考える人 ドリトル先生のイギリス

 
季刊誌「考える人」
2010年秋号
■新潮社
■2010年10月4日
■定価1,400円

 
 
特集 福岡伸一と歩くドリトル先生のイギリス
 
<特集目次>

懐かしいドリトル先生(巻頭グラビア>

生命のありようをめぐって 福岡伸一
I なぜいま、ドリトル先生なのか
II ドリトル先生への旅
III スタビンズ少年を探して
IV ナチュラリスト宣言

井伏鱒二との幸福な出会い 南條竹則

エッセイ わたしのドリトル先生
山極寿一 ゴリラの言葉を学ぶ
長谷川眞理子 いつか世界の果てに
西江雅之 「役立たず」への憧れ
養老孟司 動物と言葉
遠藤秀紀 凍りついたドリトル
石山修武 ドリトル先生動物園倶楽部
奥本大三郎 ムーン・モス
 
未知を求め、世界に驚く 山本貴光
こんな先生像も見えてきた 福岡伸一
ドリトル先生との出逢い 福岡伸一 新訳 『ドリトル先生航海記』抄
 
 
 
本誌には珍しい、児童文学を題材にした特集。
図版資料も豊富で、見て楽しい編集になっています。
メインは、分子生物学者の福岡伸一が『ドリトル先生物語』の作者ヒュー・ロフティングゆかりの地を巡りながら思索する一編。
ドリトル先生と、そのモデルとも言われるウォルター・ロスチャイルド―世界中の動物収集に財を費やし、私設博物館を設立した大富豪ーとの、似て非なる立ち位置の違いを論じていきます。
なかでも「剥製づくり」の過程が、具体的に記された一説が圧巻でした。
「皮をはぐ」という言葉も、こうして具体的に記述されると、何ともすさまじき行為であることがわかります。
動物と人間との対等な(フェアな)関係を理想としたドリトル先生の「博物学」にあこがれ、生物学の道を歩みながらも、実際にはロスチャイルド同様の「凄惨なる生物探求」の人生を歩んでしまったのではないかという福岡の屈折した心情が、最後に述べられます。
 
ただ、この部分、私にはどことなく綺麗ごと感じられてしまうのも事実です。
命と切り結ぶからこそ見出される真実の美酒を知り、その探求に邁進した彼には『ナチュラリスト』に戻る道は、おそらく、ないはずだから…誤読でしたらごめんなさい。
 
 
井伏鱒二の訳文とは違う、若々しいドリトル先生像を描こうとする福岡の新訳で『ドリトル先生航海記』の冒頭部分が読めるのも、好企画。
 
 
しかし私には、さらに興味深く読めた一編がありました。
作家、南條竹則の『井伏鱒二との幸福な出会い』です。
英語圏では過去のものとなり、忘れられつつある『ドリトル先生シリーズ』が日本ではいまだ名作として生きているのは、井伏鱒二の訳文の力であるとして、「モチツモタレツ」などを例に、その巧みさをとき明かしているのですが、
後半では一転して、英米で敬遠されるにいたった人種差別の問題や、戦前のナチス・ドイツさえ焚書扱いにしたという本作の「平和主義・平等主義」についても言及します。

 
>1970年代のアメリカは、「ドリトル先生物語」に人種差別の色彩を見て、図書館の書架から撤去した。
一方、第二次世界大戦時のナチスは、同じ物語の根幹に、アーリア人種の優越を歌い、列島人種の撲滅を是とする自分たちとして、許すことのできない思想を見てとったのだ。それは地球上のすべての人や動物が平等であり、それぞれ生きる権利を持っているという単純な、しかし強い信念である。

 


その平和・平等主義にいち早く反応し、戦時下「世界の情勢がただならぬときに、この本をぜひ日本語にして、子どもたちに、と思いつめた」石井桃子は、1941年、自身の創設した白林少年館から『ドリトル先生アフリカゆき』を出版。
彼女が翻訳を依頼したのが井伏鱒二でした。

当時の石井の思いを記した南条への手紙が、写真とともに紹介されています。これは、児童文学史の貴重な証言となる内容の一編でした。
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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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