トリエンナーレ

9月某日
 

名古屋市で開催されている『あいちトリエンナーレ2010』の会場に足を運ぶ。
これは都市の祝祭、と副題を持つ大規模な現代美術展。
愛知県美術館、名古屋市美術館とその周辺、及び昭和30年代に隆盛をきわめた繊維問屋街「長者町通り」を会場としている。
この日はめったに足を踏み入れない「長者町通り」を中心に散策。
多種多様な造形物が、古い問屋街のビルに点在していることそのものの面白さ、その展示の仕方も、作品に劣らず楽しいもの。
すでに役割を終えて、無名のものになったビルや会館、商店の空間は、それ自体が見る者に意味づけを問う「作品」であって
同じ特性を持った現代美術の造形物と相性がいい。
とくに発見だったのは、昭和32年開設という長者町の地下街。ここに、こんなに大きな地下空間があったとは…しかしすでに多くは店じまいしているらしい。
 

来場している人々の中には、子ども連れの若い家族が目立った。ちょっとこれはミスマッチでは、という気がしたのだが、これが意外。
子どもたちは、この奇妙な見物をいやがったり、飽きたりしているそぶりはなく、自然にそこに溶け込んでいるといった様子。
見たり、聞いたり、触れたりすることを、らくらくと楽しんでいる。
そうか、「子どもたち」は、現代美術には相性がいいんだ。
簡単に意味づけのできない、風変わりな形でそこに存在する作品たちは、同じような特質をしっかり持って生きている子どもたちと、共鳴し合うものがあるんだな。
 

市を挙げての大きな催し、しかも晴天の休日だというのに、あまり多くの人出はない。寂しく老いた街を、ゆったりと楽しみながら見歩くことができたが、「祝祭」というには何か足りないものがある気がした。
人の動きや音楽、喧騒、飲食物の供給など、「イベント」的な要素があまりに控えめだったせいかもしれない。
普通のイベントにはしたくない、あくまで「アート」にこだわりたい…という主催者の意図はそれなりにわかるのだが…ちょっとこれではさびしすぎるかも。
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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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