心溶融にいたる。
このシナリオ、この事態、これまでにどれだけ多くの人が語り、書き、警告し、脱原発を訴え続けてきたことか。


根拠もなく楽観論を語り続け、またそれに慣れさせられ
真摯な考え、言葉がないがしろにされてきた結果である。幸い回避できたなら、今度こそは。

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コメント

コメント(2)
No title
現在18時58分
15時36分の福島第一原発1号機の爆発事故の件ですが政府の発表は国民を馬鹿にする様な記者会見及び原子力院の会見はではがっかりしています、爆発した建屋が粉砕する直前は傘状の衝撃波が発生する映像は、それは内部からの激しい爆発(又は破裂)による事は、明らかですがなぜ現実を表明して、早い避難を促さないのか不思議です。

かみむら

2011/03/12 URL 編集返信

No title
コメントありがとうございます。
>傘状の衝撃波が発生する映像は、それは内部からの激しい爆発(又は破裂)による
そうなのですか。

タービン建屋か原子炉建屋か不明、
とか
爆発的事象
とか、
曖昧なことばを連ねた報道が、どうにももどかしく、逆に不安が掻き立てられるばかりです。
必死の思いで情報を欲している国民に、誠実な対応を願うばかりです。

yositaka

2011/03/12 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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