片山令子さんのおはなしと朗読をきく

片山令子さんは詩人。絵本作家の片山健さんの奥様だ。
片山健さんの絵本『おやすみなさいコッコさん』や『だーれもいない だーれもいない』でおなじみのコッコさんのお母さん、と言えば、はっとする人も多いのでは。
 
ここ数年、ネコパパ愛読の一冊にしている絵本がある。
 
『みずうみ』
 

 
 
鏡に映る自分よりも、もっともっと素敵なのは、みずうみに映る自分。
人を見る目はみずうみの目…
 
人が人を認識し、理解するとはどういうことなのか、そのありようの美しさはどこにあるのかを、これほど心打つかたちで私たちに見せてくれる作品があっただろうか。
 
その作者、片山令子さんが、9月某日、四日市の子どもの本専門店『メリーゴーランド』に来られるという。
実は、『みずうみ』をネコパパに勧めてくれたのは、この店のオーナー、増田嘉昭さんなのだ。これは出かけないわけにはいかない。
 
 
さて、お話は、富士山のことから始まった。
 
>新幹線に乗ると、富士山が見えました。大きく、黒っぽく。下にはグレーの雲。
富士山は空に浮かんでいると思っていた女の子がいました。そんなふうに、子どもは、小学校の3,4年生ころまでは、現実と非現実の夢の間をふわふわ浮遊している存在です。
その頃私は、お話の世界に熱中して、
本当のことは、現実と違うところにあるのでは…とずっと思っていました。
 
 
令子さんは、元小学校教員だった叔父さんや、家のお手伝いさんから、たくさんのお話を聞かせてもらいながら育ったという。
 
 
>聞くほうの私も、よい聞き手だったのでしょう。叔父さんもお手伝いさんも、ますますその気になって、お話が上手になっていったのです。
 
 
小学校時代、国語の音読が嫌いだったという令子さんに、担任の先生は本をたくさん読むよう薦める。そのとき彼女が読んだ本が、すごい。
『風と共に去りぬ』
『車輪の下』
『デーミアン』
『ボードレール詩集』
次から次へと読みふける令子さん。そのときはじめて出会った「詩」に令子さんは小説とは違う「感触」を与えられる。
そして、小学6年生の時、塾の合宿ででかけた海で、はじめて詩が生まれる。雑誌に投稿、特選。やがて全国から「文通したい」という手紙が「雪が降るように」届いて、令子さんは「詩は人に届き、受け入れられる」という確かな手ごたえを知る。
 
 
>私の詩作のキーワード「手紙」は、こんな記憶が呼び起こしたものかも知りません。
中学1年生の時、私は一緒に奉仕活動をしていた学生に、森の中でふいに言いました。
「私は詩人になります」
 
 
やがて美術系の大学に進学して、ダンスに熱中。ディアギレフの影響を受けた、言語活動も取り入れた総合的な内容だったが、結局「自分は言葉の世界に生きるのだ」という確信をいっそう深めることになる。  
詩作を手放さないまま、やがて結婚、子育て。ご主人の片山健さんが絵本作家だったことから「詩とは違い、こんなにも何度も読まれ、愛され続ける絵本とは何だろう」という問いかけが始まり、絵本作りの道がが開かれる。片山家には結婚当初は、井の頭公園のぼろアパートに暮らした。お風呂はなくトイレも外。テレビはなく、壁一面の本と両親の読み聞かせの声がそれにかわるものだった。
何かというと子どもを連れて外へでた。月は毎日違った形をしていた。
生後9カ月、子どもは「おつきさま」の五文字をいきなり言った。その体験が絵本『おつきさま こっち向いて』に形を変える…
 
 
>パーヴェル・バジョーフ『石の花』(岩波少年文庫)のような、森が出てくる本が好きでした。
私の作品世界は森。登場するのは、森にすむものたち。私たち人間もそうです。
呼吸するということは、森にいるということ。呼吸は、森の中で生き死にする生命の循環を感じることです。酸素を生み出すものは植物。 森には人が忘れてしまったものがある。生命のシンボルとしての森は、いつも私の中にあります。
森をめぐる命のことを、私は眠っている間でさえ考えているのです。
 
 
絵本の仕事を続ける傍ら、令子さんは詩を書き続ける。1983年ころから自費で作り始めた詩のリーフレットを「手紙」として親しい人に贈る営みを毎年続けている。それは令子さんにとって「世界を抱きしめること、誰も損なうことができない私を日々作り出す」ことだ。
 
 
>ジャック・プレヴェールの「人生が首飾りなら、毎日は真珠」という一節が心にあります。つながっていく日々は大安、仏滅などではなく、毎日が真珠。詩を手帳に書くだけで、灰色はバラ色に変わる。
 
