クレンペラー、ウィーンでの歴史的ライヴを聴く

太い線でがっしりと描かれた、デッサンのような響きだ。
鳴っている音の隅々まで、ちょっと怖いほどの伝わりようである。
一瞬といえども「ただ鳴って」いる部分はなく、「これしかない」というぎりぎりのところまで追究された音楽が部屋を満たす。
1960年のクレンペラー、ウィーン芸術週間でのベートーヴェン・チクルス。




「言われたとおりにやれ!」と指揮者が楽員を怒鳴りつけてリハーサルをしている模様が、『アート・オブ・コンダクティング』という映像作品に残されている。(現在入手困難らしい)
まさにあの時の、演奏会の記録である。
 
躁鬱気質で演奏の波も大きかったと伝えられるこの指揮者だが、音楽の都ウィーンで、ロンドンのオーケストラであるフィルハーモニア管弦楽団とベートーヴェン全曲を演奏するとなれば、意欲気力を奮い立たせてのステージだったのだろう。
9曲、一瞬も気を抜けない迫真の演奏が展開されたのだ。
オーケストラもまた、指揮者の高揚を受け止め、持てる力を尽くして演奏している。
楽員の演奏にのめり込んでいる様子が目に見えるようである。
 
嵐のように激しい勢いで進行してきた音楽が、
突然のリタルダントで締めくられる『第2』。
荒々しい第4楽章の響きが、一転して詩情にぬれた音色に変わる『田園』第5楽章の冒頭テーマ。
同じ楽章、テーマがピッチカートで変奏される場面では、あとに行くにつれて爪弾きが音量を増し、スピーカーから飛び出してくるような音圧となる。
部分部分の間を一切取らず、「一呼吸」で演奏しきってしまう『第9』のフィナーレ。
徹底した遅いテンポで、細部の彫拓を聴かせる『第7』…
 
マイクが弦楽器に近い位置でセットされているためか、どの曲でも弦の威力が生々しく伝わってくる。
ときにはソリストのように、即興的なアクセントや音色変化をつけて弾ききる。
クレンペラー独特のスタイルである「木管の浮き出し」も随所に。
マイクから遠いはずの管楽器群が、ここぞという場面ではせり出すように前面に出てくることに驚かされる。
全9曲すべてが、聴きなれた音楽に接する余裕を聴き手に与えず、まるで今生まれたばかりのように新鮮そのもの。
よくぞこんな演奏が、高水準を維持したまま立て続けにできたものだと思う。
一日ずつ間を開けて、5日間にわたってコンサートは続けられた。その間、楽員たちはどんな気分で生活を送っていたのか。きっと観光どころではなかっただろう。

 
以前も書いたように、このディスクの音質は良好とはいえない。
今日、Sige君と一緒に聴いたところでは、日によって楽器の聞こえ方がかなり異なる。楽器配置か、マイクの位置が違っているのか。
マイクはステージの前方の低い位置にあると思われ、通常のORFによる放送録音とは違う、デッドで、きつく圧縮されたような音。
マスタリングでは、シーダーのようなノイズ除去システムを使い、低音を人工的に増強した様子もある。
一枚聴いた段階では

>EMI全集をお持ちなら、急いで購入される必要はないのでは、と感じます。  

と書いたのだが、
全曲聴いた後で、あらためて考えると…
良い条件のマスターテープによる発売が待たれるが、それでも
クレンペラーとこの音源に関心があり、まだ未聴という方がおられるなら
一刻も早く聴かれることを、お薦めしたい。
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コメント

コメント(2)
No title
>EMI全集をお持ちなら、急いで購入される必要はないのでは、と感じます。
>と書いたのだが、
>全曲聴いた後で、あらためて考えると…

それは困るな~。買わねばなりません。(^^ゞ

Kapell

2011/02/14 URL 編集返信

No title
ついつい興奮してしまいました。
それだけすごい演奏なのです。
けれども、すごい「CD」でもない。そこが難しいところです。
特に、ノイズ除去による圧迫感については「これじゃあ演奏どころじゃないよ」と思われる方もいらっしゃるかも。
一方ではHMVレビューのように、音質向上を認める人もおられる。
音の好みと評価は、まさに「魔宮の迷路」ですからねえ。
Kapellさんのような拘りのオーディオ道を歩まれている方に、はたしてお薦めしていいものかどうか、迷います。

yositaka

2011/02/15 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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