神宮輝夫講演『リアリズムの実験』①

日本児童文学学会で行われた神宮輝夫教授の講演『リアリズムの実験』の概要を3回に分けて紹介します。
私のメモといただいた資料をもとに、まとめたもの。神宮先生の言葉そのものではありません。
特に後半については、時間の関係で急ぎ足になられたので、私なりの解釈でまとめました。




<イデオロギーとリアリズムについて>
 
イデオロギー(アイデオロジー)とは、一般に、政治、社会思想、行動を体系化したもの。
「人間の行動を左右する、根本的なものの考え方の体系」である。
 
戦後日本の児童文学では、これが常に問題となってきた。
この分野でイデオロギーは、多く「政治思想」「社会思想」としてとらえられてきた。本来の語義からすれば、たとえば「童心主義」も、一つのイデオロギーである。
しかし、子どもの文学を語る場合には、狭い意味で使われるのがふつうである。
戦後児童文学、特に「リアリズム」と呼ばれるジャンルは、この「イデオロギー問題」から離れることができなかったと思われる。
 
児童文学のジャンルで、数多くの文献が扱う分野は「ファンタジー」である。本来これと対比される「リアリズム」論があってよいが、実情は定義すらされておらず、これに注目した研究文献もほとんど見当たらない。
 
いったい、児童文学のリアリズムとは何なのか。
1969年、イギリスの児童文学の大家ジョン・ロウ・タウンゼントに会ったとき、私は質問した。
彼の返答はこうだった。
―子どもの本にリアリズムって、あるの?
 
1972年出版のレベッカ・ルーキンスによる『児童文学批評概説』では、児童文学のリアリズム作品についてカテゴリー分類が記されている。しかし、定義は書かれていない。
イギリスでも、児童文学を語る際の中心の話題は「ファンタジー」なのである。
なぜなのか。まずその歴史を概観してみたい。
 
<児童文学史のなかのリアリズム>

1930年代以降、児童文学のリアリズム傾向は急速に強まった。
イギリスでは、ジャック・リンゼイ、レックス・ウォーナー、C・D・ルイスなどのコミュニスト作家がそれを牽引。


現役イギリス児童文学の長老、ジェフリー・トゥリーズまでその系統は引き継がれる。


アメリカでも同様で、大恐慌にはじまる戦争の足取りは、作家たちの目を日常生活と変革に向けざるを得なくさせた。
 
日本の場合も同様であった。
昭和の初頭、大正時代の童心主義とは異なる傾向が、コミュニスト思想をもった作家たちによってもたらされる。
1927年、林房雄らによるドイツの作家、ヘルミニア・ミューレン『ちいさなペーター』等の紹介。
猪野省三『どんどんやき』に代表されるプロレタリア児童文学と呼ばれた作品群。
現在の目で読むと、作品としてみるべき価値はない。しかし、童心主義から離れ、差別貧困と闘う子ども像を描きだしたことは、以後大きな影響を与えることになる。
 
このような日本の「イデオロギー」重視は、戦後においては、イギリス以上の隆盛をみることになる。

50年代イギリスで活動した代表的な児童文学者、C・S・ルイスやトールキンの作品は、左翼的要素もなく、一種の「桃源郷」を描いたものである。
この違いは、日本が敗戦国だったことから生じたものだろう。

戦後すぐに出た児童文学作品は数多い。
『赤いコップ』1948(アンソロジー)
しかし岡本良雄、塚原健二郎など、この時期の作品は、代表的といわれるものでも、つまらない。読後「何も残らぬ」作品が残念ながら多く、今も面白いのは筒井敬介の『コルプス先生』シリーズや、室生犀星、日野正平など文壇作家のものなど、わずかである。
だが、ここには「童話と小説」の違いを明らかにしようとする姿勢姿があった。
ただし、戦後すぐの時点では
石井桃子『ノンちゃん雲に乗る』1947一冊をのぞき、長編がないのが弱みだった。


1953年、早大童話会は『少年文学の旗の下に(少年文学宣言)』を発表する。
私(神宮)も名を連ねている。決して「主体」ではなかったが。

「変革の論理」に裏付けられた少年文学、という革命的指向を土台とした長編を望む「宣言」。具体的作品の裏付けなく、なんでも否定する内容は間違いだらけであり、政治的な偏向も含んでいた。
しかし、大きな影響力があった。
 
しかし当時の私たちにとっては道標にできる作品はほとんどなく、話題にのぼったのは『トム・ソーヤーの冒険』『エーミールと探偵たち』『ビルマの竪琴』くらいだろうか。


『ビルマの竪琴』は問題を投げかける作品で批判もあったが、ともかく長編であった。

戦後のリアリズムの出発は、結局のところ、足がかりとなる作品のない「実験」だったのである。

しかし、現在の目で調べてみると、長編はないわけではなかった。
それは、労働文学、農民文学と目された作品。そして、生活綴方運動に参加した教師などによって生み出されていた。「児童文学」と明確には呼ばれないが、その実質を備えた長編が書かれていたのである。

次回に続く。
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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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