「イソップ寓話」をめぐって

児童文学学会では<ラウンドテーブル>と題する発表が設定されていました。
聞きなれない術語です。ウィキペディアで確認してみると
 
ラウンドテーブル(Round Table)とは英語で円卓のこと。転じて以下のように使われる。
①   円卓会議 - 数人による小規模な会合のこと。あるいは、出席者に明確な序列を定めない会議の事。東欧民主化の頃に東欧各国で行われた。
②   特にマスコミの世界では、取材対象者に対し数人の記者が共同でインタビューを行うことを指す。プレスブリーフィングの一種。
③   ラウンドテーブル - アメリカ合衆国の競走馬。
④   ROUND TABLE - 日本のバンド。
 
―とのこと。
ここでは①を指すと思われます。会場に円卓があるわけでもなく、パネルディスカッションと変わりません。もしかすると児童文学にかかわりの深い『アーサー王と円卓の騎士』をイメージした洒落でしょうか。
テーマに基づいて共同研究した内容を110分という長時間枠で発表し、相互の意見交換や参加者との質疑を行っていく形態。
私が参加した会場Bの発表テーマは次のものです。
 
「イソップ寓話」をめぐって―日英仏の絵本比較から―
 
話題提供者
梅花女子大学名誉教授 三宅興子(英) 
同  高岡康子(仏)
梅花女子大学教授 加藤康子(日)
 
以下、その報告と所感を述べます。
 
 
<大会プログラムより引用>
 
「イソップ寓話」のキツネの話に着目し、英仏日の絵本の比較を試みた。
「イソップ寓話」は世界へ伝播し、浸透した。時代や国によって話の内容、教訓、登場する動物が異なっている話もある。
イギリスでは、多くのイソップ寓話の本が出版され、テキスト体裁のものから一話を絵本化したものまで多様に受容された。それに対してフランスでは、ラ・フォンテーヌが『寓話』の中で、彼の独自の文体と解釈によってイソップの話を再話したものが長く定着し、その文章に多くの画家が絵を添えている。
英仏のイソップ絵本は、中世の挿絵に端を発しながら、話によって定番の描き方を継承している。例えば「狐と烏」では、一本の木にとまった烏が丸いチーズを咥え、その下で狐が恨めしそうに眺めている構図。「狐と鶴」では、狐と鶴が皿や壺の前で困惑している構図が多くみられる。ところがその背景、烏が咥えている物、狐の表情などを比較していくと、時代、国、作家の違いが見出せる。
一方日本では、室町時代にキリスト教布教の宣教師たちから伝えられたイソップ寓話は「伊曽保物語」としてローマ字や国字で何度も刊行され、浸透し、日本独自の受容の姿が見られる。明治以降は、再度英語本から翻訳された絵本が出版され、挿絵にも英語本の影響が見られる。大正・昭和期に絵本が盛んに刊行されるようになると、日本の多様な狐のイメージが反映された特性も見受けられる。
各国の比較は、お国ぶりや画家の違いを発見できる、興味深い視点と思われる。
 
 
このような趣旨の下、国別、時代別に多数の画像をプレゼンしながら発表が行われていった。
 
 
詳細な研究成果は原色版A4の分厚い報告書にまとめられ、学会参加者全員に配布された。三宅興子教授は「一生分以上の資料が集まってしまった。次世代につないでいきたい」と述べられていたが、ほんとうにすごい資料である。


 
発表された内容は膨大で、短いスペースではとても伝えきれない。絵柄の変化、教訓の扱い、日本における多様な需要など、興味深いことばかり。
その中でもっとも印象に残ったのは、ヨーロッパと日本の、寓話受容のあり方の違いが大きいことである。
その観点でまとめてみたい。
 
 
イギリスで「イソップ」の定本が出版されたのが19世紀。
1848年出版のジェームズ本、1864年に出版されたタウンゼント本の二つのテキストがあった。
両版に加えられたプロの動物画家の手になる挿絵は、いずれも擬人化のない、細密に描写された動物そのものが描かれている。
正確な写実への意識は、画家も読者も徹底していた。版を重ねるたびに、画家は最新の動物学の成果を取り入れ、また読者もそれを要求し、挿絵は次々に描き直されていったのである。
そして、真に「定本」と呼べる状態にまで磨き上げられた。
この二冊は現在でも『イソップ』の決定版として愛読され、現役本で手に入るという。
 


一方のフランス。
一度はイソップ寓話が伝播した時期はあったものの、同国の詩人ラ・フォンテーヌの『寓話』が登場。国民はこの作品に誇りを抱き、国家もまた普及に努めた。そのため、イソップと同根同種の話を多数含む『寓話』は広く普及したが、『イソップ寓話』自体の受容はほとんどなく、研究対象として残る。
ラ・フォンテーヌについては、芸術性豊かな版が存在するが、現在もまったくそのままの形で出版されている。そこはイギリスと共通だ。
 
対する日本。
明治期の海外情報は早い。
出版物が紹介されるのも、すごく早い。
イギリスで出版された二冊の定本は、すでに明治時代初頭に日本に輸入され、翻訳本の出版が次々になされていた。
本国の出版から30年足らずで、オリジナルとほとんど変わらない日本版が出ていた。
 
国会図書館などに所蔵されているものなどは、図版、サイズ、文字配置など、ほとんどイギリス版のコピーと言ってよいものらしい。
しかし、大正期以降は、日本風の擬人化、筆者独自の加筆を加えた多数の版が出始め、
いろいろな形で普及していくことになる。誰もが知るように、絵柄も内容も、価格も種類も多彩そのもの。
 
中にはすっかり日本化し、日本の昔話のようになってしまったものもある。
テキストは筆者の解釈や私見が加わって長くなったり、教科書に入ると教訓色が強まったりした。
しかし、これらの中で、現在流通しているものは…皆無である。
 


日本では、作家、画家の個性を生かした、興味深い作品が次々に生まれるのだが、その版が定着して継承されていくことがなかった。
すべてが消耗品だった。
 
現在の絵本の出版状況も、進歩発展したとはいうものの、市場で流通するものは両極端。良心的な出版社が力を尽くした立派な作品がある一方、作品ともみなされない短命な本も数多い。
これが日本の実情。
 
一度出版された本であっても、正確を期して何度も改訂や訂正をくわえ、なお「原本」の形を崩さないで増刷を続けているイギリス。
傑作であっても未来への遺産として継承していこうとする姿勢に乏しい日本。
作品への敬意という意味では、「使い捨て」の傾向が色濃い日本は深く反省する必要があるのでは、と感じさせられた。
 
発表を聞いていて、ふいに思い出したことがある。
以前、絵本作家の長谷川集平が、宮沢賢治『セロ弾きのゴーシュ』の絵本を考察したことがあったっけ。
ミュージシャンでもある長谷川の着眼点は、「絵に描かれたチェロの形としての正確さ」だった。
多くの絵本が例に挙がっていたが
大家と言われる作品でも、とてもチェロには見えないものもあり、苦笑させられた。
あの長谷川の論を読んで、自分の絵を手直しした画家は、はたしていただろうか。
そして
たくさんあった『ゴーシュ』の絵本のうち、今も現役なのは何冊なんだろう?
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Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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