暑さを吹き飛ばすスヴェトラーノフ②マーラー編

スヴェトラーノフ第2弾です。
今度はマーラー。毒をもって毒を…ですが、ちょっとこれは利きすぎるかもしれませんね。
演奏はいずれもエフゲニー・スヴェトラーノフ指揮
ロシア国立交響楽団です。



マーラー:交響曲第5番


■Harmonia Mundi/Saison Russe
■RUS 288 134
■録音:1995年


これは2000年9月、N響との来日公演の放送で、深い感銘を受けた曲目。
ディスクでも、同じ印象です。重量級の名演奏ですね。第5という曲に付きまといがちな軽さや唐突さ、不安定な見通しの悪さが感じられず、地に足のついた音楽が繰り広げられています。
ここは、というところはぐっと遅いテンポで、各楽器の絡み、特に金管の威力をこれでもかと押し出してくる。
「そんなのは、この曲と合わないじゃないか」という意見もありましょうが、意外に素直に耳になじむのです。
基本的に「粘り気の少ない」ことも、聴きやすい要因でしょう。第4楽章アダージェットなどは、予想とは違ってすっきりと聴かせているのです。ネコパパはこういう5番、なかなかいいと思います。



マーラー:交響曲第6番


■Harmonia Mundi/Saison Russe
■RUS 288 135
■録音:1990年


マーラーの6番は、ものすごく中身の濃い、深刻な力作です。
それはわかるのですが、正直、しんどい。マーラーのどの交響曲にもたっぷりと感じられる「愉しい部分」が少なく、徹頭徹尾真剣そのもの。いままで唯一、快適に最後まで聴けたのは、情感豊かなバルビローリ指揮ベルリン・フィルハーモニーのライヴ録音(テスタメント)くらいでした。
スヴェトラーノフは凄い気迫で、曲と正面から切り込んでいます。金管やティンパニの抑制をすべて取り払ったような力奏は、前回記事にしたサン=サーンスの第3交響曲と同質のもの。テンポは第5とは違って全体に早めで、特にフィナーレがたたみかけるように凄い。曲想のえぐりにかけては、掛け値なしの名演奏です。
暑さを吹き飛ばす、過激な。

しかし…このフィナーレは、どういう音楽なのでしょうか。
こんな名演奏でも、やはり、必ず一度は「早く終わらんかいな」と思ってしまう…のは、やはりネコパパは、マーラーのよい聴き手ではないのでしょうね。




マーラー:交響曲第9番


■Harmonia Mundi/Saison Russe
■RUS 288 132
■録音:1992年



これは今まで聞いてきた第9交響曲の録音とは全く違います。
極端にいえば、この曲を聴いている気があまりしません。正直、これには驚きました。こういう風にも演奏できるのか。
スヴェトラーノフとしても、第5や第6に比べると、迷いながら演奏している気がします。
第1、第4楽章が速く、粘らないのは第5のアダージョの演奏から考えて、当然かもしれません。
でも、このマーラー最後の完成作だけは、ブルックナーの9番と同じように、他の曲とは違う何かがあります。
簡単に「諦観」などという言葉は使いたくないですが、それに近い。それだけに演奏者の側でも強い情感の表出が必要なのだと感じられます。
あの、ブルーノ・ワルター指揮ウィーン・フィル、1938年の緊迫したライヴ盤(EMI)も、あれだけの速いテンポなのに、そっけなく乾いた感じはありません。感情表現が的を射ているせいでしょうか。
第3楽章など、スヴェトラらしい金管の強烈な雄たけびが聴けますが、なぜかガチャガチャしててうるさく感じてしまいます。録音も、上の二枚に比べて鮮度に乏しい。このことで損をしているのかもしれません。もっと優れた録音が眠っているかも。


以上三枚、ドイツ製の輸入盤。ハルモニア・ムンディ・フランスが発売元ですが、製作はセゾン・ルセ(ロシアン・シーズン)というレーベルです。メロディア崩壊後、スヴェトラーノフはいろいろなレーベルで録音。どれもがマイナーっぽくて入手困難なものが多そうです。これはたまたま中古店の棚で固まっていたものです。

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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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