 
>詩集はページの下が開いているから「高いよね」とよく言われます。
でも、小説は上から下までびっちり書いてあるから、読者が入っていける隙間がありません。でも詩なら、入れるんですよ。
 
 
言葉の力とは、自分を支えたり、自分に誇りを持たせる力だと令子さんは言う。心が荒れる子は言葉を持たない。だから手が出る。
デジカメで言うなら、言葉は画素。画素の細かい子は、網ですくえるものが多い。だから、読み聞かせは大切なこと。読み聞かせをすると、子どもといる時間も自然と増えていく。
やがて子どもは聴く人から話す人へ。でも、それだけではなく、大人も子どもの真似をしている。それを感じた子どもが、また言葉を返す。言葉もまた水や空気、森の一部のようのように循環していく…
 
 
そして後半は、令子さんの朗読の時間に。作者自身に目の前で読んでいただくとは、なんという贅沢!
 
 
『森にめぐるいのち』

かなしみは土に
よろこびは緑の芽に…
 
 
『いえ』

いえが、めをあけたよ。
ありがとう…
 
 
詩集『雪とケーキ』

笑うと
わたしたちは
かるくなり
はんたいに
見えなくなったひとは
見えないまま
重さをとりもどす。(『わらう気持ち』)
 
 
ダイヤモンドの稜線と唇の稜線が触れる。かたい結晶と柔らかい結晶が触れる。たがいに何者であるかを確かめるために。(『ダイヤモンドの夢』)
 
 
 
言葉がほんとうの意味を持って、窮屈さから解放されていくような感覚を味わうことができた二時間だった。もういちど、家にある片山さんの作品をかき集めて、読み直さなきゃ、と固く決意するネコパパである。
 
 
関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメント(5)
No title
片山令子さんの「ブリキの音符」などが好きです。近くあるイベントの一部で「大人の絵本の時間」としてそれを取り入れた企画を進めています。それで、もっと片山さんのことを知りたくてyoshitakaさんのブログにたどり着きました。素敵な文章、シェアさせてください。

八代眞知子

2017/06/05 URL 編集返信

No title
> 八代眞知子さん
ようこそ。「大人の絵本の時間」とはすてきな企画ですね。よろしければイベントの内容など教えていただければと思います。シェアありがとうございます。

yositaka

2017/06/05 URL 編集返信

No title
> yositakaさん
お返事ありがとうございます。
北九州市の外郭団体の主催だと思う ^_^; のですが、「絵本フェスティバル in KUROSAKI」というイベントが毎年夏休みに開催され、ホール内にたくさんの絵本が陳列されるなか、ステージでは読み聞かせのグループなどのパフォーマンスが繰り広げられるようです。
メンバーのひとりが持ち込んだイベントで、内容は私の発案したものに決まりました。

私たちは音楽ユニットで、男女1名づつソプラノとバリトン、私はピアノ、一人はリーダーでマネージメント担当です。今回はアリアは蚤の歌のみ(笑)。片山さんの「ブリキの音符」から3編の詩、池澤夏樹さんの「きみが住む星」から2通の手紙を朗読して、合間やBGMでピアノを鳴らすつもりです。

yoshitakaさんはfacebook をなさっていらっしゃいますでしょうか。よろしければこれからチラシやプログラムをアップしますのでご覧いただければ嬉しいです。

八代眞知子

2017/06/06 URL 編集返信

No title
> 八代眞知子さん
音楽を交えながら読み聞かせや詩の朗読のパフォーマンス…なんだかステージが目に浮かんでくるようで、素敵です。
絵本はなんといっても手にとってもらってナンボのメディアですから、電子書籍やネットには馴染みません。ライヴが一番ですね。

私はfacebook、SNSの類は全く縁がなく、知識もありません。
このブログも娘の手ほどきで渋々始めたのですが、コメントをくださる方のおかげで9年も続けています。というわけで、もしも「内緒」でメールアドレスを伝えていただけるようでしたら、当方から返信してつながります。ずうっとその方法でやっています。

yositaka

2017/06/06 URL 編集返信

No title
> yositakaさん
ブログを9年も続けていらっしゃるのでしたらSNSのベテランさんです。
私のメールアドレスです。ysrmtk@jcom.home.ne.jp
こちらのタブレットはほぼ持ち歩かないので返信差し上げるのが夜になることが多いです。 よろしくお願いいたします。

八代眞知子

2017/06/07 URL 編集返信

コメント投稿
非公開コメント

プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

ご訪問ありがとうございます

月別アーカイブ

検索フォーム

QRコード

QR